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【硬派】相撲の起源と歴史を徹底的に語ろう

1 :マニア:03/01/28 17:07
これまで以外にも昭和以前の相撲に語るようなスレが無かったので立てました。
日本の相撲はどこから来たのか?
モンゴル相撲との関係は?
なぜ相撲は国技になったのか?
現在の相撲界のしきたりや相撲用語はいつごろ生まれたのか?
昔はどんな人が力士になったのか?
など、マニアな話を徹底的に話し合おう


2 :219-106-232-33.cust.bit-drive.ne.jp:03/01/28 17:11
余裕で2ゲッツ

3 :U−名無しさん:03/01/28 18:04
>>1
マジスレすると期限なんて不明、地面に手をついちゃいけないなんてルールは自然発生する可能性はどこにでもある。

今の土俵とか、出たら負けのルールが出てきたのは豊臣秀吉の時代、
これが日本の相撲の独自性ならば今の相撲の発生はここから。

土俵の上で回しをつけなくなったのは両国国技館ができてから(そのために女は見ることもできなかった)。
と考えると、女を更衣室(土俵)に上げるのは良くないのもわかる。

4 :待った名無しさん:03/01/28 20:29
と言うことは秀吉以前の相撲はモンゴル相撲に近かったってこと?
昔の絵でも両者共に立っている絵しか見たことが無い。
立ち会い自体無かったのか?
記紀にもある相撲という単語は力比べの意味だし。

5 :持った名無しさん:03/01/28 20:44
>4 モンゴル相撲ってどんなんですか?

立会いはいくつか構えがあり、だんだんと現在のものになりました。
どこかで、紀州の構えが由来だと読んだような。

立会いの変遷は秀吉以降ではなかったかな?あまり自身がないけど。
とにかく鎌倉から室町にかけていい資料がないようですね。

平安ならいっぱいあるようですが。

6 :待った名無しさん:03/01/28 20:57
<世界の相撲>
グリマ(アイスランド )
カザクレス(カザフスタン )
シュビンゲン(スイス)
ヤールギュレシ(トルコ )
ブレ(セネガル )
ヌバ族相撲(スーダン )
パワロニ(アフガニスタン )
ボブ(モンゴル )
雲南相撲(中国雲南省)
シムル(韓国 )
大相撲(日本 )
マユラ族相撲(アマゾン川流域 )

7 :待った名無しさん:03/01/28 21:04
モンゴル相撲やトルコ相撲は組み合ってからスタートだろ。

8 :待った名無しさん:03/01/28 21:06
体重別で、おしゃれなウェアを作ってやれば、男女ともやれてオリンピックでやってもおかしくないな。
白熱した試合は、5分くらい続くかも。

9 :待った名無しさん:03/01/28 21:11
わんぱく相撲(日本)

10 :待った名無しさん:03/01/28 21:11
でも、レスリングのグレコローマンスタイルと大して違いがないからな。

11 :持った名無しさん:03/01/28 21:12
4>書籍を調べてみました。#相撲大辞典 決まり技の古称

1704年刊の、「身構五種取組百十四組」に「身構え」
陰陽の相、下段の相、上段の相、中段の相、奇相が載っているようです。

1745年 相撲強弱理合書に 居眼相、陰陽の手合い、下段の手合わせ
上段の手合わせ、中段の手合わせ、立居腰、無形の手合い
が載っているようです。ということはこの頃(1700年代)はまだ今
みたいな立会いばかりではなかったということです。

新田一郎著「相撲の歴史」によると(p207)
「元禄ごろ、紀州に鏡山沖之右衛門という相撲の名人がおり、
彼を中心に紀州の相撲取たちのあいだで技術的な研鑽がなされ、
相撲術に一大変革をもたらしたという。その詳細は必ずしも
明らかではないが、土俵の定着に対応した技術革新が、
その重要な要素をなしていたことは想像できる。」とある。
新田一郎氏も詳細は研究できていないようであるが、どうやら
このあたりで立会いの改良(上段の手合いなどから下段の手合い、
現在の立会い)がなされたのでしょう。

ということで、立会いは秀吉以降もしばらくはモンゴル相撲(って
よく知らないんだけど)に近かったのでしょう。
#モンゴル相撲の立会いって上段のてあいだったっけ?



12 :持った名無しさん:03/01/28 21:27
6>参考文献は何でしょうか?
世界の相撲について詳しい本としては「相撲の人類学」(寒川恒夫・編著
大修館書店1995年初版発行)があります。

世界の相撲の中に「沖縄相撲」を追加してください。
どちらかというと大相撲より、 씨름(シルム)に近いと思います。


13 :待った名無しさん:03/01/28 22:18
鳶魚江戸文庫4『相撲の話』中公文庫
今の相撲に直結する興行相撲の流れはこれで充分かと



あと安価だし

14 :持った名無しさん:03/01/29 23:12
硬派はだめなのかな?スレッドは伸びませんね。
1.記紀にある相撲の紹介
2.相撲の語源。角力の語源etc
3.節会相撲について
このあたりについて誰か薀蓄を語ってください。
#私ができるのは本の丸写しのみ。誰か自分で調べた人はいませんか?

15 :待った名無しさん:03/01/30 08:46
初代横綱明石志賀ノ介
二代横綱綾川?
三代横綱丸山?
までは架空の人物で実在しなかったとか。
四代横綱谷風が横綱の称号を得る際、前例の無いものは拝受できない慣例から、架空の人物を横綱としたというのは本当?

16 :bloom:03/01/30 08:49
http://www.agemasukudasai.com/bloom/

17 :待った名無しさん:03/01/30 12:18
>>15
「架空の人物」というわけではない。綾川や丸山については
ある程度土俵歴なども判っている。知られた名ゆえ、「横綱」の
先例づくりに使われた、ということ。
明石についても、どうやら17世紀末くらいに実在はしたらしい、
ということが、最近判ってきた模様。「江戸勧進相撲の祖」という
のは伝説にすぎないけれどね。明石を「初代横綱」にあてるのは
明治時代になってからのこと。

18 :持った無し:03/01/30 12:23
15>>必ずしも架空とは言い切れないと思います。
現在では良くわかっていないだけで存在していたんでは
ないでしょうか?

ただし
>四代横綱谷風が横綱の称号を得る際、前例の無いものは拝受できない
>慣例から、架空の人物を横綱としたというのは本当?
横綱だったてことはまず間違いなくありません。
江戸幕府は前例の無いものは嫌いましたので、
横綱を発明し、申請に際し過去強かったものを
横綱に祭り上げた。当時は今ほど記録が残りませんので
(特に相撲の記録は一時少なくなっている)、
明石にしても既に伝説・言い伝えに残る力士だったのかも
しれません。ドンぴしゃりの力士はいないかもしれませんが、
モデルになった力士はいたのではないでしょうか?


19 :待った名無しさん:03/01/30 18:15
>>17>>18
レスさんくす。
では、実在というか伝説的に過去に強かった力士を横綱に仕立てあげたということ?
死んでから、国民栄誉賞やるようなものか?

一説によると、谷風は優勝20回、雷電は優勝24回とかなっているけど、歴代の優勝回数ベストには入ってこないね。なんで?
双羽黒が史上初の無優勝横綱とか言われているけど、1〜3代の横綱は優勝経験あるの?

20 :待った名無しさん:03/01/30 18:21
基本的なことは
新田「相撲の歴史」
で1の問いには充分。

それ以上の話するのですか?


21 :持った名無しさん:03/01/30 18:46
20>>新田さんの「相撲の歴史」を読んだことがある人は
 少ないと思いますよ。自分で研究している人は少ないでしょうから
 できても薀蓄合戦でしょうが、それでもいいのでは?

>それ以上の話するのですか?
されどんな話をしましょうか・・・・
たしかに盛り上がらないのは事実ですね^^;

22 :持った名無しさん:03/01/30 19:01
>>19
>では、実在というか伝説的に過去に強かった力士を横綱に仕立てあげたということ?

微妙に違うと思います。谷風・小野川を横綱に仕立て上げるために彼らが横綱だったとでっち上げただけです。この時点で
横綱など権威はなかったと思います。

>死んでから、国民栄誉賞やるようなものか?
この感覚はあわないと思います。

>一説によると、谷風は優勝20回、雷電は優勝24回とかなっているけど、歴代の優勝回数ベストには入ってこないね。なんで?

優勝制度はありませんでした。江戸時代は誰も優勝なんて意識していないというか、意識できないです。現在の優勝制度に
無理やり当てはめたら谷風は優勝20回相当、雷電は優勝24回相当になるかもしれませんが、これにしても優勝の定義の仕方で
かなり変わってくると思います。

>双羽黒が史上初の無優勝横綱とか言われているけど、1〜3代の横綱は優勝経験あるの?

あくまで優勝は優勝制度らしきものができてから議論すべきでしょう。1〜3代の時代は(実在したとしたら)まだ現在の相撲には
なっていないと思います。谷風の20回優勝と言うのより、無理があります。

ちなみに私の考える現在の相撲の特徴は、
1.番付を発行し、場所の成績で順位を変える。
 最初の江戸番付はこの要件を満たしていませんので、
 現在の相撲の姿は江戸番付が発行されて以降に
 確立(徐々にですが)されたと考えます。
2.年寄・部屋制度の確立
 親方が部屋および、協会(会所)を経営する。
3.看板大関がなくなる(これを入れても意味ないかな?)

谷風・小野川が横綱になった頃ぐらいでしょうか。



23 :待った名無しさん:03/01/30 19:04
自分で研究って、
本屋で手に入る既刊の本を読んで、蘊蓄ではなく、

自分であらゆる古書とか読みあさっての研究かな?

居ないんじゃない、そんな人。

新田氏に降臨してもらうか?

24 :持った名無しさん:03/01/30 19:06
逆に現在と江戸相撲(寛政の谷風以降)の差異をいくつかあげておきます。
何か思いついたら付け加えて下さい。
・優勝制度がない
・行司さんの装束が違う
・式守伊之助は木村庄之助にならない
・木村・式守以外の行司も居た
・横綱は地位ではなかった
・土俵の大きさが違う
・4本柱があった
・TV中継がなかった・ラジオも
・無勝負・預かり・分け(分けは今もある)があった
・看板力士がいない
etc・・・・

25 :待った名無しさん:03/01/30 19:12
・大名抱え
・吉田司家
・地方相撲との関係
・小屋掛け興業
・勧進元
・歩持ち年寄り

社会全体が違うし、、、

26 :持った名無しさん:03/01/30 21:39
>>23 江戸勧進相撲以降なら結構居るんではないでしょうか?
 #もちろん結構な数と言ってもそう多くはないでしょうけど。
  私は既刊の本を読むぐらいしか無理です。

紀記(記紀?どちらだたっけ?)、節会、鎌倉から織田信長までとなると
極端に少なくなるでしょうね。江戸以降にしても、相撲自身の研究はしていても、
時代との関係などを含めて研究している人もそんなに多くはないと思います。

既刊の本として持っているのは
新田一郎著「相撲の歴史」
鳶魚江戸文庫4「相撲の話」
山田知子著「相撲の民族史」
川端要壽著「物語日本相撲史」
寒川恒夫著・編「相撲の人類学」
長谷川明著「相撲の誕生」
田原八郎「相撲渡世」
生沼芳弘著「相撲社会の研究」
などがあります。他に最近出た本(古書では無い本)で何かありますか?

ところで、最近 講談社 日本の歴史11 太平記の時代 って本を
買いました。あとで気が付いたんですが、著者は新田一郎氏でした。
相撲だけじゃないんだぁ(当たり前か。)

27 :新田一郎:03/01/30 23:59
>>23
呼んだ?

>>26
本職は日本法制史・中世史です。でも、最初の著書が『相撲の歴史』なので、
相撲が本業、法制史は副業と思われている節も。

>>all
相撲節については
大日方克己『古代国家と年中行事』吉川弘文館
江戸時代の勧進相撲体制については、
高埜利彦『近世日本の国家権力と宗教』東大出版会
もご参照あれ

28 :待った名無しさん:03/01/31 00:15
>>27は本人?
本人だったら、このスレすごいことになるが、、、

ところで
江戸時代=明治時代の相撲興行に関する収支の資料みたいなのは
現存してるものがあるのでしょうか?


29 :待った名無しさん:03/01/31 00:17
21=22-24=26=1ですか?


30 :新田一郎:03/01/31 00:19
>>28
本人です。
明治初期に、興行収益の分配をめぐって訴訟になったことがあり、その判決原本
が現在東大法学部に保管されています。もうすぐ出版される『明治期の法と裁判』
(仮題。信山社)に「資料紹介」として書いたので、よかったら参照して下さい。
↑この話は本人しか書けないので、信用してね

31 :待った名無しさん:03/01/31 00:34
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
>>30
本題決まったら教えてください。
でも高いと買えない…

江戸時代はまったく無いですか、、
興行の収支資料があれば、当時の様子がよりリアルにわかるような気がして、、
でも明治初期だったら、ほとんど変わらないかな?
というか、明治何年ですか?





32 :待った名無しさん:03/01/31 00:41
○大助教授も来る2ちゃん(w
まさか1=ご本人??
究極の相撲マニアだし。

33 :待った名無しさん:03/01/31 00:56
天保後半から新規、復活、地方頭取名跡の年寄名跡が増えますが、
相撲界内部事情もあるでしょうが、天保改革の株仲間解散〜新規参入可
の動きとなにか関連があるのでしょううか?

34 :待った名無しさん:03/01/31 08:03
無知な質問で、すみませんが、
出羽の海って、実在した力士ですよね?出羽の海部屋って、その人が興したのですか?

あと、小錦というシコ名は高砂部屋由緒あるので芸名不可だそうですが、『雷電』『谷風』を継いでいる部屋はあるのですか?

35 :新田一郎:03/01/31 10:32
>>31
『明治期の法と裁判』(仮)は、私の単著ではなく、相撲に関係するのは
ページ数にして全体の数パーセントにしかならないので、買ったら相当高く
つくかも。そのうち『相撲趣味』あたりに転用するなどして流布させます。
問題の一件は明治11年のこと、慶応末年以来の場所ごとの決算に疑義がある、
として提訴されたものです。被告となった会所幹部の陳述の中に、本場所興行
の経理はその時々限りのもので、精算が済んでしまえば帳簿類も保存しない
旨の主張があり、これが単なる逃げ口上でないとすれば、収支関係の資料が
まとめて保存されている可能性は小さそうですね。ただ、行司の家に残された
ものなど、丹念に探せば見つかるのではないかと思います。
なお、地方興行については、地元の興行主の手元に記録された収支決算資料など
結構あちこちに残っており、地方史の史料集に紹介されたりもしています。

>>32
学生の噂話に煽られてたまに覗くだけです。めったに書きこまないし、
さすがにスレ立てまではしません

>>33
高埜利彦氏によれば、天保年間には、中央の相撲年寄と地方の世話人との間の
擬制的な師弟関係のネットワークが構築され組織としての一応の安定を見る、
とのことです。お尋ねのような現象については、上記の「組織化」と関連する
のかなぁ、くらいにごく漠然と考えておりました。
株仲間政策との関連については、これまでとくに考えたことはありませんが、
なるほど、検討してみてもよいかもしれませんね。

>>34
出羽海の初代は寛政年間の力士ですが、いったん系譜が切れているはずです。
このあたりは私より、『相撲』に「年寄名跡の代々」を連載されているKさん
のほうがはるかに詳しいでしょう。
「雷電」「谷風」は、どこの部屋の名跡というわけでもないでしょう(谷風は
強いていえば伊勢ノ海か?)。しかしあそこまで「伝説」化された名について
は、いまさらつぐことを認めない空気がありそうですね。

36 :待った名無しさん:03/01/31 11:29
基本的に、今の相撲界の基礎が作られたのは江戸時代中期位からと考えれば良いんでしょうか?

つまり、相撲部屋や勝敗を基にした番付、行事の序列等など

今で言うところの日本相撲協会なるものはいつ出来たんだろう。
もともとはたぶん、全国各地の勧進元が仕切っていたんじゃないのかなあ…

37 :持った無し:03/01/31 12:19
>>29 21=22-24=26=1ですか?

5=11=12=14=18=21=22=24=26です。
1さんとは別人です。23さんも違います。
このスレッド、小手半です。


38 :禿山:03/01/31 13:00
20=23=25=28=31=33です
小手版にします
よろしくです

>>35
明治11年というと、被告幹部は原庭玉垣ですか?
原告はだれだろう?
判決はどうだったんでしょう?
原庭玉垣没後は借金が莫大だったらしいけど、、

株仲間をちゃんと理解してないんですが、
天保期の株仲間停止は幕府の経済政策の一つだと理解してます。
相撲年寄りがこの株仲間停止政策の対象とは思いませんが、
当時の民間のいろんな株=既存の権利(表現が変?)
がなんらか影響をうけてないかな?と思ったんです。


39 :禿山:03/01/31 13:11
>>34>>35
その出羽の海が>>33でいう地方名跡で、
天保以降(正確な年はいま手元に資料がない)江戸相撲年寄名跡になったものです。
庄内藩の名跡?。江戸年寄としての3代目出羽海からは、現在の出羽海に系譜的につながります。
似た名跡に二所関、伊勢ケ浜

40 :禿山:03/01/31 13:25
>>36
宝暦期〜興業の恒常化、寛政期〜隆盛期、化政期〜安定期と思います。
相撲部屋〜江戸時代に「部屋」という言葉、概念があったかどうか、疑問に思ってます。
もちろん、師弟関係はありますけど。
勝敗を基にした番付〜江戸時代の番付は勝敗を基にしてません。
行事の序列〜行司名の襲名などはあるけど、行司名での序列ははっきりとはありません。
日本相撲協会〜明治21年?東京相撲協会、大正15年日本相撲協会(「大」がついてたかな?)

何度か話題になってる新田一郎「相撲の歴史」を買って、読んでみて下さい。

41 :持った無し:03/01/31 17:24
>>40 
>相撲部屋〜江戸時代に「部屋」という言葉、概念があったかどうか、
>疑問に思ってます。

直接関係ありませんが(全く関係ないかな)、なぜ相撲部屋を英語で”stable”
って言うんでしょう?誰かが言い始めたのかな?失礼な気がしませんか?

>>34
少し前(だいぶ前かな?)下っ端力士で「磊電」(磊:きちんと表示できてい
ますか?姦の女の代わりに石が3つ)というのがいましたね。「幕内」と同じころ
だったかもしれません。

相撲ではありませんが、「雷電」は局地戦闘機、「谷風」は駆逐艦として
復活していますね。「常陸山」は・・・たしか焼酎の名前にあったはずです。
http://www.sennariya.com/ ゴマ焼酎のようです。この横綱「常陸山」に
 あやかったものだったと思います。


42 :待った名無しさん:03/01/31 17:55
一年を 三日で暮らす いいおとこ

これは事実だったのでしょうか?

43 :新田一郎:03/01/31 17:55
>>38
被告は玉垣・伊勢ノ海・根岸、原告は藤島です。
「共同相撲興行金員精算要求之訴訟」、原告の請求棄却。

>>all
この年になって親知らずを抜いたあとが痛むので、
しばらく消えます。いずれまた現れますので、
盛りあがっていてください

44 :新田一郎:03/01/31 18:01
消える前にもう一言
>>26
風見明『相撲、国技となる』大修館書店 2002年刊
明治の大相撲について、お勧めの1冊です

あぁ、麻酔の余韻が切れてきた。痛みが・・・・

45 :持った名無しさん:03/01/31 18:17
>>44
もう消えちゃっていますか?

>風見明『相撲、国技となる』大修館書店 2002年刊
>明治の大相撲について、お勧めの1冊です
これは持っていません。こんど都会に出た時探してみます。

武者成一著「史談 土俵のうちそと」と言う本も明治期の相撲について
書いてあります。雲母(KIRARA)書房2002年11月10日初版 2800円+贅

46 :(´・ω・`):03/01/31 19:06
起源を問題にするのは間違ってる。
大切なのは分岐
分岐を見定めなければ、人も猿もネズミもミトコンドリアも同じになってしまう。
相撲みたいなものは世界中どこにでもある。
それをはじめてソフト化したのが日本。
ソフトとは小銭と識字が生み出すもの。
番付表だって買って、読むもの。
相撲錦絵も相撲甚句もみんなソフト。

47 :待った名無しさん:03/01/31 19:07
分岐は江戸時代だな

48 :待った名無しさん:03/01/31 19:57
格闘そのものとしての「相撲」と、文化、様式、興業、としての「相撲」は分けて考えた方がいい。

格闘そのものとしての「相撲」のようなものは、たしかに世界中のどこにでもある。
単純な人間の体を使った格闘から、いろんな技、ルールが生み出されていく過程は、
分岐していった、と考えるより、それぞれの格闘が独自に発展してきた、と考える方が自然だろう。

興業としての「相撲」は現代の大相撲に直接連なるのは江戸中期の春秋勧進相撲だが、
その中に含まれる文化、様式は、中世、さらには相撲節会までさかのぼることもできる。


49 :禿山=48も:03/01/31 21:44
>>46
ソフト化が江戸時代中期以降の勧進相撲をさしているのなら、
なんとなく、いわんとすることがわからないでもないが、
「プロ、セミプロの相撲取りが相撲するのを見物客が見る」というのも
ソフトといえるだろうし、番付、浮世絵が無い時代から、
そういう意味のソフトは存在する。相撲節会すらソフトといえる。

>それをはじめてソフト化したのが日本。
そういった意味で、はなはだ疑問。
それこそ、「格闘」を見世物にしての興行は世界中に古代から存在するだろう。


50 :持った名無しさん:03/01/31 22:08
>>46
>>47
>相撲みたいなものは世界中どこにでもある。 
に対する分岐を考えるなら禿山さんも少し書いているように
節会相撲を分岐点とすべきだと思います。
節会の相撲の時、世界に類をみない様式を備えた
文化になっていたのではないでしょうか。


51 :禿山≠1:03/02/01 00:43
「分岐」というのが、いまいちわからないのだが、
ある所にある格闘技があって、それがモンゴルで「分岐」してモンゴル相撲となり、
朝鮮半島で「分岐」してシムルとなり、日本で「分岐」して、、、、、、、
などということは考えにくい。というかあり得ない。
人間の体だけを使った格闘技はきわめてシンプルで、世界中どこでも発生するから。
相撲に似た格闘技のルール、形式、衣装(いでたち)などが、
周辺地域同士影響しあうことはあるだろう。
さらに相撲(相撲に似た格闘技含む)と祭礼、神話など〜つまり文化的、社会的な物が、
どう影響しあっているか、とかいうことになると、
これは文化、社会、歴史全体の話として、広範な考察が必要になるだろう。

新田氏「相撲の歴史」にもあるように、日本列島内にも様々な形式の「相撲のようなもの」が、
存在したと考えられるし、それが節会をとうして、同じような形式に収斂されていったのが、実態だろう。

「分岐」なる概念は相撲の起源、歴史を考えるに、不適切な感じがする。
言葉にこだわりすぎだろうか?

52 :持った名無しさん:03/02/01 10:22
格闘技は様々な地域で自然発生的に生じると思います。
ある時から、特に他社と区別すべき固有の様式を備えることが
あるでしょう。それを分岐と捕らえました。

動物の系統が様々に分岐していくように、相撲も原始相撲があり、
順次系統的に分岐していく、ということは部分的にはあっても、
すべての格闘技・相撲を含有させることはできないと思います。

2種の相撲・格闘技がお互いに影響をしあう、または一方的に
影響を受けると言うのはあると思います。近年の柔道は、海外の
格闘技の影響を受けているでしょう。

53 :禿山:03/02/01 12:32
>>格闘技は様々な地域で自然発生的に生じると思います。
>>ある時から、特に他社と区別すべき固有の様式を備えることがあるでしょう。
同意です。
>>それを分岐と捕らえました。
「分岐」という語が妥当かどうか、「分岐」の反語が「収斂」であることを考えると、
私は妥当とは思えません。

>>動物の系統が様々に分岐していくように、
動物の進化と同じようには、考えられないと思います。
>>相撲も原始相撲があり、順次系統的に分岐していく、ということは部分的にはあっても、
上記のごとく、妥当ではないと思います。
>>すべての格闘技・相撲を含有させることはできないと思います。
近代に生まれたもの、まで含むと、そうでしょう。
起源という事を考えると、含有できると考えます。

>>2種の相撲・格闘技がお互いに影響をしあう、または一方的に
影響を受けると言うのはあると思います。
同意です。

「分岐」「影響」とかの言葉の問題と思ってたけど、
どこか、考え方が私と違うようですね。
#これが真剣な討論かどうかは、わからないけど。

前にも書いたけど、
格闘そのものとしての「相撲」と、文化、様式、興業、としての「相撲」は分けて考えた方がいい。

54 :(´・ω・`):03/02/01 13:44
>>51
そうだね。まったく同意。
俺が言いたかったのは、時流の中での分岐。進化といってもいいかな。
他国になしえず、日本にだけ、なしえた分岐という意味だよ。
中世期において、貨幣経済が隅々まで浸透し、都市部において識字率がほぼ100%
に達していたのは江戸時代くらいのものでしょう。
ソフトというのは、小銭、識字、であることはもちろん様式やセレモニーが確立されてることも
絶対条件。でもその根源を探せばやはりそれは日本になるんだろうな。
でも何故か日本人が根源論を語るとき、インド、支那、朝鮮を見ちゃうんだよね。
唐ごころとでもいうのかな。
物事の最上位ってもちろん根源なんでしょうけど、
根源の泉から、分岐の川が流れ、模倣の海にそそいでゆく・・・
というよりは、
模倣の泉から、分岐の川が流れ、根源の海にそそいでゆく・・・
としたほうが好ましいのかもね。
起源論と根源論ってぜんぜん違うものでしょうけど、
根源って分岐が伝世し、さらに分岐を重ね、古色を備えたもの・・・って規定したほうが
本来は楽しいんだよね。
起源論ってどこまでいったらいいのか不安になるし、
その割には得るものが少ない気がする。
根源論の場合は、分岐、古色、伝世、侘び、を満たしていれば開き直れるからね。
根源こそが品格なんだろうな。



55 :禿山:03/02/01 16:00
「分岐」ったなんだよ〜〜〜ヽ(`Д´)ノ
1。
A───→A
  └─→B
これが分岐で

2。
A───→A
    ↓
B───→aB
これは分岐じゃないだろう

日本の相撲に限らず文化全体、2だと思ってる。

56 :新田一郎:03/02/01 16:41
親不知の跡の痛みが思いのほか大したことなく、少し拍子抜けです
で、戻ってみたら、奇妙な議論になっていますね

>>51
どうも私の頭の構造に適合しないもので、理解の手がかりを求めて少し
細部から絡んでみます。気を悪くしないで答えてくださいね。
1.「中世期」とは、何を指して言うのですか?
2.「ソフト」を別の言葉に置き換えて表現してもらえませんか?
3.「ソフトの根源をさがせば日本」というのは、およそ「ソフト」なる
 もの一般についていうのですか? それとも「相撲のソフト化」について
 限定された立言ですか?
4.「根源の泉から、分岐の川が流れ、模倣の海にそそいでゆく・・・
 というよりは、模倣の泉から、分岐の川が流れ、根源の海にそそいで
 ゆく・・・としたほうが好ましいのかもね。」というその「好ましい」は、
 価値判断ですか? それとも論理的な適合性をいうのですか?
5.「物事の最上位ってもちろん根源なんでしょうけど」というその
 「最上位」とは、どういう意味でしょうか?
6.ある物事の「根源」は、どのようにして措定されるのですか? 例えば
 それは、一義的客観的に措定されるべきものですか?
7.>>46で「起源を問題にするのは間違ってる」というその「間違い」の
 理由を説明してもらえませんか? あなたの「不安」ゆえですか?

まだまだありますが、さしあたりこのあたりから

57 :持った名無しさん:03/02/01 16:46
私は特に分岐と言う言葉に違和感はなかったので、自分の中で
分岐と言う言葉を使って考えるとしたら52になると言うことです。

>動物の系統が様々に分岐していくように、相撲も原始相撲があり、
>順次系統的に分岐していく、ということは部分的にはあっても、
>すべての格闘技・相撲を含有させることはできないと思います。

私も動物の系統分岐のように相撲を考えることはできないと思います。
でも、部分的には分岐があるのではないかと考えたのは、
朝鮮相撲で、右四つ、左四つに相当するような、右さっぱと
左サッパが異なる相撲だとしたら、原始朝鮮相撲から2つが
分岐したのではないかと考えたのですが、あまりに知らないこと
だらけなので、記述は差し控えました。また沖縄相撲も、朝鮮相撲と
分岐の関係にあるのかもしれないと思いますが、残念ながらなんら裏付けは
ありません。

───────→ 特色のない相撲
   └───→節会相撲─────→衰弱・消滅
             └───→勧進相撲へ
             └───→地方文化としての相撲
(子泣き相撲、一人相撲・・・・)

と考えると分岐でもいいのかと思います。
#あえて分岐と言う言葉で考える必要はないと思いますけど。

>>>それを分岐と捕らえました。
>「分岐」という語が妥当かどうか、「分岐」の反語が「収斂」であることを考えると、
>私は妥当とは思えません。
優柔不断なようですが、妥当とは思えないと言う意見にも反対はしません。


58 :新田一郎:03/02/01 16:58
>>56の「>>51」は「>>54」の誤りです

>>57
私も>>46を読んだ時点では、「相撲」と「相撲でないもの」とを分かつ
ことを「分岐」と呼んでいるのだろう、と考えました。
その場合でも、「もともと同じであったものが分岐した」と考えるのか、
「雑多なものの間に人為的な境界線を引いた」と考えるのか、という
問題は残ります。後者の場合、禿山さんのいう「収斂」と、ほとんど
同じ意味になります。つまり、カテゴリーを設定することですね。
でも、>>54を読むと何とも・・・・

59 :待った名無しさん:03/02/01 17:01
結局(´・ω・`) はアフォということでよろしいですか?

60 :禿山:03/02/01 17:41
>>59
そういうことは言わないっ!!!
アフォ言うもんがアフォや!

A───→●──→A'
     ↓
    (B)

●=可能性としての「分岐点」
(B)=可能性としての結果
A'=実際の歩んだ道

この場合の●をもって、「分岐」なのかな?

そうとしても、別の言葉が妥当と思われる

ところで、1さんはどこにいるのでしょうか?もの

61 :(´・ω・`):03/02/01 20:50
>>56
1・・・地下資源を多量に用いず、運営される社会
   (江戸期は近世なる概念でくくられることが多いが意味不明)
2・・・十八番
3・・・どちらでもない
4・・・「好ましい」は「感情」だと思いますが。そのほうが楽しいということです。
5・・・第一位、幽玄、珍海
   鮒つりやハワイアン音楽みたいなものでしょう。
6・・・過去の物であれば、個々の事象を凝縮し「推理」をつくり、
   推理を作業的仮説に基づき発展させ「提案」をなし
   「提案」の更なる到達点を「空想」と定義づけるしかないでしょう。
   そして完全なる空想は「事実」と同様します。
   つまり根源の憑拠は「完全なる空想」でしょうね。
   誰もタイムマシンは持ってません。 
   ちなみに客観とは主観と主観の間にある無言のことですから、
   品格はありますが「措定」などという行為は行えません。
7・・・「設問」自体が間違っているという意味です。何をもって「起源」とするんですか?

   

62 :待った名無しさん:03/02/01 20:54
ほーらアフォだ

63 :禿山:03/02/01 23:05
ありゃりゃ、、、こりゃ、まいった。。。。

閑話休題

1にある、昔はどんな人が力士になったのか?
どうなんでしょうね。江戸時代は、たいてい農民ですか?
もともと武士身分の相撲取りって皆無なんでしょうか?
藩抱えの相撲取りが相撲を藩士に教える、なんてことはあったんでしょうかね?






64 :新田一郎:03/02/01 23:58
>>61
ああ、なるほど。明石散人のごくナイーヴな亜流でしたか。
そういうことであればさしあたり或る程度の理解は可能です
(同意するかどうかは別にして)。
早速のお答えには感謝します。

>>all
私が変なつつき方をしたために混乱の度を加えてしまったことを
お詫びします。彼(もしくは彼女)はそんなに特別なことを主張
しているのではなく、幾つかのごくナイーヴな思いつき(それぞれ
をとってみれぱ、必ずしも間違っているわけではない)をつなぎ
合わせて、独特の言葉で韜晦しつつ語っているだけのことです。
スレッドの本題に帰りましょう。

65 :禿山:03/02/02 01:57
いやいや、勉強になります。
明石屋さんのことはぜんぜん知りませんでした。
この年?になっても、知らないことが多すぎて、、、
ネットはすぐに、いろいろわかって便利ですね。

さてと、1さんは居たら返事してください。

66 :新田一郎:03/02/02 17:52
>>63
近世前期と後期とでは抱え相撲の位置づけに大きな変化がありますが、
後期については、まず例外なく非武士階層の出身でしょう(ちゃんと
調べたわけではないので、反例が出てくれば改めますが)。

近世の相撲は、武芸ではなく専門化された観賞用の技芸として認識され、
相撲取の社会的地位は低く、一般には雑芸能民と同様の扱いであり、
大名抱えの相撲取でも、家中における格づけはかなり低いものでした。
例外的な厚遇を以て処したといわれる雲州松平家の場合でさえ、
抱えの相撲取は「御水主」といって、舟の漕ぎ手や上乗(水先案内)、
そして付随的に諸雑芸を職掌とする、職制の最下層に位置づけられる
セクションに編入されていました。松江城下に用意された住居(御舟屋)
の絵図(十八世紀末)が現存しています(個人蔵・島根県立博物館寄託)
が、雷電や鳴滝など江戸相撲の人気力士にあてがわれたのも、他の
「御水主」たちと同様、三間四方(九坪)の長屋にすぎません。

そうした境遇からの上昇を図るべく、将軍の上覧を企画したり、相撲節に
仮託した「故実」をもって荘厳する、また京都の公家である五条家への
接近を図るなど、相撲の権威づけに関係者はいろいろと腐心したわけですね。
その甲斐あってか、十九世紀後半には大名抱えでない相撲取についても
浪人者に準じた扱いがされることもあったようです(文政年間に、相撲取の
扱いをめぐる大名と奉行との問答を記録した面白い史料が残っており、
高埜利彦さんが論文「相撲年寄」で紹介しておられます)が、武士の子弟が
相撲取になるというのは、普通には考えにくいことであったと思います。

弓馬や剣などの武芸とは異なり、相撲が家中の士に奨励され、抱え相撲
の職掌として相撲の指南が求められたという事例を、私は寡聞にして
知りません。尤も、個々に見れば、幕末の横綱力士陣幕が西郷隆盛と戯れに
相撲をとった、などという事例などあるようですが。

67 :新田一郎:03/02/02 17:58
>>66の第三パラグラフ4行目「十九世紀後半には」の「後半」は
削除して読んで下さい。失礼しました。

68 :禿山:03/02/03 13:03
新田さん、ありがとうございます。
近世後期のの相撲取りの社会的地位が、だいたいわかりました。
雑芸能民の出自が、たいてい被差別身分である、と認識してるのですが、
相撲取りも同等と見られたわけですね。
出自そのものより、職能が一種の差別対象になったのでしょうが、
例外なく非武士階層の出身、というのは被差別身分も含まれたのでしょうか?
また大名抱えの雑芸能民も、あったと思われますが、相撲取りと比べて、数はどうなんでしょう?

浪人者に準じた扱いがされることもあった、というのは、
相撲集団の努力がしのばれますね。
高埜氏の論文は一般人が手に入れることは出来ますか?

明治時代とはえ、市毛谷少年が相撲取りになったときの周囲の反応が
いかほどだったか、、、

69 :新田一郎:03/02/03 22:44
>>68
高埜さんの論文は、吉川弘文館から刊行された「シリーズ・近世の身分的周縁」
の第3巻『職人・親方・仲間』(塚田孝編、2000年刊)に収録されています。
大きな書店でなら、入手できると思います。
雑芸能・被差別民との関係については、高埜さんの論文集(>>27参照)に
収録された論文に言及があります(拙著211ページ以下でも引用言及しています)。

70 :禿山:03/02/04 15:37
有りがとうございます
『職人・親方・仲間』探してみます
「近世日本の国家権力と宗教」も一回、じっくり読み返してみます。
いま長谷川氏のやつ読み返してます。

71 :禿山:03/02/04 23:16
参加者がめっきり、少なくなってしまいましたが、
みなさん、いかがおすごしですか?
1さんは居なくなったみたいだし、26さんは元気ですか?
26で未読の本もあるので、いろいろ教えてください。
みなさんは「相撲」「大相撲」なども購読しておられますか?
私はここ10年くらいは「相撲」だけです。
「年寄代々」読むために。
「相撲趣味」はお金払い忘れてて、ここ1年ほど届いてない、、、


72 :持った名無しさん:03/02/05 12:42
>>71 26;持った名無しさん(又はミスで 持った無し)です。
ちなみに「待った名無しさん」とは微妙に違います。

ぼちぼち元気です。十分に内容についていけず書き込んでませんでした。
何か話題を振りたいなと思っていた所です。

【萌える行司スレッド】もありますが、行司さんに関する質問です。
木村・式守以外の行司の家と歴史や特色などわかる方いらっしゃいます
でしょうか?

磐井ってどんな家?吉岡って?木村や式守との関係はあるの?
木瀬と木村瀬平(木瀬)とは関係があるの?
庄之助・伊之助以外で有名な行司さんは?


73 :待った名無しさん:03/02/05 16:13
行司は良く知りません。
岩井は江戸時代中期にも江戸番付にある?と思います。
大阪には明治時代にもあったようですが、、?
式守は伊勢ノ海と関係が深い、というか、
伊勢ノ海と同じ家、もしくは別家みたいなもののようです。
吉岡、長瀬、尺子など行司の家の歴史も重要ですね。

74 :持った名無しさん:03/02/05 17:09
>>73 行司に関するあまりまとまった情報が無いので,私も断片知識しかありません。
磐井(でよかったかな?)といえば岩井播磨が頭をよぎりますがどんな行司さんか
良く知らない。以前吉田司家に行ったとき古い番付が展示されていて岩井姓の
行司さんがいるのを見て、木村、式守だけではないのだと知りました。

>式守は伊勢ノ海と関係が深い、というか、
>伊勢ノ海と同じ家、もしくは別家みたいなもののようです。
その様に書かれているのを良く見ますね。伊勢ノ海部屋ゆかりの
行司さんは式守を名乗るということなんでしょうか?伊勢ノ海が
式守とも名乗ったのかな?「年寄代々」を見れば分るかもしれませんね。

吉岡は京都相撲というイメージを持っていますが、本当かな?
吉岡一学は後の木村一学で合っているのでしょうか?
長瀬も京都っぽいけどどうなんでしょう?

上方ではその他に神場(新葉)、吉片、西川、横山、青蛛A漣
なんて行司さんもいたようですね。

ところで大阪の木村(木村越後や玉之助)などと江戸や東京の木村とは
もともと同じ家なのでしょうか?
#東京の林家・桂と上方の林家・桂は?



75 :待った名無しさん:03/02/05 17:19
江戸相撲なんて二流組織よ。
大坂相撲こそ本流。

76 :待った名無しさん:03/02/05 18:08
>>3
土俵の出現は江戸中期以降らしいですよ。
秀吉や信長時代の相撲というのは、戦場での組み打ちの一種として鍛練する為に行われており
興業という形態を取らない相撲に土俵の存在は必要なかったとか。
吉田司家の相撲故実は由来を遠い時代に置き過ぎるきらいがあるので
まるごと信用するのは危険らしいです。
残されている当時の相撲の絵画を見てみると江戸初期には土俵の存在は描かれておらず、
円を組んだ人垣の中で行われております。これを人方屋と呼んだそうな。
その人垣の中に相手を押し込んで倒し勝つ場合があり、よく喧嘩沙汰にもなったそうです。
まだ戦国時代の気風が残っていた頃であり、血を見るような修羅場もあった為、
慶安元年(1648)相撲禁止令が公布されております。
そこで、職業相撲集団が考え出したのが、相撲を取るのに境界線を設けること。
こうして寛文年間(1661〜72)柱から柱へ紐を引き、相撲場を四角に区切ることが
始まったそうです。
やがて、紐の代わりに五斗俵を地上に置くことが考案され、
それが四角から円に移り変わり、亨保年間(1716〜35)には俵も半分くらいに小さくなり
動かぬように土中に埋めるようになり現在の土俵の祖型が出来上がったとか。

以上、池田雅雄「大相撲ものしり帖」より。

77 :待った名無しさん:03/02/05 18:17
ちょっと話はズレるど、昔NHKスペシャルで放送した花田勝治が世界の相撲を巡る番組は面白かった。
初代若乃花の豪快な仏壇返しのVTRに歓声をあげるセネガルの相撲人。
似た形態を持つ格闘競技の実践者が通じ合うのを見た瞬間でした。

78 :待った名無しさん:03/02/05 18:35
>>77
その番組をもとにした本も出ています
NHK取材班/石田雄太『ニ子山勝治・相撲ルーツの旅』NHK出版

79 :待った名無しさん:03/02/05 18:38
>>73
初代伊勢海五太夫=式守五太夫で、
その行司の弟子が式守伊之助だったかな?
代々伊勢海が地方行司などに式守の名で免状出したりしてたらしい。

80 :待った名無しさん:03/02/05 18:55
>>75
土俵については、おっしゃるとうりかと思います。
>>秀吉や信長時代の相撲というのは、戦場での組み打ちの一種として鍛練する為に行われており
この部分の池田氏の記述は、酒井相撲史観に基づくものですね。
近世初期の相撲史として「武芸としての相撲」および「諸国浪人による相撲」
という長く相撲史のなかで支配的な考えだったようです。
新田氏の「相撲の歴史」では、このあたりに違った史観を示されてます。
BBM社の「大相撲人物大事典」の「相撲の歴史」は、中世〜近世初期〜四季勧進相撲のあたりは、
おおむね新田史観で書かれてますね。

81 :待った名無しさん:03/02/05 19:00
二十二代庄之助一代記
読売新聞社大相撲に連載されてたもの
http://www.bekkoame.ne.jp/~iitomo-i/mokuzi.html

82 :待った名無しさん:03/02/05 19:28
>>80
信長時代から職業相撲集団は存在したということなんでしょうか?
確かに職業として相撲を見せる集団の起源が、いつ頃なのか?というのは疑問としてありました。
この辺は、戦国時代という不安定な時期に、相撲界というのは存在し得ないということで
なんとなく納得していました。
そう言えば信長時代にも、芸能集団というのは存在していたんですよね。
もの凄く素人さ全開な自分を感じてますが、素人考えついでにもうひとつ。
信長、秀吉時代っていうのは、厳密に、相撲という競技はこういう競技である
というような定義ってあったんでしょうかね?
思いつきですが、そこで行われていることが、現在であれば柔術と名付けられるものであれ
レスリングと名付けられるものであれ、ひとまとめに相撲と呼んでいたのではないか?
なんて思ってるんですが。

まだ読んだことないので、新田さんの本読ませていただきたいと思います。
このスレ面白いです。

83 :待った名無しさん:03/02/05 19:29
日々進化し続けている(はず)のU−22日本代表について語るスレッド。

前スレ http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/football/1043427695

※age厨房・煽り・荒らしは無視でお願いします。
※2ch専用ブラウザーを使うべし。
 詳しくは、 http://www.monazilla.org/
 導入方法が分からない人は初心者の質問板へどうぞ。 http://cocoa.2ch.net/qa/



84 :禿山:03/02/05 20:14
72=78=79=禿山
>>82
信長時代どころか、相撲節会のころから存在したらしいです。
規模はわかりませんが。

技やルールについては、土俵がないと言う以外は、
江戸中期の相撲と「まったくちがうもの」ではないと思います。

裸にふんどし、といういでたちの相撲は、古代から「見せ物」の要素が強いようです。
武士の鍛錬としての「組み討ち」がのち、着衣の格闘技である、柔術に発展していったのか?と思います。
技は、あるいは、通ずる部分もあったかもしれませんね。

85 :禿山 :03/02/05 23:28
73=79=80=禿山
でしたすみません


86 :新田一郎:03/02/06 09:54
>>82,84
相撲節相撲人を「職業相撲」と呼ぶことには躊躇しますが、諸国を巡り
対価を得て相撲をとる職業的な相撲人の存在は、鎌倉時代までは遡れます。

>>82
> 信長、秀吉時代っていうのは、厳密に、相撲という競技はこういう競技
> であるというような定義ってあったんでしょうかね?
技術・様式両面において、漠然とした「こういうもの」という認識は
あったでしょう。細部のルールについては、近代でもずいぶんブレがあり、
明文化が進むのは実は第二次大戦後のことです。
余談めいたことになりますが、南北朝時代初期に法隆寺で行なわれた
相撲催事に際して、「髻を掴んだら負け」など三箇条の規約が定められた
ことがあります。その一方で、蹴り技などは禁止されておらず、しかし
蹴り技を用いた相撲人は「人皆憎む」などとひどく評判の悪かったさま
が記録されています。「相撲」の輪郭には、曖昧さがつきまといますね。

87 :禿山:03/02/07 14:25
>>45
武者成一著「史談 土俵のうちそと」
昨日ネットで注文したのが届いて今読んでます。
出典とかが不明ながら,初めて知るの話等あってなかなかおもしろいです。
一介の武弁と謙遜されるわりに、文もしっかりしてて読みやすい。

ネット便利ですね。
「シリーズ・近世の身分的周縁」の第3巻と
ネット古本で「日本の社会史 第3巻」(これも高埜氏ほか執筆らしい)も見つけて注文中。

88 :新田一郎:03/02/07 21:08
>>87
もう注文されてしまったのなら、今さらなんですけれども。
『日本の社会史 3』の高埜論文は、後に『近世日本の国家権力と宗教』に
再録されたものです。既発表論文をまとめて論文集を編む、というのは、
この業界ではよくあることでして・・・

89 :持った名無しさん:03/02/08 10:44
市販の書籍を読むぐらいしか出来ないんですが、
現在比較的安価(5000円程度)で買える相撲の
本ってどんなのがあるんでしょう?
(現役および最近の力士に関する本は除く)

お付き合いはないので見せていただいたことはありませんが、
同じ市内に1000冊以上相撲の本を持っていると言う方が
いらっしゃいます。

新田さん、禿山さんってどれぐらい持っているんでしょう?
#新田さんは書くほうが重要でしょうけど。

90 :待った名無しさん:03/02/08 12:11
>>88
Σ(゚д゚lll)ガーン、ネットで本買うって、不便ですねえ、、
>>89
私は一般の相撲(も)好きですので、相撲関係書籍といっても、数十冊程度です。
雑誌は本棚を占領し、段ボールにあふれてますが、
一番最初のバイブルは、手元に今ないのではっきりしませんが、
和歌森氏の「力士列伝」みたいなやつ。
つぎに、能見氏の「相撲部屋物語」
あと、いろんな所から出された「幕内力士一覧」各種
今現在のバイブルはもちろん新田一郎「相撲の歴史」です。

そういえばBBM社の「大相撲人物大事典」の新古本を
6000円(定価18000だったかな?)くらいで見かけたことあります。
BBM社の書籍はけっこう、新古本市場でみかけますね。


91 :90=禿山:03/02/08 12:15
でした。

92 :持った名無しさん:03/02/08 13:14
本棚の本を数えてみると単行本の形のが160ほどでした。
昭和の初期のを数冊持っていますが、所謂古書は持ってません。
#大正以前は皆無

>和歌森氏の「力士列伝」みたいなやつ。
秋田書店大相撲名力士100選ではありませんか?
和歌森太郎監修、小島貞二著となっていますが、
背表紙には和歌森太郎監修しか書かれていません。
昭和47年初版ですね。(全体に青っぽい本)
私のバイブルは、この本と、読売新聞社刊
安藤英男著谷風から玉の海まで 近世名力士伝
(全体に赤っぽい)昭和47年初版。
時事通信社刊相場基著 改訂増補相撲百年
昭和45年初版です。このほか今手元にありませんが、
秀ノ山親方の「すもう」(表紙が大鵬対柏戸。土俵際
上手投げで大鵬が勝っている写真)で、決まり手を覚えました。

>つぎに、能見氏の「相撲部屋物語」
この本もよく読みました。お陰でちょっとつぶれかけています。





93 :持った名無しさん:03/02/08 13:39
持っている相撲の書籍の中で割りと異色なのを紹介しておきます。
小沢書店刊 宮本徳蔵著 力士漂白(昭和60年初版)
これは後に文庫本で出てますので見た事のある人も多いと思います。

平凡社刊 寒川恒夫編著 相撲の宇宙論 呪力を放つ力士たち 
平成5年初版 この本は1200円で八重洲の古書館で買ってます
(元値は2200円)
この本は珍しく女相撲について1節が設けられています。

94 : :03/02/08 14:24
そろそろクンコカ起源説登場の予感...............。

95 :禿山:03/02/08 15:36
>>秋田書店大相撲名力士100選ではありませんか?
>>和歌森太郎監修、小島貞二著
それです!!でもいまどこにあるか不明。
相撲本の入った段ボールも実は実家なのか、倉庫?なのか、
よくわかってません、、、、
手元にはS63〜現在の「相撲」と若干の古雑誌と書籍。
これ以上色々増えると、家人がうるさくて、、、、、

96 :待った名無しさん:03/02/08 16:48
<丶`∀´>相撲の起源はシルムニダ。
      ソウル場所ではその事をチョッパリにたっぷり教えてやるニダ!

97 :新田一郎:03/02/08 22:03
>>89
私の場合、どこまでが「相撲関係」なのか、本業との境界線を引きにくい
ですね。たとえば古代・中世の公卿の日記などには相撲関係の記事がまま
出ますし、あるいは前出の『日本の社会史』なども。しかしいずれにしても
相撲のために持っているというわけではありません。
そうしたものを除いて狭くとれば、雑誌(昭和30年ころからボツボツ、
揃うのは昭和40年代半ば以降)を別にして400〜500冊程度でしょうかね。
ちなみに蔵書全体では、ざっと3万冊と推計してます(雑誌など除く)

変わったところでは、こんなのはいかが?
宇佐美隆憲『草相撲のスポーツ人類学−東アジアを事例とする動態的
民族誌−』岩田書院 2002年刊
日本・沖縄・韓国・中国など実例紹介豊富です。書誌情報も充実。
本体8800円と、やや高いけど。

98 :持った名無しさん:03/02/08 23:05
97>>
스모의 기원이 씨름라고 말하는 것은 정말입니까?
#ハングルを入力するのはなれていないので大変です。
勉強したいとは思っていはいるのですが....

相撲的起源是韓國的相撲嗎?
#適当ですが、こちらの方が入力しやすい。

99 :持った名無しさん:03/02/08 23:15
95>>
>手元にはS63〜現在の「相撲」と若干の古雑誌と書籍。
>これ以上色々増えると、家人がうるさくて、、、、、
似たようなものですね。手元にはS61年以降の「相撲」と「大相撲」
と書籍。親元にS46年からS60年分の「相撲」と「大相撲」が
あります。家人がうるさくて、、、、ですね。

>ちなみに蔵書全体では、ざっと3万冊と推計してます(雑誌など除く)
学者さんはさすがですね。当方理系なのでたとえ学者でも
3万冊も持っていないとは思いますけど・・・

>宇佐美隆憲『草相撲のスポーツ人類学−東アジアを事例とする動態的
>民族誌−』岩田書院 2002年刊
>日本・沖縄・韓国・中国など実例紹介豊富です。書誌情報も充実。
>本体8800円と、やや高いけど。
やはり専門書は高いですね。今度本屋で見てみます。
どのあたりにおいてあるのでしょう?一般のスポーツコーナーに
あるんでしょうか?

100 :和泉麻十:03/02/09 01:34
相撲の起源については京極夏彦の(どすこい)
に詳しい事がかいてありますよ
小説ですけどね


101 :待った名無しさん:03/02/09 17:31
>>92
安藤英男本がバイブルかあ・・・
それはそれとして、窪寺の相撲大鑑が参考文献に挙げられてたりすると萎える。
いったい何を参考にしたのだ?という気になる。

102 :持った名無しさん:03/02/09 22:09
100まで行きましたね。

100>>本を引っ張り出してみました。
四十七人の力士にのっていますね。詳しいというより簡潔に
まとめてあるって印象を持ちました。

ところで、相撲ファンで「どすこい(仮)」を持っている人ってどれぐら
いいるのだろう?新田先生は持っているのかな?
単行本か、新書版で出たので買いやすくはなりましたね。(単行本は1900円+税)

101>>
>安藤英男本がバイブルかあ・・・
安藤英男って方知らないんですが、どんな人でしょうか?
この本の執筆時銀行員だったようですに、陽明学の本や
昭和47年にしてコンピュータの本も出しているようです。
興味がありますので、ぜひ教えてください。

>窪寺の相撲大鑑が参考文献に挙げられてたりすると萎える。
これもどういうことか教えていただけませんか?
1)窪寺の相撲大鑑 ってどんな本?
2)参考文献に挙げているのは何?どの本?文献?発言?
3)なぜ、萎えるの?

安藤英男さんの「谷風から玉の海まで近世名力士伝」と
「大相撲名力士100選」は相撲を見始めた頃に買った本で
どちらもよく読みました。これらの本で江戸時代からの
強豪力士を覚えました。
皆さんはどんな本から入ったのかな?



103 :新田一郎:03/02/10 17:04
>>102
京極『どすこい(仮)』持ってますよ

私の「相撲への入口」は、父親の書棚にあった栃若時代の『相撲』。
『相撲百年の歴史』で深みにはまったように思います。
酒井『日本相撲史』を古書市で入手したのが小6のときでした。

もうひとつふたつ、「変わったところ」を紹介しておきましょうか。
上正路理砂『大相撲をめぐる仁義なき女の戦い』扶桑社文庫
David Benjamin "The Joy of Sumo : A Fan's Notes" Charles E. Tuttle Co.
いずれも歴史関係ではないのでスレッドの趣旨からはずれますが。
内容紹介はあえていたしません。是非ご一読あれ。

104 :禿山:03/02/10 18:12
>>酒井『日本相撲史』を古書市で入手したのが小6のときでした。
すごい!!私は数年前、某所で○万円で買いました。。
>>窪寺の相撲大鑑
数年前新古本1500円くらいで買ったけど読んでない。
>>日本の社会史3
届きました。たしかに高埜氏の論文同じでした。
そのうち他の論文も全部読もうと思います。
>>all
知らない本が多いです。。。

105 :持った名無しさん:03/02/10 20:38
もう少し本の話
やっぱり新田先生も『どすこい(仮)』持ってましたね。
文学的な価値はいかがなものでしょう?

英語の本を探しているのですが余り見つかりません。
現在以下の6冊です。他に手に入るのはあるでしょうか?
でもせっかく買ったはいいのですが、英語もいまいち苦手で
ほとんど読んでません。・・・じゃぁなぜ買うの?
1.Grand Sumo by Lora Sharnoff
First editon. 1989
Revised editon, 1993

2.Grand Sumo Fully Illustrated
Edited by PHP Institute, inc.
translated by Deborah Iwabuchi

3.Sumo A POCKET GUIDE
Revised and edited by David Shapiro

4.The Joy of SUMO A Fan's Notes
by David Benjamin
illustrated by Freg Holfeld

5.SUMO WATCHING
edited by S.W.A translated by Deborah Iwabuchi

6.SUMO キークエスチョン(日+英)
根間弘海著 translated by Deborah Iwabuchi
#岩淵デボラさんの訳が3冊あります。

106 :新田一郎:03/02/10 23:32
>>105
『どすこい(仮)』は面白く読みました。「文学的な価値」についてはなん
とも測りかねますが、まぁ、ああいうものは面白ければいいんじゃないですか

英語の本で、さしあたり歴史関係のものとしては
P. L. Cuyler “Sumo : From Rite to Sport” Wheatherhill
と、あと研究室に置きっぱなしなので正確な題名等を確認できませんが
リー・トンプソン他による“History of Japanese Sports”(?)
という本も出ております。

107 :禿山:03/02/13 17:16
相撲取り、年寄り、行司はいつまで鑑札をうけてたんでしょうか?

以下参考
●二枚鑑札
現役力士で年寄を兼務すること。栃錦の春日野が最後の二枚鑑札。
明治時代、東京都は相撲興行をただ1団体にのみ許可をすることとし、
#鑑札は芸人さんなども受けていた(はず)。角力協会の鑑札の背景には
高砂改正組みの絡みもある筈だが、また何時か紹介する。
当時は現役力士が年寄兼務はありふれていた(普通年寄名で現役土俵を勤
めた)。現役で年寄を兼務するためには、二枚の鑑札が必要となり二枚鑑
札と呼ばれるようになった。
以上[MMTS 週刊相撲雑学 VOL.76]より

相撲営業の者、これ迄冥加金相納め来たり候処、来る明治十年より相廃し、
更に鑑札下付致し、左の通り府税徴収致し候条、この旨布達候事。
【明治09年12月13日/東京曙】
相撲上等鑑札九十六枚、この鑑札料合わせて九円六十銭、
下等同三百廿九枚同十六円四十五銭、行司上等鑑札十一枚同一円十銭、
下等十八枚同九十銭、右昨十九日警視局よりお渡しになり、
相撲頭取年番玉垣額之助、伊勢海五太夫、行司年寄年番式守伊之助、
木村庄之助が出頭して鑑札料を納め申した。 【明治11年03月20日/朝野】



108 :禿山:03/02/13 20:11
明治時代、東京都は相撲興行をただ1団体にのみ許可をすることとし、
「力士、年寄は鑑札を受けなければならなくなった。」

「 」部分が抜けてました。

109 :持った名無しさん:03/02/13 21:39
明治9年12月から新税法に基づく営業鑑札が必要になり、
明治11年2月からはすもう並行司取締規則に基づく営業鑑札が
必要になる・・・との事です。「相撲国技になる」より。
また同書によると明治44年の新橋クラブ事件の時はまだ
鑑札制度が生きているような記述が見られます。
いつ制度がなくなったのかは不明。

110 :新田一郎:03/02/14 10:39
鑑札制度が廃止されたのは昭和6年、と金指基『相撲大事典』(現代書館)
にはあります。もととなる税法資料に遡って確認はしていませんが。
このことが、春秋園事件の勃発とも関係あるかもしれませんね。

111 :禿山:03/02/14 12:48
鑑札の開始は結構書かれてるのに、廃止が書かれてるのは少ないですね。
鑑札 営業 税 などで検索してもわかりませんでした。
ありがとうございます。

ということは昭和6年以降は「二枚鑑札」という用語は、
厳密に言うと不適当ですね。明治11年以前も。
また相撲以外でも「二枚鑑札」はあり得たんでしょうね。

112 :新田一郎:03/02/14 18:08
注)
『近世日本相撲史』には、協会が鑑札制度の適用廃止を請願した、
という記載はありますが、その結論についての記述はありません。
そのうち暇なときにきちんと資料にあたって調べてみます。
昨今、「暇なとき」がなかなかないのが悩みの種ですが。

113 :禿山:03/02/17 00:31
なんか「鑑札」があたまにこびりついてしまったんですが、
なにをどう調べればいいのか見当がつきません。
近世・近代税事典とかないのかなぁ

114 :待った名無しさん:03/03/01 02:41
規制があったようで、書けませんでした.
上げてみます。

115 :ベルクカッツェ:03/03/03 16:09
9世紀終わり頃、平安時代の相撲です。(国宝鳥獣戯画より)

          ─ -ー'''''''ー`'_,r'h、  ,    /
              -'''",r''゙   lノリ''ー-ー''
                .i ●′.'、ゞ、`'ー- ,,,___
            ,,,,e‐''゙l      `ヾi゙i
           ,il!゙ ,,,,,-、'゙!,__,,,,,,,,-ーャ リ-- 、
          ,i゙  f゚/゙ir`~  , ´/フ    ヽ
          lil! , ゙゙   /トヽ /”゙゙゙'丶    ヽ,
          ゙i ,il/ ,,,,'゙   ,/ iヽ,    ヽ,   j
          .,l゙i゙ i゙!゙゙ゝ  i.しi  ゙゙''ー,---' ト、ノii
          ,i゙ll'  丶, `ー-ーゝ,,,,__ |  .丿彡j
         ,i ll".,il'  丶,,__,,.,,,,,,_゙゙゙  ,r'゙.,r''´ i
         l.ill ill i||!' il!  ,i|i ili, "゙゙゙'゙_ノ   l
         .!,ll,, ゙ll, !li !i,  ~'''ー,--ー'',,,    l
          ゙!,ll ゙!li、 il!    丿_,r'´     l
          .゙!ll  ゙!li,  ,,iiill!゙゙゙!lll!゙゙゙!lllii,,,、   !、_
           .゙!l,, ゙!li, !li         ゙li,、 、ミ彡
                ,iヽ,. ゙!i, !li ,、   __,,,,-''! '゙l `'`'
              ,il||l!' 丶,,゙!i,,,i!.゙゙゙'i,°   ゝ,i
          ,r"   ノr,゙゙゙゙゙’,,-'゙ゝ     `゚“"i
          ,i|l!" ,,,-'゙ f  ,r'´   `''''i''''ー--i  l
.            i゙゛.r'”   ,! .i       `゚ー、、゙'丶!
        .,il!! ,i   /゙ _,,!           f´,`丶.' ,゙i
        f  ノ r''''''゙ /             ゙''''"´  ! ゙i
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.″ ,,-'''´'´

116 :待った名無しさん:03/03/04 20:50
このスレ、すごく参加したいんだけど
まだまだ知識が追いついてなくて半分も理解できない…。
今、毎日ちょっとづつ新田さんの相撲の歴史読んでます。
読み終わるまでにスレが続いてるといいなあ。

117 :禿山:03/03/04 22:23
>>116
いえいえ、今から参加してください。
新田先生以外は単なる相撲好きですから。


118 :待った名無しさん:03/03/06 01:07
>>117
あらあらまあ。
ではお言葉に甘えて質問などをひとつ。

新田先生の本を読んでいて疑問に思ったことなんですけども、
「相撲節」と「相撲節会」には、何か違いがあるんでしょうか?
私が今まで読んでた本では「相撲節会」という言葉の方が
多く使われていたように思います。
新田先生が「相撲節」の方を採用したのは、何か根拠というか、
意図があってのことではないかしら?と考えています。

今ちょうど第2章読んでるところです。
もしこれから説明されているようでしたらごめんくださいませ。

119 :116:03/03/06 01:10
うわ、あげてしまった…
>>118は116です。ごめんなさ〜い

120 :禿山:03/03/06 12:39
>>118
五節会との区別でしょうか?
7月7日に行われていた(らしい)相撲が
7月後半に行われるようになって、節会ではなくなったのかな?と。


121 :116:03/03/06 18:59
恥ずかしながら五節会を知らなかったので
ググールしてきました。
七月七日は節日だが五節会には含まれていない(正しくは節会ではない?)、
そんなところが表現されているんでしょうか。
今読んでるところと内容が重なるので
なーんとなく理解できました。質問してよかった。
禿山さん、ありがとうございます。

122 :新田一郎:03/03/09 12:52
しばらく留守にしていたら進行していましたね。
>>118
史料上の表現は「相撲節」だから、というのが最大の理由です。
もし専門的なことをお知りになりたければ、この点については
私の本よりも大日方克己さんの『古代国家と年中行事』(吉川弘文館)
のほうが詳しく、参考になると思います。

123 :118:03/03/10 00:40
>>122
おお〜…
レスありがとうございます。
今読んでる本の作者の方から直接レスいただけるなんて
なんだか不思議な気持ちです。
>>118を書いた後、本を読み進めるうちに
「ああ、これはもしかしたら一次資料が『相撲節』になってるのかも」
と感じたのですが、やはりそうでしたか。
専門的というのがどの程度のことなのかわかりませんが
まだちょっと気になるんで、大日方さんの本探してみます。

新田先生の本は第三章に入りました。
春場所も始まりましたね。ここも賑わうといいな。

124 :山崎渉:03/03/13 16:38
(^^)

125 :禿山:03/03/17 20:44
なかなか賑わいませんね。。。。

126 :待った名無しさん:03/03/24 14:11
良スレsage

127 :待った名無しさん:03/03/26 17:34
保守

128 :新田一郎:03/03/27 20:49
>>30で予告した『明治前期の法と裁判』(題名がちょっぴり変わりました)
が信山社から刊行されました。が、本体価格1万円ですので、買うには
ちょっと高いですねぇ。
なお、手元に本が届いたとたんに、別件で調査していた資料群の中から、
問題の藤島訴訟の控訴審の関係文書を発見しました。最終的には和解で
決着がついたようです。


129 :禿山:03/03/29 01:28
た、たかい、、、
本屋に置かれるとすると、やはり、法律関係の個所でしょうか?

藤島訴訟は明治11年何月ですか?
高砂が戻る前か、後か知りたいんです。


130 :新田一郎:03/03/29 16:17
>>129
高いですねぇ。こういうものは部数が出ないので、単価が上がって
しまいます。並ぶのは法律関係のところだと思います。

>藤島訴訟は明治11年何月ですか?
>高砂が戻る前か、後か知りたいんです。
確かにそこがキモでして、先日相撲趣味の会で紹介した折りにも
その点が問題になりました。
結論をいえば「はっきりしないがたぶん6月頃の提訴であろうと
思われる。したがって、高砂復帰の直後の可能性が高い」。

131 :禿山:03/03/31 01:10
>>130
ありがとうございます.

藤島もその後、組長などの役職をやってるので、
やり手だったんでしょうね。
ニ三の幹部に対する会所内の反発は結構あったんでしょう。
その訴訟に高砂が直接関与してるとは思えませんが、
高砂が復帰するのを歓迎するものもいたんでしょうね。



132 :待った名無しさん:03/04/01 23:18
保守

133 :待った名無しさん:03/04/02 22:15
あげておく

134 :山崎渉:03/04/17 11:32
(^^)

135 :山崎渉:03/04/20 05:56
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

136 :待った名無しさん:03/04/24 04:57
メンテ

137 :待った名無しさん:03/05/03 00:07
すまいのせちえ 読めるかな

138 :待った名無しさん:03/05/03 01:24
相撲の語源の説のひとつに、着衣の舞いに対する裸の舞いである素舞いからきている
というのを思い出した。

139 :山崎渉:03/05/22 02:00
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

140 :山崎渉:03/05/28 16:59
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

141 :播磨灘:03/05/30 00:11
勉強になります

142 :待った名無しさん:03/06/08 20:48
勉強になるスレですね。保守します。

143 :待った名無しさん:03/06/23 00:47
保守

144 :待った名無しさん:03/07/02 20:05
           __  \   __

  ,/                     | \      ヽ
 │               |         |  
 │               /             |
 │                 /           |   ______________
 │             /           |   /
  ヽ        ノ__            丿 <ずれまくりだけどきにしな〜い
                             \
                                        ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


145 :待った名無しさん:03/07/02 20:06
           __  \   __

  ,/                     | \      ヽ
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 │             /           |   /
  ヽ        ノ__            丿 <ずれまくりだけどきにしな〜い
                              \
                                         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


146 :待った名無しさん:03/07/02 21:48
144,145>>ageて下さったことに感謝しますぢゃ

147 :待った名無しさん:03/07/02 21:59
人気サイト
http://pocket.muvc.net/


148 :山崎 渉:03/07/15 12:01

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

149 :待った名無しさん:03/07/21 14:05
hage

150 :待った名無しさん:03/07/31 21:47
pake

151 :待った名無しさん:03/07/31 23:39
    ∧ ∧        
   <#;`Д´> <日本の相撲の起源はウリナラニダ!  
   ( つ  つ    ソースは無いニダ。
    .)  ) )         
   〈_フ__フ    

152 :ぼるじょあ ◆yBEncckFOU :03/08/02 04:48
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ

153 :待った名無しさん:03/08/06 21:52
ageageageage

154 :山崎 渉:03/08/15 21:54
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

155 :山崎 渉:03/08/15 23:31
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

156 :待った名無しさん:03/08/25 10:11
このスレ、死にスレっぽいですが・・。

「相撲は元々神事である」ということが良く言われたりしますが、
これってどうなんでしょうか。
辻相撲時代のことを考えてみると寺社との関わりはあまり無さそうですし
当時の人々に根付いていた日常的な宗教性以上のもの
(何か物事を執り行う際には御祓いや祈祷をする)以上の宗教性を
相撲は持っていたのでしょうか。
日常から逸脱したものは全て神事である、ということなら
相撲は当然神事ということになるのでしょうけれども。

相撲は元々儀式的色合いの方が強いものだったのでしょうか?
それとも戦い、及びそれを見せることの方が重要だったのでしょうか?

157 :待った名無しさん:03/08/25 16:39
>>156
ほんと、死んでますね
これじゃ、助教授も光臨できませんね

神事に関して、素人の勝手な解釈ですが、
そもそも日本の古い伝統というか、
生活そのものの中に、神が存在したのではないでしょうか?
それこそヤオロズのもの、こと、
に神が多少なりとも介在したのでは?
そういう意味では、相撲も神事の部分がある、と。
明治以降、ことさらに神事と「深く」結びつけたい人たちが居たのでは?

156の最下段が最も適切出はないかと思います。

158 :待った名無しさん:03/09/06 12:24
_| ̄|○

159 :待った名無しさん:03/09/11 01:05


160 :●のテストカキコ中:03/09/11 01:07
http://ula2ch.muvc.net (このカキコは削除しても良いです)


161 :まわし舐めたい:03/09/12 01:14
古代は流血するほど激しかったすもうが好色芸に
なっちったのはいつからだらう?



162 :待った名無しさん:03/09/12 19:13
>>156
相撲の宗教性についてはこれまでにあがってきた
いくつかの本の中でも取り上げられていますが、
山田知子女史の『相撲の民俗史』に
比較的詳しく書いてあるように思います。
日本書紀の解釈から、鎮魂の意がある、
凶事を祓う儀式である、葬送儀礼である、
等が述べられています。

相撲に関してはその起源も由来も
まだ曖昧ではっきりしていないことが多いですよね。
このこともその一つだと思います。
いくつかの本を読みましたが
幾論かでていました。

相撲の宗教性や相撲神事について考える際は
現在の大相撲とは切り離して考えたほうがいいと思います。
とりあえずは。

たいした情報じゃなかったですね。。。
長文スマソです。


163 :待った名無しさん:03/09/18 23:23
ためになるage

164 :待った名無しさん:03/09/19 10:52
韓国のシルムと比べたら日本の相撲は競技だけではなく色気を見せるという
要素もあるかと思う
モンゴルの力士たちも初めはまわし一丁でやることが恥ずかしかったと言っている
明治期には「すもうは野蛮な裸踊り」として禁止されたこともある。


165 :待った名無しさん:03/09/19 10:55
>>164
>明治期には「すもうは野蛮な裸踊り」として禁止されたこともある。
出典と具体的内容を教えて


166 :待った名無しさん:03/09/19 16:36
シルムだってモンゴル相撲だって色気を感じさせる部分はあると思う。
モンゴル人が尻を見せることを恥じたというのは文化の違いの問題からじゃないだろうか?

禿山さんも出て来なくなってるけど出て来てくれないかなあ。

167 :待った名無しさん:03/09/19 23:57
>>164-165
禁止までは行ってないんじゃないか。
ただ、文明開化期の日本の為政者が、西洋人の目を意識して
裸体風俗を忌み嫌ったのは事実。
褌・腰巻だけの半裸で往来を歩く、立小便をする、などといった行為が
風紀紊乱罪に問われるようになったのも明治初年。
相撲の場合は、従来力士の庇護者であった藩がぶっつぶれて、
相撲会所の経営が危機に陥るという政治的事情とあいまって、
余計風当たりが強くなったと言うこと。法による規制は受けていないはず。

168 :待った名無しさん:03/09/20 00:03
相撲の禁止令が出たのは江戸初期だよね。
こっちは刃傷沙汰が問題になったという違いはあるけど。

169 :待った名無しさん:03/09/23 18:53


170 :待った名無しさん:03/09/23 21:01
------糸冬 了--------

171 :待った名無しさん:03/09/28 04:38
170スレしかないのに読むのが大変だった。

172 :待った名無しさん:03/10/09 01:40


173 :待った名無しさん:03/10/09 08:33
ユーラシアの騎馬民族のやっていたレスリングあたりが起源ではないか、と何かの本に出てた気がする。
でも、外国のは殆んどのは組み合った状態から始めるんだよね。
立会いがあるレスリングは相撲以外あるんだろうか?

174 :隠岐の相撲:03/10/15 17:27
隠岐古典相撲だそうです
http://movie.pref.shimane.jp/culture/sumou.html

175 :待った名無しさん:03/10/15 18:45
うーん
やっぱりすもうはホモの世界だ


176 :待った名無しさん:03/10/19 07:31
女の観戦禁止だったのっていつごろ?
http://www.japan-guide.com/forum/quereadisplay.html?0+3377

177 :待った名無しさん:03/10/19 07:39
相撲を世界的に有名にした日本人は頭がいい
汁無とかわけわからんものをやってる民族は馬鹿

178 :待った名無しさん:03/11/03 00:43
良スレage

179 :待った名無しさん:03/11/03 21:03
定期age

180 :待った名無しさん:03/11/03 21:46
>>176
おや、異国の2chでござるか。

181 :待った名無しさん:03/11/06 05:01
ageないと…

182 :待った名無しさん:03/11/20 02:55
期待age

183 :待った名無しさん:04/01/03 00:33


184 :待った名無しさん:04/01/03 00:34
        _
      ミ ∠_)
         /
         /   \\
 ウイーン  Γ/了    | |
  ウイーン  |.@|    | | ガッガッガッ
       | / |    人  ,.-'''"-─ `ー,--─'''''''''''i-、,,
       |/ |    < .-,/        /::::::::::::::::::::::!,,  \
      _/  | //.(  ,'          i:::::::::::::::::::::;ノ ヽ-、,,/''ー'''"7
     (_フ彡     `''|          |:::::::::::::::::::::}     ``ー''"
                !       '、:::::::::::::::::::i
                '、 `-=''''フ'ー''ヽ、::::::::::/ヽ、-─-、,,-'''ヽ
                 \_/     ヽ--く   _,,,..--┴-、 ヽ
                             ``"      \>

185 :待った名無しさん:04/01/15 10:45


186 :待った名無しさん:04/02/15 12:38
 

187 :待った名無しさん:04/02/16 01:39
相撲の由来に関してはいくつの説がある。一例として日本の相撲がモンゴルと韓国の
シルムの影響を受けたということで日本の相撲選手たちが頭に髷をしているのは李朝
時代に対馬の商人たちが韓国に入って来てチュソク(秋夕:韓国のお盆)やダンオ
(端午:韓国での節の一つ)にシルムを見て日本に帰って伝えたからだという説である。
また政治的には古代天皇への服属を象徴する意味で各地方の力士を招集して宮中で
相撲を行うことで天皇の地方支配を確かめる儀式だという説もある。

http://www.sumo.or.kr/jp/story/story_8.htm

韓国公演のサイトより
この適当っぷりは予想の範囲内だけどね

188 :待った名無しさん:04/02/18 13:07
日本でも太古のころから相撲と同様の競技が行われていた事は、発掘品の埴輪(はにわ)、
土偶で四つに組んだ人形を見ても明らかである。和歌山県井辺八幡山古墳から出土した埴輪に、
褌を締め、裸足の裸体の男子像がある。この立像は、鉢巻を締め、両足をガニ股のように開き、
腕を前方に伸ばしているので、相撲をとっている形が想像できる。この大古墳は6世紀初頭と推定され、
古墳時代にも盛んに相撲を取っていたことを立証する発見といえよう。
弥生時代から一般農民の間には、農作物の収穫をうらなう祭りごとの農耕儀式(神事相撲)として各部落で盛んに行われ、全国に広まった。
こうして古墳文化時代(230〜550)から、またそれ以前の相撲に関する神話や伝説が語り伝えられ、
文字が普及した奈良時代に物語として記録されるようになった。

http://jun.pinoko.jp/sumo/rekishi.html

189 :待った名無しさん:04/03/26 01:30


190 :相撲莫迦A:04/04/15 04:39
うぉっ

191 :待った名無しさん:04/04/15 19:28
武家相撲っテ戦国時代にありましたか? 武術としての相撲に興味あるんですが。 

192 :待った名無しさん:04/04/26 23:55
>>191
スレのはじめのほうで何度も出てきた新田一郎『相撲の歴史』を読め

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