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玄和会・南郷 継正・正統本スレ【弐段目】

1 :峰流婆:04/04/21 19:10 ID:fJdTyS1j
前スレが、事実上、私の連続投稿が原因の容量オーバーにより、
それ以上の書き込みが出来なくなったため、責任上、新スレを立てさせていただきます。

前スレ同様、こちらは、玄和会空手、南郷理論、南郷哲学等をあくまで真面目に議論したい人たちの
スレとします。

南郷氏や組織関係者たちのネタ的な話題は、下記スレで自己責任、自己判断で以って行ってください。

【武道会の】玄和会を語ろう 2本目【北朝鮮】
http://sports6.2ch.net/test/read.cgi/budou/1066550358/l50



170 :マスク・ザ・レッド:04/05/14 01:46 ID:HYzS2mVE
 ところで、「武道」と「競技」の話がでましたが、これは武道界の永遠のテーマでもあるのでしょうね。
型中心:技が乱れる心配は少ない。しかし、ややもすれば現実離れした「踊り」に成り下がる懸念がある
組手中心:非常に現実的、実践的な技を学べる。しかし、技が崩れやすく、また、「試合に勝つ」ための技法を追い求めがちになる
ということが現にありますし。
 型中心の悪例としては、幕末に名を馳せた剣士が曰く「剣術の免許皆伝を斬るなど簡単、ズブの素人のほうがよほど手強い」の一言で足りるでしょうし、
 組手中心の悪例としては、江戸時代、竹刀による試合制度が隆盛したころ、樽の蓋の中心をくり抜いて竹刀に刺し、「これは刀の鍔である」といって相手の竹刀を樽の蓋を楯にして防いで竹刀による試合のみは無敵を誇ったあきれた剣士が居た....という実例で足りるでしょう。

 自分は「型中心」の稽古を好みますが、個人的に「型」という稽古が、
・技を創る
という部分と
・技を使う
という部分を非常にバランス良く鍛錬できると信じているからでもあります。

 それはさておき。
実際に玄和会の事を知って居られる雑談厨さんと峰流婆さんと比べ、自分はピントはずれな書き込みをすることも多々あるかと思いますが、今後とも懲りずにおつき合い下さい(^^;)
 特にお二人の書き込みには素晴らしいものが多く、私も読んでいて非常に参考になり、また、楽しみでもあります(^^)

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