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【179cm】北の湖最強の現役時代【169kg】

1 :関脇魁輝:03/07/24 17:52
その時期に3回も勝たして頂きますた^^

関連スレ
北の湖理事長が素敵 その3
http://sports.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1052224453/l50
北の湖と貴乃花の引退間際
http://sports.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1044519257/l50

2 :待った名無しさん:03/07/24 18:04
2ゲト

3 :待った名無しさん:03/07/24 18:09
今魁皇が身長、体重ともにほぼ同じだ。

4 :待った名無しさん:03/07/24 18:11
そして、腰の重さと右上手の強さもほぼ同じ……か。

5 :待った名無しさん:03/07/24 18:16
負けた時に恥ずかしそうにしてた横綱ナンバーワン。
負けた時は引き上げる足取りが早い早いw

6 :待った名無しさん:03/07/24 18:30
初土俵 :昭和42年初場所
新入幕 :昭和47年初場所
最終場所:昭和60年初場所
幕内成績:804勝247敗107休(勝率:765)

主な記録
最年少横綱(21歳2ヶ月)・年間最多勝(82)・連続勝ち越し50場所

年間82勝はスゴイな・・。

7 :待った名無しさん:03/07/24 18:31
今なら6場所連続皆勤する力士も少なくなってきているな。

8 :待った名無しさん:03/07/24 18:39
ケガの仕様がないほど強かったのは事実でしょう。
昭和55年までは吹っ飛ばされる事はまずなかったし。
元来が丈夫なのもあるけど22回目の優勝までは本当に
強いという印象しかありませんな。この横綱は・・。
それだけ憎まれる事も多かった訳ですが。

9 :待った名無しさん:03/07/24 18:48
全盛期の脚力に関して言えば、史上最強と言っていいんじゃないかな。
横綱初期(S49〜51)と全盛期(S53)とでは大腿部の太さが全然違っているよね。

10 :待った名無しさん:03/07/24 18:58
一番の疑問は何で稽古嫌いの朝汐に
あそこまで弱かったのか・・だね。
上昇期と下降期の差はあれど7勝13敗。

11 :待った名無しさん:03/07/24 19:44
6場所合計85勝5敗なんて時期もあったよね。

北の湖はあまりにも強過ぎて、ほんとーーーーーーーーーに大嫌いだった。

当時の俺内好きな力士ランキング
輪島>貴ノ花>若三杉>魁傑>旭國>>(その他諸々の力士)>>>>>>>>>>北の湖のバカー!!

そんな北の湖が小錦との初顔合わせで簡単に押し出された時はショックだったな…。

12 :待った名無しさん:03/07/24 19:53
史上最強の横綱・北の湖
http://sports.2ch.net/sumou/kako/981/981292878.html

13 :北海道民:03/07/24 20:00
道民はいますぐ道新TODAY8月号(廃刊決定最終号)を買え!
北の湖の特集記事が載ってるぞ。
輪島を寄り切るときの、北の湖の下半身の形に注目。

14 :待った名無しさん:03/07/24 20:03
北の湖と魁皇じゃ腰の割れ方と出足の鋭さが全然違うよ。

15 :北海道民:03/07/24 20:12
北の湖の頃は中腰手つかず立ち合いが主流だったという点を割り引いても
出足と当たり(カチ上げ)は北の湖がはるかに上。
体も柔らかく、あの巨腹をぺったり地面につけて股割りができた。


16 :待った名無しさん:03/07/24 20:21
そこが大横綱と今の魁皇の状況との違いでしょう。

17 :待った名無しさん:03/07/24 22:01
体重がしばらく150kgだったのがある日突然169kgになった
しかし、それでもまだ過少申告との噂も・・・

18 :待った名無しさん:03/07/24 22:09
>>17
それはちょっと違いますよ。
東京場所前恒例の体重測定は昭和51年秋場所前から制度化されたんです。
それまでは自己申告によるものでした。
北の湖の場合、それまで150kgと自己申告していたのが、このときの測定で
162kgと計測されました(ちなみに高見山は165kg→185kg)。
で、北の湖が一番重かったのは、昭和53年秋場所前の測定で169kg。
もちろん、それ以外の場所では体重を公式に計測する機会はなかったわけですから、
一時的には170kg台に達していた可能性は大いにありますね。
年間最多勝記録を更新した昭和53年九州場所は、場所前に痛風が出た影響もあり
11勝4敗にとどまりましたが、このときの反省から160kg台を維持するように
気をつけていたのだとか。

19 :北海道民:03/07/24 22:20
ちなみに身長も、それまでは公称181cmだったのが
測定により179cmとなったと記憶します。

北の湖自身は体重のことを気にしていたフシがあり、測定を嫌がって
いたらしいです。

20 :待った名無しさん:03/07/24 23:16
失われた名勝負
  全盛期の北の湖と、これ又全盛期のアブドーラ・ザ・ブッチャーとの
  ド迫力の激突。見たかったァ。
  同じく全盛期、ウルフ千代の富士と、炎の飛龍ドラゴン藤波とのスピード溢れる
  華麗な闘いも見たかったァ。
  馬場さん、なんでプロモートしてくれなかったのォ〜?

21 :待った名無しさん:03/07/24 23:29
俺はウルフフィーバーの頃のプロレスというと佐山タイガーを思い出すな。
タイガーマスク人気はウルフフィバーに負けないくらいのものあったでしょ。
NYマジソンスクエアガーデンを沸き返らせた対ダイナマイトキッド戦なんて、いつ見ても色褪せないものがある。
そう言えば昔「格闘技通信」の企画で佐山とゴッチが九重部屋訪ねたことあったんだよね。
俺はあとから知ったんで読んでないけど。どんな内容だったんだろう

って、全然北に湖と関係ないわスマソ。


22 :待った名無しさん:03/07/25 00:45
まだ発売されていると思うけど、NHKの昭和の名力士シリーズで見れるよ。

半端ないぞ。巻き替えの早さとか。魁皇は好きだけど腕力以外は歯が立たないだ
ろう。見れば、一目瞭然。あの身体でパンパンに張ってて贅肉らしいものがないし。
当時はいい四つ相撲見せる力士が多かったようなあ。

23 :???:03/07/25 00:46
みてね〜♪
http://www2.free-city.net/home/kojiro/page004.html

24 :待った名無しさん:03/07/25 00:56
北の湖は押しも突っ張りも吊りもあったし、右四つでも左四つでも取れたけど、魁皇は……。
まぁ北の湖は、かいな力は強くなかったけどね。

25 :待った名無しさん:03/07/25 01:01
幕下昇進が決まった時はまだ中学生だったんだよね。
この記録だけは絶対抜かされまい。

26 :待った名無しさん:03/07/25 01:23
ご褒美サイト!すごくイイです!
http://homepage3.nifty.com/coco-nut/

27 :待った名無しさん:03/07/25 01:32
>>22
独特の巻き替えだったよね。
ちょっと反って肩を遠のかせておいてから、サッと手首を差し込み肩ごと
ぶつけるようにして一気に腕をねじ込む。その一連の動作の速いこと。
あと右上手を引いたら一気に走るスピードもあった。

28 :待った名無しさん:03/07/25 01:43
欠点と言えば腕が短かったことぐらいか?

29 :待った名無しさん:03/07/25 01:51
全盛期の北の湖の一番は見る気がしなかった。勝敗がほぼ決まっていたからなぁ。
そのくらい強かったですね。

「横綱はこうでなければ」という見本。

30 :待った名無しさん:03/07/25 03:08
双葉山が左上手を取ったら客は帰り支度を始めた。
北の湖の右上手もまたしかり。

31 :待った名無しさん:03/07/25 07:33
いまでは、高見盛の相撲がすんだら、客は帰り支度を始める

32 :待った名無しさん:03/07/25 09:17
>>31
ワロタ

33 :待った名無しさん:03/07/25 12:02
ウルフの前みつも。

34 :太刀山型の土俵入り:03/07/25 12:22
>>33
あっというまに終わってしまうので帰り支度する暇はないと思われ。

35 :待った名無しさん:03/07/25 16:01
>>30
現在では素材から言えば魁皇の右上手が当てはまるか。
でもやっぱ北の湖ほどの磐石感はないわな。

36 :待った名無しさん:03/07/25 16:04
あの〜北の湖は関取昇進直後くらいは
仕切りで塩を舐めた事あるの??
少なくとも横綱昇進後の仕切りで塩を
舐めるのは見た事ない。通風対策か?

37 :      :03/07/25 16:10
【父ちゃん坊や】 とっちゃん-ぼうや
一人前の大人でありながら子供っぽい一面のある大人のこと。
【確信犯】 かくしん-はん
道徳的・宗教的・政治的な信念に基づき、自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪。
思想犯・政治犯・国事犯など。
※悪い事とわかっていて行う行為(犯罪)を確信犯とは言わない。
【フレンチキス】
 フレンチキス = ディープキスのこと
【役不足】 やくぶそく
(1)俳優などが与えられた役に満足しないこと。
(2)能力に対して、役目が軽すぎること。
「―で物足りない」
【知恵熱】 ちえねつ
生後六、七か月頃から満一歳前後の乳児にみられる発熱。
ちょうど歯の生える頃にあたるが、原因は明らかでない。ちえぼとり。
※勉強や仕事をしすぎて出る熱を知恵熱とは言わない。


38 :待った名無しさん:03/07/25 16:39
北の湖が現役の頃、北の湖のポスターを自分の部屋に貼ってました。
当時CMとか広告媒体には、一切でなかった横綱でしたが、これだけは
商業広告とはちがったからいいのかな?
ポスターの製作はどこかしりませんけど、たぶん官公庁関係ぽいです。
ポスターには北の湖があぐらで座り、その中に小学校2・3年生の男の子が
すわって、北の湖の両手がその小学生を抱くようにかかえる写真です。
それで、タイトル(?)が「命の横綱(シートベルト)」でした。
・・・あのポスターどうしちゃったのかな、どっかに残ってるはずなんですけどね。



39 :待った名無しさん:03/07/25 17:21
北の湖は強いから憎まれたのではない。
輪島の方が強かった時代から北の湖はヒールだったのだ。
ふてぶてしい顔とそっくり返った体型。それが憎まれた理由だ。
大鵬や貴乃花が強かったとき、「強すぎて面白くない」
とは言われたが、憎まれることはなかった。その2人も北の湖に
劣らず無愛想だったのだけども。力士の人気も結局容姿だ。

40 :待った名無しさん:03/07/25 17:42
>>38
昔、郵便局のポスターがあったな
http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e28644698

41 :待った名無しさん:03/07/25 17:44
つまり、北の湖が魁皇みたいなかわいい顔してればあそこまでヒールには
ならなかったってことかな。

42 :待った名無しさん:03/07/25 18:32
まあ、最終的にはルックスだろうね。

相撲界で比較するより、柔道の山下の時の斉藤の位置付けのほうが近いんじゃな
いの?斉藤も山下に劣らなかったし、北の湖同様、実直な柔道バカでしかなかった
のに。

北の湖はでも、相撲好きには熱狂的なファンがたくさん居た。土俵上で態度が悪い
なんて全く思わなかったね。気迫の残余と不器用さで相撲を知らないひとたちの
間で妙なイメージが定着しただけ。ま、相撲ファンにタニマチ体質でしかない相撲
知らずが多かったのは、今も昔も同じだ。

43 :待った名無しさん:03/07/25 18:47
まあ、相撲に限らず経営支えるのは一部の玄人ファンじゃなくて
大勢のミーハーファンだからねえ。そういう人たちの評価が定着
してしまうねえ。

44 :待った名無しさん:03/07/25 19:55
人気面では貴ノ花と高見山が双璧。

45 :待った名無しさん:03/07/25 21:14
心身ともに負担の重い横綱という地位でありながら、初土俵から1128回も
連続出場を果たしたというのが凄い。うち横綱として654回だしね。

46 :待った名無しさん:03/07/25 21:21
>>45
だから公傷制度なんかいらないという電波を
まきちらすわけだな(w お前が特別なだけだっての

47 :待った名無しさん:03/07/25 21:23
俺も公傷の安売りには反対。
(ただし本場所を4場所制にするなどの改革がベストだと思うが)


48 :待った名無しさん:03/07/25 21:29
超一流の人が上に立って自分レベルでものいうと、下のものにはまるで
デンパな存在になっちまうもんだわな。

49 :待った名無しさん:03/07/25 22:32
稽古総見で、力士達が十番程度でやめてしまうのを見て、あれじゃ怪我する、
三十番くらいやらなきゃ、あれじゃ怪我する、みたいな発言があったよね。
記事の詳細を忘れたけどさ。

力量の差じゃなくて、もっと根本的な問題を問いたくて公傷制度にメスを入れよう
としているんだと思うけど。でも、構造的な問題に着手しないで制度なくすだけ
だと、歪みが増すかもしれない。4場所制はいいね。
ハワイ勢台頭以降、相撲がむちゃくちゃ淡白でつまらないよ。四つ相撲が特に。

北の湖には改革着手して欲しい。

50 :47:03/07/25 23:13
>>49
四つ相撲つまらない、に同意。
たとえば輪島と北の湖の四つの組み合いは、いつも力の入った大相撲になった。
今、あんな四つ相撲を取れる力士がいないんだな。
というか本格的な相撲を取れる力士がいないのかもしれない。
千代大海なんて「俺すり足できねーんだよな」と堂々と公言する始末。

51 :待った名無しさん:03/07/25 23:56
でも千代の富士のスピード相撲に付いていけなかった。
時代は一気に「立会いが全て」へ・・・

(断っておくが、漏れは北の湖の方が好きだからな。)

52 :待った名無しさん:03/07/26 00:00
180cm無いのは意外だ。

53 :待った名無しさん:03/07/26 00:56
>>51
千代の富士のついて行けないってことはないよ。
優勝決定戦で勝った千代の富士のシーンをよく見るけど、本割では熱戦でまきかえて
つり出してるわけでね。全盛期でもない怪我の時での話。

54 :待った名無しさん:03/07/26 01:52
千代の富士の進化があと1年早ければもっと
確固とした北・千代時代があったのにな。
日の出の勢いの力士と落ちる一方の力士の
対決はいつも見ててつらくなるな。

55 :待った名無しさん:03/07/26 02:15
北の湖は最強。
それは別として北の湖VS高見山。
強さは段違いなんだけど、それでも、あの巨体の高見山を
上手投げで仰向けにさせるとは、すごい。

56 :待った名無しさん:03/07/26 02:15
年齢ふたつしか違わないのにな。見事に時代が違ったね。

57 :待った名無しさん:03/07/26 02:18
早熟型と大器晩成型の違いがでたな。

58 :???:03/07/26 02:38
みてね〜♪
http://cappuccino.h.fc2.com/kojiro.html

59 :待った名無しさん:03/07/26 03:11
早熟型と大器晩成型というのは微妙に表現が違うような。
千代の富士は身体を作るのに時間がかかったし、北の湖に比べて大器とも
思えない。両方凄いけど型が違うし。

千代の富士は怪我を筋肉の鎧で克服しつつ同時に武器にし、前褌速攻型に
変えて安定度を増したよね。
北の湖の場合、克服できるような怪我じゃなかった。あれさえなければ、
まだまだいけたと思える。

60 :待った名無しさん:03/07/26 06:20
千代の富士が初めて10勝以上の星をあげたのは入幕16場所目のことで
それまでは決して無個性ではないが並の力士でしかなかった。

千代の富士の本格化と北の湖の終焉期が重なってしまったので、千代>北
のイメージで見る向きもあるかもしれないが、そうではない。全盛期同士
の戦いなら、輪島vs北の湖に匹敵する熱戦を繰り広げたに違いない。

61 :待った名無しさん:03/07/26 09:13
ま、公傷制度なくすと力士は不利になったら粘らなくなるから
(怪我したらたいへん)もっと相撲がつまらなくなる罠。

62 :待った名無しさん:03/07/26 10:04
最強期の北の湖を今の土俵に連れて来ても最強力士たりえるよね?
時代による力士の体重の変動の問題から、過去の横綱を現代に持って来ても
大して強くは無いという論調が相撲板にちょっと前まで蔓延ってたけど
最近の土俵見てると、そうでもない気がしてきたなあ。

63 :待った名無しさん:03/07/26 10:09
北の膿最強

64 :待った名無しさん:03/07/26 12:46
前に一回NHKの大相撲の特集(確か50周年の企画だったと思う)で全盛期の頃の北の湖の相撲見た事あるけど、ずんぐりした体格に似合わず動きが素早くてビックリしたね。
あと、土俵に足がピッタリくっ付いてて、まるで足の裏に磁石でも貼り付けてるみたいだった。
まぁ、当時の知ってる人達から見れば『何を今更』と思われるかも知れんけど。

65 :待った名無しさん:03/07/26 16:11
今の相撲取りは図体ばかりデカいデクノボウが多過ぎる。
体重だけで強さが決まるわけではないわな。

66 :待った名無しさん:03/07/26 17:27
両者全盛時の北の湖vs千代の富士は予想難しいな。
千代の揺さぶりにあわてる北の湖、という図が思い浮かぶけど、
意外に北の湖は曲者や小兵は軽く退治するんだよな。


67 :待った名無しさん:03/07/26 17:32
>>62
問題は立ち合いでしょう。
中腰手付かずヨーイドン立ち合いで必殺の威力を誇った
あの北の湖の左のカチあげが現在の立ち合いでスポイル
されないかがまず課題。昔は169kgの体重で十分でかかったし
体当たりだけで持っていけたかもしれないけど・・。
リーチは決して長くないから、曙や武蔵丸といった体格有って
リーチの長い突きを持つ相手には、いくら北の怪童とて容易くは
勝てないでしょうねえ。

一方で左四つに組めば押し相撲全盛な昨今、北の湖の
憎らしいまでに完璧とまで言われた寄り身と吊り身に
対抗できる力士はそうそうはいないでしょう。
後の先の立ち合いを極めれば現在でも十分に対抗できるかと。

68 :待った名無しさん:03/07/26 17:32
★貴方をそそるエロティックな美女たちです・・・(;´Д`)ハァ〜★
http://endou.kir.jp/yuminet/link.html
http://endou.kir.jp/marimo/link.html

69 :待った名無しさん:03/07/26 18:02
北の湖の巨漢ぶりは、決して自身の身体を持て余したものじゃなかったね。
あの素早い巻き替えもそうだし、無駄な贅肉はほとんどなかったんじゃないの?
ぴちぴちに身体が張って、体重をもっとも効率的に活かす限界のところ以上は
太ってなかったね。>>64さんの言う通りだと思う。

>>67さんの分析にもほとんど同意だけど、北の湖の相撲は巨漢力士として完成され
たものだから、現代であれば相撲そのものを変えていったろうと思う。自身の身体
を器用に使いこなしてた北の湖だから、立会いは無理なく適応できると思う。ただ、
現代の大型力士を昔のように一気に圧倒できるかどうかは確かに疑問。あのスピー
ドと粘りは今時の同体重の力士にも滅多に居ないわけだから、優位は揺るがないだ
ろう。当時のビデオを見ればそう思えるね。

70 :待った名無しさん:03/07/26 18:33
あの当時の北の湖が現代人の骨格と体格で例えば185センチ185`で当時の
動きを見せたら、太刀打ちできる力士はほとんど居ないだろうね。

71 :千代の富士vs北の湖:03/07/26 19:16
千代の富士が北の湖の前褌を取って引きつけることができるかどうか。
北の湖が右上手を取って左四つに組みとめることができるかどうか。
ここが勝負の分かれ目であろう。
いやー 全盛時同士の取組みを見てみたいなぁ。

72 :待った名無しさん:03/07/26 19:36
実は北の湖は左がっぷり四つではたいして強くないことを知らない人が意外に多いね。
千代以降の力士に対抗するには寧ろ右四つにモデルチェンジした方がいいと思う。

73 :待った名無しさん:03/07/26 19:54
千代だってがっぷりでは北の湖には勝てまい。

74 :待った名無しさん:03/07/26 20:18
千代はいきなり組みにいかないで間合いを計って横から
上手取りにいくんだろうな。

75 :待った名無しさん:03/07/26 20:18
今の力士では北の湖相手にがっぷり四つになかかななれないだろうし、いったん
がっぷり四つになれたとしても体勢を五分に維持できるか怪しいものだ。まわし
を切るタイミングやスピードが格段に違うから。>>72


76 :待った名無しさん:03/07/26 22:35
昭和55年九州〜昭和56春の三場所位は北vs千代が
元気な頃の相撲が見れましたよ。この3場所は熱かった。
ちなみに55年九州の優勝は最後の優勝となった輪島。
長らく低迷が続いていた輪島だったがこの場所の輪島の
相撲を北の湖は手放しで称えたそうな。
「力強い、型にはまると相手が浮き上がるようだ」

55年九州
○千代vs北の湖●(うっちゃり)
56年初
●千代vs北の湖○(つり出し)
○千代vs北の湖●(上手出し投げ)※決定戦
56年春
●千代vs北の湖○(つり出し)

いくら日の出の勢いの千代といえど胸を合わせれば北の湖は勝てた。
56年も暮れ近くになると完全に、二人の有利不利が逆転する。
しかし力のある力士が胸を合わせれば千代に勝てるという事を後に
隆の里が受け継ぎ、千代の独走時代は昭和60年まで待たれる事になる。

77 :76:03/07/26 22:51
ごめん、56年春は寄り切りですた^^

78 :待った名無しさん:03/07/26 23:00
>>76
その勝敗は間違ってます。正しくは、
55年秋(4日目)
○千代vs北の湖●(うっちゃり) 北、24連勝でストップ
55年九州(12日目)9勝2敗同士
●千代vs北の湖○(つり出し) この場所北は不調だったが、千代には完勝。
56年初(千秋楽)千代全勝、北1敗
●千代vs北の湖○(つり出し)
○千代vs北の湖●(上手出し投げ)※決定戦
56年春(千秋楽)北2敗、千代3敗。千代勝てば決定戦
●千代vs北の湖○(寄り切り) 北、右上手を引くや速攻で寄り切る
56年夏(千秋楽)1敗同士の相星決戦
●千代vs北の湖○(つり出し) 北、両差しから吊る
56年名古屋 (千秋楽)1敗同士の相星決戦
○千代vs北の湖●(寄り切り) 千代、出し投げで崩し横綱昇進決める
秋は千代、九州は北の休場で2場所対戦なし
57年初(千秋楽)1敗同士の相星決戦
●千代vs北の湖○(つり出し) 北、休場明けを優勝で飾る
57年春(千秋楽)千代2敗、北3敗。北勝てば決定戦
○千代vs北の湖●(寄り切り) 千代、出し投げで崩し優勝


ですね。

両者の力関係が逆転したのは、翌57年の春場所だと思います。これ以降、
北の湖は下半身に衰えが見え始め、横からの攻めに弱くなったという印象。

79 :待った名無しさん:03/07/26 23:08
長期休場の後の北の湖は、爆弾を抱えててあれだけ強かったというのが凄い。
優勝決定戦で負けた本割なんて、よくあの状態で勝てたと思う。


80 :79:03/07/26 23:19
ごめん、書いてる時系列がむちゃくちゃだ。
怪我がっても強いと言いたかった。

81 :待った名無しさん:03/07/26 23:26
>>76
56年9月、11月は北―千代は対戦なし(どっちかが休場)
57年1月は千秋楽決戦で北が勝って優勝してますが何か?

82 :待った名無しさん:03/07/26 23:46
>>81
56年秋は千代が休場
同年九州は北の湖休場で対戦なし。
書いている人は意外と若いのかな?

83 :待った名無しさん:03/07/26 23:50
三保ケ関部屋の増健こそが北の湖の後継者にふさわしい。
178.5センチ
166キロ


84 :待った名無しさん:03/07/26 23:52
数値じゃ強さは分からないという良い例だ。

85 :待った名無しさん:03/07/26 23:58
北の湖スレにしては賑やかでいいですね、ココw
自称相撲通の父親が栃赤城・黒姫山
自他共に認める美男好きの母親が初代貴乃花、二代目若乃花ファンの中で
自分は北の湖ファンでした。千代の富士とはもう一時代
築いて欲しかったのは誰もが認めるところのようですね。
でも北の湖ほど心身共に充実している時期に数々の強い
ライバルに恵まれた横綱もあまりいない気もします。
強敵が多い中で抜きん出た実力はやはり不動でしたが。
輪島・二代目若乃花との左四つの攻防戦は毎場所のように
手に汗握ったものです。

86 :待った名無しさん:03/07/26 23:59
☆こんなに見えちゃってヤバクない??? ☆
 ↓ ↓ ↓
★貴方の見たい娘がイッパイ(^0^)★無修正★
http://endou.kir.jp/akira/linkvp.html

87 :待った名無しさん:03/07/27 00:21
>>85
打倒北の湖に燃えた力士が数々いたよね^^
やっぱり横綱たるもの周囲より二枚は上手じゃないと。
今はただ昇進条件だけが厳しすぎて横綱と大関の差が
あまりないようにも思える。

88 :待った名無しさん:03/07/27 01:11
どうせ将来のない団塊世代の昔はよかったスレだと
うざいよおまえら(^Д^)ハハハ

89 :待った名無しさん:03/07/27 01:25
>>88
なんもわかってないね。煽る気はないよ。ロクな相撲を見れなくて気の毒だなと>>88
映像という「証拠」が今でも手に入るから見てみたら?それを見て今の力士のほうが
強いと言いきれれば、相当に笑える。

団塊世代って今何歳くらいのひとか知ってるか?北の湖は40歳前のひとが見てる
んだよ。

90 :待った名無しさん:03/07/27 01:31
>>89
北の湖はもっと若い世代だって見てるよ。
貴乃花親方の世代だって見てるでしょ。

91 :待った名無しさん:03/07/27 01:39
団塊世代って、終戦直後の第一次ベビーブームの頃に生まれた世代のことだよ。
北の湖より少しだけ年上の、50代の人たちだね。
北の湖をリアルタイムで知っているのは、まあ30歳以上だと思うけど、
必ずしも団塊世代ではないよ。私も30代だし。

と煽りにマジレス。

92 :待った名無しさん:03/07/27 01:40
>>90
貴乃花世代って何歳くらいの人のことを言うんですか?
私が相撲を見始めた頃すでに千代の富士すら引退直前だったのですが。

93 :待った名無しさん:03/07/27 01:44
>>90
おれは三十台。北の湖の後期からしか見れなかったからね。見てても幼児期だった
からなあ。北の湖が伸びて行く頃から自覚的に見れてたのは、たぶん間違いなく
35歳以上。単に見れたというだけなら、30過ぎ。それで「40歳前」と書いた。
どちらにしても、団塊世代じゃないんだよな。

94 :待った名無しさん:03/07/27 01:49
>>92
貴乃花は五月場所中の過去の名勝負で昭和50年の貴ノ花-大受戦をあげている。
三歳でも記憶に残ってるくらいだから昭和60年まで現役続けた北の湖を覚えてたって不思議じゃないでしょ。

95 :待った名無しさん:03/07/27 01:51
>>92
貴乃花の実父が輪島で、輪島の最大のライバルが北の湖だったわけだからな。ただ親父が
北の湖と張り合ってた頃はまだ幼稚園とか小学校低学年だったわけだけど、まーそういう
家庭環境だから貴乃花はガキの頃から相撲は見てただろうな。
もっとも一般的には小さい頃から相撲を見てた奴は見てただろうし、見てないやるは見てないな。

96 :待った名無しさん:03/07/27 01:58
>>92
>貴乃花の実父が輪島
そういう噂はあるけど、証拠があるわけじゃないから軽々しく書かない方がよいのでは?

ちなみに、貴乃花は小学校のとき、作文で
「大きくなったらお相撲さんになって、パパがどうしても勝てない北の湖を倒すんだ」
と書いたらしい。
世代については>>93と全く同意見。

97 :へのこざし:03/07/27 09:36
この人を十両の頃から見ているが、やはり大力士だ。
『デブなのにゴキブリみたいに速いんだよね』なんて話もした。
ただ北の湖には、最後まで「風格」を感じなかった。
あのDQNそのものの面構え、全てにおいてチャカチャカした動作が
原因だと思う。大鵬とは好対照だった。

98 :待った名無しさん:03/07/27 09:56
57年1月場所、休場明けとは言え北の湖はがっぷり四つで千代を仕留めるのに相当てこずっていた。
1分ぐらいかかったか?そもそも彼の現役当時上位に大型で本格派の四つ相撲が少ない。
体格差があっても若三杉には苦労していたし。
別に貶めるつもりはないが後の時代に君臨できたかどうかは検証を要すると思う。

99 :待った名無しさん:03/07/27 10:01
いや・・・若三杉が強かったんだよ。それ。

100 :待った名無しさん:03/07/27 10:16
北の湖をただのデブだと言っちゃうと醜くしか感じないけど
博多人形のようだと言うと、そこから力士の体型に対する
新しい(本当は古い?)美意識が生まれてくる。

101 :待った名無しさん:03/07/27 10:22
北の湖の強さを云々するなら昭和53年前後で語るべきだと思う。

102 :待った名無しさん:03/07/27 10:24
同じデブでも、琴の若や闘牙みたいなデクノボウと一緒にしてはいけない。
北の湖はアンコ型(今や死語同然だが)とはいえ、スピードはあるし、
強烈なカチ上げと上手投げという武器があった。


103 :待った名無しさん:03/07/27 10:38
>>97
「風格」を感じるかどうかなんて見る側の先入観や主観が大きいからな


104 :へのこざし:03/07/27 10:42
対戦については、相性(合い口)というものも重要か、と。
輪島は北の湖に分が悪くなってからも、若三杉とは充分渡り合えた。

105 :待った名無しさん:03/07/27 12:53
他の力士には圧倒的に強いのに
朝潮に簡単に負けるのは何故なんだ?


106 :待った名無しさん:03/07/27 13:07
間近に迫ってくる朝潮の顔を見て笑いをこらえるのに必死で
体に力が入らなかったせいだったりして。

107 :待った名無しさん:03/07/27 14:36
対朝潮ですが、やはり初顔から自分と同等の体重を持ってて
(当時は北の湖より重い力士なんて高見山位しかいなかった)
なおかつ取り口が、後ろに下がってからのぶちかましからの
押し相撲だった事が北の湖に潜在的にプレッシャーを与えて
いたと思います。横綱だから横に飛ぶわけにもいかないし、
あのゆ〜っくりとした朝潮の仕切りに多少なりイライラした
部分もないとは言い切れない気が。せっかちだから横綱は^^

108 :待った名無しさん:03/07/27 15:36
北の湖って一旦引くと残す腰が異常に弱い。
体が反り身だからかも。
土俵際で粘れない。
これが最大の欠点。

109 :待った名無しさん:03/07/27 15:43
VS朝潮

天敵輪島を克服していった北の湖は、対戦相手から徐々に対策を学んでいくタイプ
だからね。自分より大きな相手があまりいなかった当時に型を完成させてしまって
た。

勢いのあった巨漢朝潮は新たな課題を衰退期に出されたようなものだった。克服し
ないまま引退したという感じ。痛めた足で巨漢の突き押し相撲に立会いでこらえる
のは相当に辛かったろうと思うよ。相手の動きを止めてからだったら、それでも
仕留めることができたはず。

110 :待った名無しさん:03/07/27 15:52
北の湖は入門前既に体重100Kg越えていた頃でも100mを13秒で走ったという伝説があった。
並の運動神経ではないのだよな。

111 :待った名無しさん:03/07/27 16:09
入門時にもっと大きかった久島海が、同じように100bを同じような早さで
激走しているのを見てびっくりしたことがある。「NHKこちら情報部」って番組。
あれだけの瞬発力があったのに、取り組みではちっとも生きてなかったね。

112 :待った名無しさん:03/07/27 16:18
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113 :待った名無しさん:03/07/27 16:24
久島海はアマチュア時代がピークだったのかな?
なんだってあんなにダメだったのか不思議だよねえ。

114 :待った名無しさん:03/07/27 16:26
どこのクラスにも一人はいた「デヴの駿足」
ああいうのを力士にすると大成する可能性が
あるという訳か(笑)

115 :待った名無しさん:03/07/27 16:36
久島海には横綱みたいな妙な風格だけがあって、稽古で胸を貸すような緩さと
いうか。そのくせ相撲そのものは変にチマチマしてた。ああいう例もあるんだな。

116 :待った名無しさん:03/07/27 16:38
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117 :待った名無しさん:03/07/27 16:44
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118 :待った名無しさん:03/07/27 17:22
過去の映像なんか見てもわかるけど、昔の力士は太っていても
たるんではいなかった。たるんだ醜い体の力士は朝潮あたりから
はじまった。

119 :待った名無しさん:03/07/27 17:23
北の湖の晩年の休場ラッシュは勤続疲労に加え、本人がケガに上手く対処
できなかった面もあったんじゃないかな。
晩年は全休したほうが良さそうに思える状態で出場し、結局途中休場
となった場所があった。
48年九州に足首を大怪我しながら強行出場したときの記憶があったのかも知れない。
でももう30前後になり以前のような体力・回復力がなくなってしまったにも拘わらず、
それでも横綱の責任と意地で、休場なんかイヤだ、相撲を取りながらでも治せる、
という感じで無理をして悪化させていったように見えた。

120 :待った名無しさん:03/07/27 19:02
>>113
久島海はなまじ大学へ進学して自分より弱い者とばかりやってたから
癖がついてダメになったとの話が。

121 :待った名無しさん:03/07/27 20:43
>109
揚げ足取りで申し訳ないが・・・北の湖が朝汐(当時)に連敗を重ねた挙句、
立会い変化をしかけて醜態を晒したのは昭和55〜56年の、初休場前。
今振り返ると絶頂期とは言えないが、完成期に近づきつつある、というのが
一般的な見方でしたぞ。それだけになんで朝汐にだけ・・・と不可解でした。


122 :109:03/07/28 01:02
>>121
それ、揚げ足取りじゃないよ。失礼しました。子供の頃見てた記憶と後から知った
事実がむちゃくちゃになってるし。無気力時代の朝潮がその後長かったぶん、軽視
しがち。

123 :待った名無しさん:03/07/28 01:38
>>113
久島はアマチュア時代、確か高校生の頃だったと思うけど
既にNHK特集組まれるほどの素材だったもんな。

昭和59年秋場所、小錦が日本人力士を吹っ飛ばし続けて
大旋風が起きた時は、個人的には久島がプロに来て
小錦と対戦すれば止めてくれるかも知れないなんて
秘かに期待したりしてたよ。
まあでも素材的には、北尾の方が遥かに上だったけど。

124 :待った名無しさん:03/07/28 08:13
かき回されると確かに浮き足立つ嫌いはあったものの、やはり
四つ相撲では不利に立たされた相手が、腰を痛める前の全盛の
輪島以外に見当たらないのが北の湖の凄いとこ。まあこの時期は
まだ昭和48〜49年頃、北の湖の相撲も円熟味を増す前だから
あてにしすぎるのもどうかと思う気もするが。

>>54氏も言ってるけど、千代に加えて輪島も、もう少し進化が
遅ければ輪湖時代、北千代時代がもっと確固たるものになった
でしょうね。北の湖・輪島・千代の富士の全盛期が並んでたら
それだけで10年は相撲人気が保てる気がする。

125 :_:03/07/28 08:18
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

126 :_:03/07/28 08:38
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/hankaku09.html

127 :待った名無しさん:03/07/29 00:45
俺も魁輝が北の湖に尻もちつかせた相撲
よく覚えてるぜ>>1よ。何年何場所だったかなぁ。

128 :待った名無しさん:03/07/30 13:37
なかなか休場しないのも負けたとき大層恥ずかしそうに
するのも全て横綱の重さと責任というわけか・・
横綱とはかくも大変な地位であるわけですな。

129 :_:03/07/30 13:42
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/kaz04.html

130 :待った名無しさん:03/07/30 14:38
>>128
綱を張る者に長生きする者はいないと
昔は言われたものらしいからねぇ。
それほど綱の責任とプレッシャーは
大きいものだと・・。

医学の発達した現代では長生き元横綱も
でてきてるけどさ。

131 :待った名無しさん:03/07/30 17:55
>>130
でも鏡里って確かまだ存命なんですよね。
まあ例外かもしれませんが。

132 :待った名無しさん:03/07/30 22:56
>>130

勝昭なんて100まで生きそうだしな。


133 :ぼるじょあ ◆yBEncckFOU :03/08/02 04:51
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ

134 :◆P2ubf.rp0w :03/08/04 14:27
T

135 :待った名無しさん:03/08/05 23:41
露払い、播竜山/太刀持ち、増位山 最盛期
露払い、闘竜/太刀持ち、北天佑 晩年

136 :待った名無しさん:03/08/06 00:21
>>135
北天佑が大関になってからは誰が太刀持ちだったんですか?

137 :待った名無しさん:03/08/06 00:45
>>132
でも、不眠症で休場するほど神経すり減らしてるんだよねw

138 :待った名無しさん:03/08/06 07:31
>>136
同門の佐田の海や栃剣ら

139 :_:03/08/06 07:58
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

140 :_:03/08/06 08:38
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/hankaku02.html

141 :待った名無しさん:03/08/06 16:51
>>138
栃剣だと露払いで、闘竜は太刀持ちに回ってた

142 :待った名無しさん:03/08/06 20:33
北の湖は、若嶋津と大寿山にかなりカモられていたけど、
全盛期にこの二人と対戦していたら絶対カモられることは
なかったと思う。


143 :待った名無しさん:03/08/07 02:40
>>135
増位山が大関になってからは誰が太刀持ちだったんですか?

144 :待った名無しさん:03/08/07 08:22
>>141
その場所の番付によるので固定されていない

145 :待った名無しさん:03/08/07 10:15
今は大関は太刀持ちやらないの?
大麒麟や先代貴ノ花は大関になってからも太刀持ちやってたけど。

146 :待った名無しさん:03/08/07 23:13
>>145
本場所でやってたの?

147 :待った名無しさん:03/08/08 00:43
>>146
先代貴ノ花は知らないが、大麒麟は大関に昇進してからも
本場所で大鵬の太刀持ちをやっていた。

148 :待った名無しさん:03/08/10 13:28
>>147
貴ノ花は、太刀持ちやっていないと思う。
2代目・若乃花が明治神宮の奉納相撲で
貴ノ花が太刀持ちをやっていた記憶があるけど。

149 :待った名無しさん:03/08/10 22:47
>>135
増位山が大関になってからは誰が太刀持ちだったんですか?

150 :待った名無しさん:03/08/10 22:59
>>142
それはない

151 :待った名無しさん:03/08/10 23:01
>>149
栃光or栃赤城

152 :待った名無しさん:03/08/10 23:03
80.3〜80.9(11から北天佑入幕。ただし11は闘竜が公傷休)
播竜山が十両(幕下にも)陥落していたので・・・

153 :待った名無しさん:03/08/11 01:16
どうでもいいけど北の湖って、昭和60年ころ、
実測値で多分179cm/179kgくらいあった気がするんだけど。
急にそのころ腹がデカくなった感じもするし

154 :待った名無しさん:03/08/11 01:28
相撲にしても恋愛にしても男一途の純情を貫いたナイスガイ

155 :_:03/08/11 01:42
http://homepage.mac.com/hiroyuki45/

156 :待った名無しさん:03/08/11 07:10
>>153
昭和60年ころ(w

昭和60年初場所3日目に引退してますが何か?

157 :待った名無しさん:03/08/11 09:43
とりあえず北の湖理事長は失敗だったな。
あの口下手で固い頭のやつに相撲人気の
回復を期待してもダメだ、やはりばっかいって

158 :待った名無しさん:03/08/11 12:13
千代の富士の方が理事長には向いている。

159 :待った名無しさん :03/08/11 18:56
僕の子供時代は、輪湖時代。名横綱同士の熱戦に相撲の醍醐味を感じたね。
北の湖が優勝すると、何か皆がっかりしたって雰囲気が会場から感じられたけど、「横綱」って、そういうもんだと思った。

人気があるのは大関まで。若三杉が横綱になって、急激に人気がなくなったのを覚えている。
で、輪湖時代が何と言っても充実していたと思うのだが、特に北の湖には、何か神秘的な風格を感じたな。相撲マシーンというか、内面が無いみたいで。その後、三重の海とか出て来た。
更に、千代の富士なんて、「アンチャン」みたいな男が横綱になり、ウルフフィーバーが起こり、相撲大衆のバカバカしさに嫌気が差して、相撲見なくなった。

千代は、横綱初出場の場所に途中休場して、「それ見たことか」と思ったけど、意外にも大横綱になった。軽薄で意地汚い感じで、今でも嫌いだけど。

北の湖が口下手というのは、ちょっと誤解だと思うよ。テレビじゃ、確かに失語症みたいだけど。
十年位前に、親方の講演会みたいな催しに行ったら、けっこうペラペラ良くしゃべるし、ユーモアもあった。
まぁ、色んな有名人を目撃したけど、あんなに風格のある男は見た事なかったな。
とにかく、実像と虚像がこんなに掛け離れた人も珍しい。

160 :待った名無しさん:03/08/11 19:07
こちらはそれほど大きくはないですけれど
柔らかくて揉み心地のよさそうなオッパイの持ち主です。
上のお口と下のお口をフルに使っての4Pシーンは見所満載!
オマンコの奥深くに突き立てられていくチンチンが気持ちよさそうです。
無料ムービーはここから
http://www.exciteroom.com/


161 :待った名無しさん:03/08/11 22:21
>159
全く同感。輪湖時代の横綱対決は本当に迫力(というか威厳)があった。自分が見に
行った時、北の湖が輪島に頭を付けただけで館内がどよめいたのを今でも覚えている。
また三重ノ海は、一瞬だけだったが妖しいまでの技の冴えを見せ、不気味な強さがあった。
その点千代の富士はどうしても「チンピラ」にしか見えず、その後相撲熱が冷めたのも
一緒です・・・。

162 :待った名無しさん:03/08/11 23:20
>>157
なんといってもガッツ石松について「あれほど頭のいいひとはいないよ」

163 :待った名無しさん:03/08/11 23:36
>>159  >>161
相撲に距離を置くようになったキッカケって他に、貴ノ花と輪島が引退してしまったというのはありませんでしたか?
私の場合は、これが決定的でした。
今振り返って見ると、北の湖に対抗する輪島・貴ノ花が見たいが為に相撲を見ていたような気がします。
ウルフ・フィーバーに関しては、何か随分大騒ぎしてるなあ、という印象しか無かったりします。

暫くしてまた相撲を見るようになったのは、昭和59年秋の小錦旋風の場所からだったのですが
隆の里、千代の富士の両横綱が敗れたのを見て、この場所休場していた北の湖が出てくれば
きっと小錦を倒してくれるだろうと期待した覚えがあります。
ずっと相撲を見ていなかったので、私の中の北の湖のイメージは憎たらしい程強い横綱のままだったのです。
翌九州場所初日に、北の湖-小錦戦があった訳ですが、これに簡単に負けてしまった北の湖を見た時は、
本当に絶望的な気分になりました。
あれ程強い北の湖が初土俵から間も無い外人力士に負けるなんて、日本の大相撲はレベルが本当に低いのだと。
まあ、実はもう北の湖は限界だったと、その後すぐに知ることとなった訳ではありますけれど。

164 :待った名無しさん:03/08/12 00:01
>>159
俺ら相撲ファンは北の湖は横綱として立派で
すごいと思ってるけど、それはあくまでかなり
相撲を知ってる人の意見であって世間一般から見たら
俺らはすごいうざい扱いになるのを経験している。
普通の人からすれば北の湖なんて変な顔して
強くて嫌いという人がほとんどだよ。
日本人全体から見たら千代の富士のほうが断然
かっこよくて人気がある。
ここのスレの人たちは不自然なまでに北の湖をべた褒めする傾向がある。
まあ相撲の話をするのはインターネットしかないような人たちが
みなここへ来るのだろうけど。
おれもその一員である
友達に相撲の話をしてもしかとされる、寂しい。
やむをえずここに来てる

165 :待った名無しさん:03/08/12 00:13
輪島が引退し、千代の富士アンチャン横綱が誕生し、北の湖が、弱くなって、相撲を見なくなった。
ある時、偶々テレビで久しぶりに北の湖の土俵姿を見たら、表情から、かつての所謂「ふてぶてしさ」が消えていて、
何と「悲壮感」が漂っていた。ショックだったなあ。かつての英雄が、こんなに衰えたかって。
もう、相撲なんて見たくなくなった。北さんは、男の中の男だよ。男が惚れる。
北さん、勝った時も、すぐ引き上げたけど、負けた時も、すぐ引き上げた。あれこそ、男のカッコ良さ。

166 :待った名無しさん:03/08/12 00:29
引き上げる時ぴょこぴょこ歩いて、その仕草がけっこうかわいかったんだよな

167 :待った名無しさん:03/08/12 00:49
アンチャン横綱という表現は割としっくり来るな。
番付を駆け上がって来た頃の千代の富士は、確かにトッポイあんちゃんって雰囲気だったと思う。
でも、そういう雰囲気を持つ力士というのも貴重だと思うな。
相撲は年寄りが見るものだというイメージがどうしても付きまとってる訳だけど、
千代の富士は流行になり得る魅力を持っていた訳だから。
ウルフフィーバー当時はもう、俺は殆ど相撲を見てなかったけど、同級生が
「千代の富士の筋肉は凄いぞ!かっこいいぞ!」みたいなことを言っているのを聞いた記憶がある。
当時の厨房だと格闘技系は、プロレスの佐山タイガーとかダイナマイトキッド、ハルクホーガン
みたいな華やかなものに惹かれていた訳だけど、そこに並べても千代の富士の華やかさというのは
全く遜色が無かった。
俺は相撲もプロレスも見なくなってたけど、遠目から見ていてもそれは十分に感じとれた。
北の湖じゃこういうのはちょっと難しいわな。

168 :待った名無しさん:03/08/12 01:09
美化しすぎるのは、確かにいけませんね。だけど、「体力の限界!」なんて、如何にも女子供が喜びそうな文句を口走って、
人気のある横綱の露出度の多さに嫌気が差しているから、少しくらい、誤解され続けてきた横綱を美化したくもなるなぁ。

169 :待った名無しさん:03/08/12 04:30
僕は、北の湖がブ男であるような意見がどうしても分からないのだけどなぁ。
確かに、小沢一郎に似ていたりはするけど。
何と言っても、凛とした覇気が顔面から放出していて、個性的ではあるが、大変な美男力士であると思う。
ただ、思いっきり「辛口」の。そこが、男の魅力なのだが。

170 :_:03/08/12 04:30
http://homepage.mac.com/hiroyuki45/hankaku_b01.html

171 :待った名無しさん:03/08/12 04:56
どうも千代の富士の悪口になってしまう。僕は、千代の富士時代を全く知らないで
過ごしてしまったけれど、後々ビデオでその対戦を見ると、勝ちっぷりは確かに凄いもんで、
「守りの相撲」の大鵬みたいなつまらなさは無い。しかし、何とも意地汚い。
相手にわざとダメージを与えるような勝ち方で、根性の悪さを窺わせる。記録にばかり拘って、何か、
浅ましい感じだ。そんな横綱が「国民栄誉賞」なんて、胡散臭い賞には、ピッタリだったんだろう。
何冊も、「ど根性系」の自伝を書いたようだが、アホらしい内容で、如何にも「お涙、演歌調」の男だと思った。



172 :_:03/08/12 05:05
http://homepage.mac.com/hiroyuki45/

173 :待った名無しさん:03/08/12 06:29
まー強い強いつっても、他の格闘技やってる奴と戦ったら
あっという間に泡吹いて気絶ってとこだろうがな(^Д^)ハハハ

174 :待った名無しさん:03/08/12 09:48
>>171
何も知らないやつがいうなバカたれ。
俺らは相撲の素人なんだから。
そんなに馬鹿にするなら本人に会ってみろ、インターネットおたくめ

175 :待った名無しさん:03/08/12 14:58
なんか凄いイヤな雰囲気になっているな。

>相撲大衆のバカバカしさに嫌気が差して、相撲見なくなった。

何様のつもりだ?



176 :1です ◆P2ubf.rp0w :03/08/12 23:53
まぁネット上で過去の力士を語る時こういう雰囲気になるのは仕方のないとこだと
存じます。相撲は数あるスポーツの中でも新旧交代が特にあからさまになりやすい
ものですからねぇ。とりあえずマターリお願いしますよ、皆さん。
北の湖ってな好きかアンチか二種類しか集まらないの覚悟の上でスレ立てたんでw

まず千代の富士の台頭ですが…昭和56〜57年初頭までの1年間は、ほぼ互角の
北・千代時代があっただけ、まだマシなのではないでしょうか?
組みとめて胸を合わせて吊りたい北と前ミツ速攻を狙う千代の好対照の取り口は
見応えありました。二人で一時代を全く築けなかった貴乃花&朝青龍に比べれば
新旧交代がしっかりとなされた方と思います。

ただ輪島に関しては昭和49年までは全く歯が立たず、北の湖の前に唯一
立ちはだかった大きな壁として北の湖のその後の大成長に大きく貢献した偉大な
力士と当方は捕らえます。輪島が腰を痛め、黄金の左からの下手投げを制限され
年齢と共にスタミナの減少を突いて長い相撲を取るように北の湖は戦略を練り、
対戦成績は拮抗していったのです。それでも最終成績は輪島の23勝21敗に終わった
訳ですが。
→関連スレhttp://sports.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1042221199/l50

177 :待った名無しさん:03/08/13 09:52
>>175
だよな!
お前は殿様かって話だよ

178 :待った名無しさん:03/08/13 10:05
>>171
北の湖スレで千代の富士の悪口書いて喜んでるような奴の方が
ずっと根性悪いと思いますが。

179 :待った名無しさん:03/08/13 10:08
北の湖ファン=大人の男。
千代の富士ファン=女子供。
こういう図式を無理矢理作りたいだけなんです。
放っといて頂戴。

180 :待った名無しさん:03/08/13 10:47
北の湖の強さというのは、伝統的な相撲のスタイルに沿った強さだったけど、
千代の富士のそれは、どちらかというと格闘技的な強さだったと思う。
両者の全盛時代を知っていて、千代の相撲に違和感に感じる人というのは
それを言いたいんじゃないかな。

あと、千代の富士って、関脇から一気に横綱に上り詰めるあたりは本当にいい顔だったのに、
正直53連勝の頃は悪相になっていたと感じる。
北の湖はずっと変わらず仏頂面のままだったけど。
別にアンチ千代というわけではないが、千代の表情はずっと気になってたな。

181 :待った名無しさん:03/08/13 11:00
>>180
伝統的というか、力士の最大公約数的な強さって感じがするな。
あらゆる力士の勝ち方から平均値を求めて、それに更に上乗せした強さというか。

千代の富士のような腕力の強さで勝つタイプというのは、それらの中では
ある種、畸形的なものだと思う。
見たことは無いけど常陸山・太刀山・初代若乃花などは、この系譜に居るんじゃないだろうか。

182 :待った名無しさん:03/08/13 12:53
少数派というのは『通』だとか『真実』だということに物事をしたがるもんだ。でっち上げ。
カルトって奴だな。オウムとか白装束の集団見るとよく分かるでしょ。

183 :待った名無しさん:03/08/13 17:08
千代の富士の実力を過小評価してはいけない。すんごい実力者。
でも、それによって千代の富士の悪行が免罪されるわけでもない。
むちゃくちゃ強い奴が悪党だった、という、ただそれだけのこと。
普通に大横綱なのに、ここまでの過小評価を招いてるあたり、自業自得だと思うね。
ひどい悪相だよ。常習的な嘘吐きだし。
所得隠しが2回なかったっけ?一度は確実にニュースで見た。どんぶり勘定の世界で
目を付けられるほど、露骨なやりくちだった。地元でも物凄く嫌ってるひとが多い。

184 :待った名無しさん:03/08/13 18:14
千代の富士に所得隠しなんてあったっけ?

185 :待った名無しさん:03/08/13 18:38
千代の富士叩きはよそでやれって言ってるだろ。

最テーの千代の富士 2日目
http://sports.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1055751010/


186 :待った名無しさん:03/08/13 18:44
脱税なら二子山じゃねえの?

187 :待った名無しさん:03/08/13 19:36
そうそう。千代の富士は八百長で長く取ったりせずに、ガチンコで疾風の如く
土俵を去れば伝説になったはずだ。優勝10回前後でいいから、とんでもなく
強い奴だったと、永遠に語り継がれる存在になれたはずだ。
それが今ではとんでもなくズルイ汚いと語り継がれる存在に・・・

188 :待った名無しさん:03/08/13 19:41
それこそ相撲ファンじゃなく相撲を大して見てない週刊誌等に踊らされた一般の反応だろう。
平成に入るまで実力No1だったのは間違いないのに優勝10回程度で無理矢理やめさそうとスンナ。

189 :待った名無しさん:03/08/13 19:52
相撲ファソだからこそ千代の富士八百長君臨暗黒時代を憂いておるのじゃ。
かえすがえすも残念でならん。

実力そのものを否定してはいないよ。
全盛期の、あの強さは並ではなかった。
しかし八百長相撲で長く君臨したのもまた事実。

190 :待った名無しさん:03/08/13 19:54
ただの板井信者じゃん。

191 :待った名無しさん:03/08/13 20:18
板井本で初めて八百長に気づいたとでも?
君の目はfusianasan?

192 :待った名無しさん:03/08/13 20:23
>>191
千代の富士の現役時代から千代の富士は八百長力士だと思ってたのですか?
なら、それはいつ頃からですか?


193 :待った名無しさん:03/08/13 20:31
千代の富士のダーティーな噂は当時からそこかしこにあったよ。

千代批判する人間を板井信者とかヤオ厨とか言ってる連中は、千代の富士は弱いと
言ってる連中と同じくらい無知。

194 :193:03/08/13 20:42
ちなみにおれは191ではないよ。
板井告発やポストの記事も詳細は知らない。誰相手ってことになってるの?

仮に八百長があろうとなかろうと、当時の千代の富士が実力と安定度で突出
してた。連勝記録の内訳をみても勝てそうもない相手がたくさん居たし、
当時の実力なら何度やっても50勝3敗以上になりそう。

でも、千代の富士なら八百長もやりかねないだろう、という感じ。

195 :待った名無しさん:03/08/13 20:45
ダーティーな噂って具体的に何なのよ。

昭和60年頃、うちの田舎に巡業で千代の富士が来たことあったんだけど
客商売してる人間の態度では無いということを耳にしたことはあった。
でも俺は、そんなことはどうでも良いと思ったな。
千代の富士にベタベタしたいなんて思わんから。

196 :待った名無しさん:03/08/13 20:55
八百長を絶対にやらないことで人望が無かった横綱に玉錦が居る。
千代の富士の人望の無さというのは、実は玉錦と同じ理由からじゃないかと思ってる。
実際、昭和61年頃の相撲界を見渡してみると、大関の互助会連中を筆頭に
千秋楽7勝7敗力士の勝率の高さは目に余るものがあった。
そんな中で実力で勝負して何が悪いとばかりに優勝を独占し続けた千代の富士が嫌われたとしても
何の不思議もあるまい。
板井が大乃国をガチ力士だと殊更に持ち上げるのは現役時代、張りまくったことへの
申し訳無さからじゃないだろうか。

197 :待った名無しさん:03/08/13 21:12
だからお前らスレ違いだクソボケ。


198 :待った名無しさん:03/08/13 21:16
過疎板でのせっかくの盛り上がり、スレ違いにあまり目くじら立てることもあんめぇ。

>>196
逆じゃないのか。
千代の八百長体制確立が、大関互助会を作り出したと言えよう。
貴乃花のようなガチンコが上にいると、必然下の者は八百長しづらく
なるもんだ。

199 :待った名無しさん:03/08/13 21:21
>>198
板井の八百長告発は貴乃花横綱体制時に行なわれてるんですが。
曙、大海を筆頭に現役力士十数名を告発したのが板井なのよ。

200 :マリーナの夏:03/08/13 21:26
http://life.fam.cx/a011/




201 :待った名無しさん:03/08/13 21:30
やお問題は他でやったら?

202 :待った名無しさん:03/08/13 21:38
>>196
八百長嫌いで人望がなかった玉錦。
千代の富士も人望ない。
だから千代は八百長やらなかった。

かなり強引だねw

玉錦は八百長嫌いというよりも、ケンカが絶えないことや、
小部屋のため昇進が遅れた不満から、協会幹部を日本刀で追いかけたり、
893との付き合いなど、その素行の悪さから協会幹部に嫌われたのであって、
実際は親分肌で義理人情に厚かったらしい。

203 :待った名無しさん:03/08/13 21:44
確かにスレ違いなわけだけど、他の話題だとスレ違いを指摘しない人間が、
ヤオ話になると過敏に反応したりするのは面白い。千代信者も混じってるのかな。

北の湖最強の現役時代後の暗黒支配についての話題なんだからいいじゃん。
最強トップが反ヤオだったら、あそこまで露骨な互助会が蔓延しなさそう。
でも、互助会のほうが露骨だった気がするけど。ガキの頃観てても互助会の
役割がわかってたし。

204 :待った名無しさん:03/08/13 21:47
もし、千代が本当にそんなに八百長していたとしたら
当時の理事長 春日野、二子山がシメるべきだろう!!

千代個人の人間性の問題なわけがない。

205 :待った名無しさん:03/08/13 21:58
巨悪すぎると摘発できないものなんだよ。上が絶対で制度だからね。
現役人気力士、しかも横綱の問題なんて、生半可な覚悟では摘発できない。
北尾のような個人的な暴挙と違って、八百長ってのは対戦力士との共謀なわけ
だから根が深い。

206 :待った名無しさん:03/08/13 22:10
だね。
千代は協会の屋台骨だったから、それを潰すわけにゃいかないからね。
大鵬親方などは千代が優勝回数を重ねるごとに渋い顔をしていたとさ。

207 :待った名無しさん:03/08/13 22:27
(知らない人のために)
千代の八百長は弱い相手から星を買い、確実に勝つのもの。相手はどうせガチンコ
でも負けるのだからと金をもらって負ける。しかしいくら相手が弱くても、いちか
ばちかで勝負に来るのと始めから負けると分かっているのでは消耗度は大違い。かく
して千代は長く「大横綱」として君臨した・・・。
(週刊誌によると53連勝中大半は八百長。協会内でも「八百長で双葉山を超えるのか!」
と騒然となったとか。だから大ノ国の評価が高い??)

208 :待った名無しさん:03/08/13 22:39
よくそんなことを事実だとして書き込めるもんだ。

209 :待った名無しさん:03/08/13 22:41
>>203
北の湖全盛時の大関互助会ってのも有名だけどなー。
何故か千代の富士時代以外の八百長話は無視して
千代の富士時代だけを喜んで語る人間が多いのが不思議だね。

210 :待った名無しさん:03/08/13 22:42
先々週の「いつみても波瀾万丈」に寺尾が出ていて、思い出の一番に、貴乃花(貴花田)とやり合って負けた一番と
千代に吊り落とされた一番を挙げていた。どちらも寺尾の数少ないガチンコの一番として名高い。


211 :待った名無しさん:03/08/13 22:44
数少ないって、本当に>>210は相撲見てないだろ

212 :207:03/08/13 22:45
>208
失礼しました。すべて「週刊誌によれば」を付けてください。
自分は記事を読んでその具体性から「嘘では書けない」と思い、信じる立場で
書き込みました。たしかに「真実」がどうかなのかは分かりません。

213 :待った名無しさん:03/08/13 22:47
大関ってのは、わりといつの時代も互助会的なものがあるんだけどね。
上の望めない万年大関は特にね。

214 :待った名無しさん:03/08/13 22:52
北の湖最強時代も暗黒時代だって訳だ。

215 :待った名無しさん:03/08/13 22:53
相撲ってそういうもんだよ。しょせん神事の延長線上にあるなんちゃって格闘技興行なんだし。

216 :v:03/08/13 22:53
サーファー風のルックスの少女ですがオマンコはかなりグロイです。
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217 :待った名無しさん:03/08/13 22:54
>>202
俺は当時の相撲を見て>>196のように思っていた。
朝潮、北天佑、若嶋津らの相撲なんて見てられるもんじゃなかった。
千代の富士とは全く別物だよ。

218 :待った名無しさん:03/08/13 22:58
>209
確かにどの時代にも「大関互助会」の八百長はあったと思う。しかし千代の場合、
数々の記録(優勝、連勝)を打ち立てており、もしこれらが八百長によるものだ
としたら、相撲ファンとしては許せなくなるのではないか?
(弱い大関の助け合いは大勢に影響なし・・・)

219 :待った名無しさん:03/08/13 23:02
>>218
真実なら許せないだろう。

前の方で北の湖が誤解されているというような書き込みがあったが
千代の富士の方がよっぽど誤解されていると俺は思ってる。

220 :待った名無しさん:03/08/13 23:03
若島津はガチンコでは幕内下位相手でも一杯一杯だったとか。

221 :待った名無しさん:03/08/13 23:05
>>220
現役の最後の頃はね。
でも、元気な頃には北の湖に対して、動きの良さと懐の深さを活かして
勝てるだけのものは持っていた。
まあその頃の北の湖は、もう全盛期と呼べる時期では無かったかも知れないが。

222 :待った名無しさん:03/08/13 23:08
いや、噂では、大関上げるのにも一苦労したらすい。
なにしろ弱くて、注射相撲でさえ一杯一杯だったとか。

若くして病魔に蝕まれていたとも考えられる。

223 :待った名無しさん:03/08/13 23:13
>>222
相撲見てなかったでしょ?
これしか言えないよ。

224 :待った名無しさん:03/08/13 23:24
>>222
そんな香具師がいきなり新入幕で10勝して敢闘賞とったりするか?
しったかは氏ねよ(^Д^)ハハハ

225 :待った名無しさん:03/08/13 23:28
>>222は若嶋津を見たことが無いんじゃないのか?
あまりにも無知すぎw

226 :待った名無しさん:03/08/14 01:29
>>215
それって、どうなんだろうね?
神事っていうのは後から付けた言い訳みたいに感じるんだけど。
徳川時代の初期までは、相撲に熱が入り過ぎて殺傷沙汰になることも多かったらしいし
最初に格闘ありきで大相撲は形成されていったように思うんだけど。
当時なら、一般からの飛び入りだって結構あったろうし。

227 :待った名無しさん:03/08/14 02:47
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228 :待った名無しさん:03/08/14 03:29
千代の富士八百長の話題で多いに盛り上がってしまいましたね。
北の湖の場合、優勝を譲っていたという感じでした。対貴の花戦なんて、明らかに。
そういう意味では、八百長。ただ、そこに金のやりとりが含まれていたかは、存じませんが。
最後の全焼優勝は、千代も隆の里も、遠慮している雰囲気があった。
ま、こういう「八百長」はあってもいいかな、なんて思います。

229 :待った名無しさん:03/08/14 03:52
相撲大衆のバカバカしさを感じさせる意見ですね

230 :待った名無しさん:03/08/14 06:37
相撲に八百長とかそういうものはないんだよ。
プロレスが八百長ではないのと同じ。
意味わかるよね。


231 :待った名無しさん:03/08/14 06:49
>>230
八百長の語源をしらべてからモノをいえよ、基地外が(^Д^)ハハハ

232 :待った名無しさん:03/08/15 02:33
無知な意見で失礼します。千代の富士さんが、星を買いまくっていたとしたら、彼の全盛期が所謂バブル時代と重なっていた事と、多いに関係していたと邪推しています。
無敵の人気力士として、タニマチからの金の支援、要するに「金力」が多大であったであろうと。いや、邪推ですよ。
しかも、バブル的に人気があったから、「無敵千代の富士」に国民的支持があったので、八百長がやり易かったのではないのかなぁ。的外れでしたら、ご免なさい。

233 :待った名無しさん:03/08/15 03:12
ここは北の湖を語るスレ・・・ですよね?

234 :待った名無しさん:03/08/15 04:21
>>233
ヤオ厨に占拠されますた
まああと二週間で九月ですし、それまではどっかに避難してましょう・・・

235 :待った名無しさん:03/08/15 06:38
>>234
またヤオ厨呼ばわりか

236 :太刀山型の土俵入り:03/08/15 06:39
まあこれが世間での北の湖と千代の富士に対する評価のなせるものでしょう。
貴乃花よりは北の湖の方が数億倍よいがやっぱ千代の富士に比べると
数段落ちるよなあ

237 :待った名無しさん:03/08/15 06:46
オレは北の湖>千代だと思うぞ

238 :”ヘ( ̄- ̄ ):03/08/15 06:51
オチンチンを大きくするには
根元を締め付けて毎日マッサージすると大きくなるんだって
http://homepage3.nifty.com/manko/

239 :太刀山型の土俵入り:03/08/15 07:00
>>237
現在の協会での地位はね。
でも現役時代の実績、協会への貢献、親方業での実績でいえば
千代の富士>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>北の湖

240 :待った名無しさん:03/08/15 07:20
>>235
八百長を中心にしてしか考えられない奴はヤオ厨で充分。

241 :待った名無しさん:03/08/15 16:15
昔のビデオとか観てると北の湖の腕って本当短いね…
懐が浅いというべきか。弱小横綱の二代目若乃花に
「ヤツの上手ならいつでも切れる」とまで
言われるわけだよ。それでも優勝24回なんだから
北の湖が北尾みたいな懐してたらどうなってただろうか。

四つ相撲スレからコピペしてみるw

242 :待った名無しさん:03/08/15 16:26
北の湖が北尾のような懐してたら気持ち悪い。

243 :待った名無しさん:03/08/15 16:33
貴ノ浪の発言を思い起こさせるね。
「オレは身長が今のままで脚だけ20cm短くなったら、もっと強くなりますよ」

244 :待った名無しさん:03/08/15 16:39
>>243
それも気持ち悪い。フリークスやん。

245 :待った名無しさん:03/08/15 16:48
懐(ふところ)と壊(こわ)すは紛らわしい

246 :待った名無しさん:03/08/15 17:01
>>239
両方観てた実感として。
北の湖>千代の富士
但し、自信はない。ただ、どちらが強いかだけの比較は難しい。
両者対戦してるけど、両者の全盛期であればどうなるかわからない。
拮抗してるんじゃないか?

太刀山型はしょせん好き嫌いで言ってるんだから、中途半端に記録とか持ち出すな。
千代の富士時代はライバルがことごとくコケて不発の不毛時代だったしね。

弟子の育成は北の湖のほうが実績がないとしても、千代大海ほどの器があの程度で
留まってる状況では、名伯楽とは程遠い。大関昇進前からの引き癖すら指導できず。

247 :待った名無しさん:03/08/15 17:28
>>246
千代大海ほどの器?
なにいってんの、あの千代大海の小さい器で
よく大関になってって言ってやったほうがいいと思うよ。
相撲見ればわかるじゃん、あのセンスのない動き。

248 :c:03/08/15 17:34
茶髪ショートカットの可愛らしい娘ですが
オッパイは張りがありかなり立派なものをお持ちのようです。
極太のバイブを挿入してのオナニーシーンはかなり見応えがありますよ。
締まりのある身体に巨乳が勃起モノです。
巨乳好きにはたまらない!!
http://www.exciteroom.com/


249 :待った名無しさん:03/08/15 17:39
>>247
どうでもいいけど、きみがなんにもわかってない。
「あのセンスのない動き」というのが、それこそ指導の結果なんだよ。

250 :待った名無しさん:03/08/15 18:02
大相撲ってあんまり親方の指導力関係ない気がしてる。
それぞれ力士個人の問題の方が大きいんじゃない?

251 :待った名無しさん:03/08/15 18:53
今の御時世、ガタイと運動神経と基礎体力と根性をあわせもつ素材がなかなか入門
してこない。北の湖は入門が早いから角界で培った形になっちゃうけど、まさにそ
ういう素材。千代の富士は、ガタイのみが欠如してたが筋トレで武器になるまで鍛
えた。さて、大海は…

252 :山崎 渉:03/08/15 20:36
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

253 :待った名無しさん:03/08/15 23:44
>>246
同感。両方観た者として全盛期同士なら 北の湖>千代の富士 に一票。
太刀山型(239)の意見は、「始めに千代の富士ありき」だから話にならない。
早く自分の本拠地に戻って「霊界場所」の続きでもやってくれ!!
あと何かにつけて貴乃花にからむのも不愉快(わざとだろうが)。
「八百○の53連勝よりガチンコ30連勝のほうが遥かに上なんだよーー」
(済みません。つい取り乱しました・・・・。)

254 :待った名無しさん:03/08/16 00:17
四つに組みあっても投げで崩される可能性があるから
そんな単純に北の湖>千代の富士なんて結論出るもんでもないと思うけど。
全盛期の千代の富士なら抱え込んで北の湖振り回す可能性だってあるし。
北の湖が自分の呼吸で立って千代の富士の軽量を上手くつければ
あっさりとした勝負になる可能性はあるけど。

255 :待った名無しさん:03/08/16 01:29
軽量というけれど輪島だって128kgそこらの体重で北の湖と堂堂渡りあっている。
全盛期同士ならむしろがっぷり四つでは千代の富士の方が強いと思う。
寧ろ北の湖の方が頭をつける展開になるのでは?

256 :待った名無しさん:03/08/16 10:00
がっぷり四つになったら北が千代を軽く吊り出しちゃうよ。実際の取り組み
でもそのような相撲が何番かあったのでは?(北の晩年)
千代としては前褌とっての速攻だろうけれど、全盛期の北が一気に持っていかれる
とはどうしても思えない。北が左下手一本でもとれば楽に凌げるのではないだろうか。

257 :待った名無しさん:03/08/16 12:23
>>256
 81年春場所か夏場所でそれに近い取組みがあったような気がする。
 千代の富士が猛ダッシュで前ミツを取ろうとしたが、
 北の湖が速攻で切ってしまい一気に押し出した感じだったと思う。

258 :待った名無しさん:03/08/16 13:12
とりあえず北の湖が対戦成績で上回っている。

259 :待った名無しさん:03/08/16 14:15
北の湖の方が強いと言われる方というのは、昭和53年、全盛期の北の湖に対し
横綱昇進直後までの千代の富士をイメージしているように思われます。
しかし、千代の富士が全ての面に於いて絶頂期にあったのは、
昭和60年から61年にかけてだと思いますよ。
出足の鋭さはそのままに足腰の重厚感が出て来てましたから。

あと両者の対戦成績ですが、確かに北の湖が12-6で勝ち越してますが
二人の対戦は、千代の富士が化ける遥か以前から組まれており、
これを千代の富士の横綱昇進以降に話を限れば、千代の富士の4-2での勝ち越し
となります。
千代の横綱昇進以降の対戦成績では、北の湖が既に全盛期を過ぎてるという
話になるでしょうが千代の富士だって全盛期に到達する以前の対戦成績なのです。

260 :待った名無しさん:03/08/16 14:45
私の友人の奥さんは黒姫山に顔がそっくりです。
遊びにいくたんびに笑いをこえらえるのに必死です。
その子供をみるたびに友人は黒姫山とやったのか、と
笑いがこみ上げてきて、子供の前で笑ってしまいます。
不謹慎ですが、どうすればいいのでしょうか?

261 :待った名無しさん:03/08/16 18:00
>千代の横綱昇進以降の対戦成績では、北の湖が既に全盛期を過ぎてるという
話になるでしょうが千代の富士だって全盛期に到達する以前の対戦成績なのです。

でも、当時の両者のコンディションと、それぞれの最盛期との力の落差ということ
を考えると、北の湖の力の落ち込みのほうが(千代のその後の伸びより)
より激しかったように思うのだが?

262 :待った名無しさん:03/08/16 18:44
>>261
それを言うなら両者の幕内対戦成績も全然指標になるものでは無いでしょう。

両者の初顔合わせは千代の富士の体重がまだ100kg無く、
体に似合わぬ大きな相撲を取り続けていた昭和53年名古屋場所であり、
そこから55年秋に打棄りで勝つまで6連敗している。
その辺も混ぜて対戦成績云々言うのは参考になるものではないでしょう。
また、全盛期の千代の富士の相撲から見れば、昭和56〜57年の相撲などは
やっと勝ち方が身に付き始まったかな、程度のもので
60〜61年ほどの強みには程遠いものだった。

お互いの全盛期がぶつかっていれば、拮抗した熱戦が繰り広げられていたのでは
ないでしょうか。

263 :待った名無しさん:03/08/16 18:56
昭和56年の5月場所に北の湖は遥か軽量の千代に両差しからの吊りという安全策をとった筈。
そして翌57年1月場所、休場明けとはいえ千秋楽の相星対決、がっぷり左四つから吊り出すものの、
不得手の型の千代に1分近く粘り抜かれた。

全盛期の北の湖には四つで対抗できるのがやや軽量の輪島、若三杉くらいしかいなかったのに対し、
千代は大乃国のような超大型力士と互角に渡り合っていた。

とりあえず今振り返れば衰退期なのだろうが、膝の負傷前、当時は円熟期とみられていた
昭和56年1〜7月の北の湖に千代が2勝しているのも重要。

二人とも全盛期は超弩級の強豪横綱、北の湖スレとはいえあまり一方に偏りすぎた見方はどうかと思い、
千代よりの意見を述べてみた。



264 :待った名無しさん:03/08/16 18:57
>>256
むしろ四つになってじっくり組み合った方が、北の湖にとっては不味いのではないでしょうか?
北の湖が勝つなら、立合いから一気に勝負を付ける勢いで行かないといけないのではと思います。
組んでるうちに千代の富士に体勢を作られて、足技や投げなどで崩されてるうちに
慌ててバタバタして北の湖が負けるなんてことになりそうな気がしますよ。

265 :待った名無しさん:03/08/16 19:19
もし両者が全盛期に対戦したら・・・というのは愉しい妄想ですよね。
私はむしろどちらも相手十分の四つに組みたがるような気がします。
北の湖は右四つの相手を右四つに組み止めて料理するのが巧かったですし、
千代の富士は北の湖の左腰に食いつきたいでしょうから。

266 :待った名無しさん:03/08/16 20:19
>二人とも全盛期は超弩級の強豪横綱

俺は子供時代、アンチ北の湖だったけどさあ。
千代なんて八百長横綱だろ。千代は星を買った側。
北の湖は星を売った側。
それだけ差があって最盛期の星取は北の湖は千代に
遜色がない。どう考えても北の湖>千代の富士だと思うが?

267 :待った名無しさん:03/08/16 20:47
>>266
週刊誌の記事を信じて、それだけを判定基準にする人は
それ以外ないだろうね。終わり。

268 :待った名無しさん:03/08/16 20:53
両方ともピーク時をリアルタイムで見たわけではないのですが、
残っている映像や記録などから見て北の湖やや有利かな、と思う。

でもどなたか書かれてたように千代の富士は大乃国や小錦と
互角に渡り合っていたから拮抗した勝負になるのではないでしょうか。

269 :待った名無しさん:03/08/16 21:01
全盛期の北の湖を昭和60頃の相撲界に連れて来るという想像も面白いかも知れない。
果たして北の湖は、北尾や小錦相手にどんな相撲を取るのだろうか?
他の力士の突っ張りとは違い、一発一発が腰にズシンと響くと朝潮に評された小錦。
千代の富士は足で蹴飛ばされるようだと言っていた。
その小錦相手に北の湖はどう対処するのだろう?
また、北尾に対してはどう取るか?
立合いに当たりを止められ、寄って行っても掬われたりして
下手をすると相撲にならない可能性さえあるのではないか。

270 :待った名無しさん:03/08/16 21:24
八百長力士とガチンコ力士じゃあ比べようがない。

271 :無料動画直リン:03/08/16 21:33
http://homepage.mac.com/miku24/

272 :待った名無しさん:03/08/25 17:12
AGE

273 :待った名無しさん:03/08/27 12:02
満場怒号と歓声が飛び交う中、時間一杯

両者中腰の立会い、北の湖がやや右に変わって右上手を取ると、輪島も左下手を取り、左四つ半身となる

両者揉み合いの後、輪島が右からおっつけながら寄ると、北の湖は後退しながら土俵際で強烈な上手投げ、
輪島も下手投げを打ち返し、両者残って土俵中央に戻リ、大相撲

数呼吸後、北の湖が右上手をひきつけて二度にわたり猛然と寄るも、輪島は半身の体勢を維持して土俵中央に寄り返す

その後も、輪島の右おっつけからの下手投げ、北の湖の右上手投げ、寄り等の応酬があったが、ともに決定打とならず、
左四つ半身のまま土俵中央で動きが止まり、2分30秒を経過したところで、水










274 :待った名無しさん:03/08/27 13:09
水入り後、北の湖が渾身の力をこめて寄ると、輪島は右足一本で左半身の体勢を維持して必死で残し、土俵中央に寄り返す
その後も、輪島は必死で左半身の体勢を維持するが、遂に右おっつけを諦め、右上手をひき、左四つがっぷりとなる

数呼吸後、北の湖が輪島を吊り上げると、既に輪島に余力なく、北の湖が輪島を吊り出す


275 :待った名無しさん:03/08/27 15:31
輪島ファンは歯がゆい思いした一番ですね。
北の湖の若さのスタミナに軍配が上がった。

276 :待った名無しさん:03/08/27 22:50
>>273-274
それって、北の湖が初めて全勝優勝を果たした昭和52年春場所千秋楽の一番ですよね。

277 :待った名無しさん:03/08/28 08:01
>>276
おっしゃる通りです。
昭和51,52年頃、毎場所のように優勝決戦を重ねていた輪湖の角逐は凄まじかったですね。


278 :待った名無しさん:03/08/28 18:28
あの頃は、「横綱」の凄みを実感していました。その後、北の湖独走体制に入り、さらに「凄み」を感じた。

279 :待った名無しさん:03/08/29 01:57
★野中窮地!元秘書口利き5千万醜聞発覚
 反小泉勢力スキャンダル連発、倒閣戦略に暗雲

・9月20日投票の自民党総裁選をにらみ、小泉純一郎首相の再選阻止の急先鋒
 にいる橋本派幹部で抵抗勢力のドン、野中広務元幹事長を突如、スキャンダルが
 直撃した。元秘書官が巨額手形詐欺事件の関連会社から計5000万円余もの
 資金提供を受けていたもので大打撃は避けられない。

http://ime.nu/www.zakzak.co.jp/top/top0821_1_07.html

,,,...;;;":;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ー--、,,,,_
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    i;:;:;:;:;:;:;:;:;              :::;;;;;ヽ、
    /;:;:;:;:;:;:;:;彡               ;:;:;:;i
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  /⌒ヾ;:;:;:;:;/   -‐'''""'''-、 ) (     ::;;;;;!
  |  、|;:;:;:;:!     __ ..,,,    :iiiiillll; ,!;;;ノ
  | ( : : : : :   ーニゞンヽ   ,l;:'"_   !;/
  ヾ  : : : : :           l;;'"ヾンゝ  !/
  ,,.-i ノ: : : : : :   `'''''" ,.:  i:  ,,,;::" /
/ |ノ~ : : : : : : :    /r"_   `、    /
  ヽヽ: : : : : : : : . /  `~`'ー'" '    / 
   ヽ ヽ : : :i : : : : i " ,,,,,,,,;__,、  、 ',:'  「信頼して秘書にしたのに。知らなかった。情けない…」
    ゝ ヾ  ゝ y ' ∠-‐''''ー'''ゝ ; :/   
    ヽ, \ ヽ   、`ゞニニン ノ ,:"
     ヽ  `ヽ、ヾ     ,. ' /\
      ヽ   `ヽ、ー-‐‐--'''"


280 :待った名無しさん:03/09/01 00:16
昭和56年9月から別人のように急激に衰えた。
57年初で持ちなおしたかにように思えたが。

281 :待った名無しさん:03/09/01 00:17
http://www.crest-wave.com

282 :待った名無しさん:03/09/06 17:24
昭和56年7月場所14日目 対朝汐戦
思えばこの取り組みが北の湖崩壊の序曲だったのかもしれない

283 :待った名無しさん:03/09/06 23:04
>>282

北の湖、立ち合いで左へ変化

朝汐、落ち着いて変化に対応

北の湖、朝汐に押し倒され、尻もちをつく屈辱的な負け方


ですよね?

284 :待った名無しさん:03/09/06 23:16
>>283
そうだったのか。前に貴乃花が千代大海に変化して勝って、すごいかっこ悪いと
思ったが、あれは勝ってたぶんまだましだったんだな。横綱が変化を読まれて負
けるのは見るに耐えんよな。

285 :待った名無しさん:03/09/13 00:38
朝汐てそういえば仕切り線からだいぶ下がって突進してなかったっけ?

北の湖と千代の富士なら私も北の湖に一票。
あの芸術的な相手の上手を切る腰振り、
塩をつかんだ後に回しの食い込みを戻す仕草、
やはり超一流です。

286 :待った名無しさん:03/09/13 00:47
千代の富士も廻し切りは上手かったよ。
2ちゃんじゃ全部八百長扱いでお話にならないけど。

287 :待った名無しさん:03/09/14 17:10
>>286

ってーかあの霧吹きでカチカチにした廻しならそりゃ切れるわ。

288 :待った名無しさん:03/09/14 17:17
で、今更だし、星を買ってた人間と比べるべきでも無いと思うが

北の湖>>千代

289 :待った名無しさん:03/09/14 17:23
廻しを締める時はみな霧吹きで固めるのではないか?
星を買ってたというのを事実として扱ってるのも変な話だ。

290 :待った名無しさん:03/09/14 19:05
北の湖は廻しに霧吹きをかけるのが嫌いだったらしい。

291 :待った名無しさん:03/09/14 19:41
廻しはきつく締めた方がいいに決まっている。半端な取り方をすれば簡単に切れる反面、
一枚でも親指まで通されたら存分に力を振るわれ絶対切れないというリスクも負う、
本物の技術を相手に要求するもの。
美的にどちらが上かは言うまでも無し。

292 :待った名無しさん:03/09/14 19:48
>>291
絶対切れないことは無いだろうけど十分に力を発揮しやすいよね。
廻しが伸びちゃったら、いくら引き付けても相手に伝わる力が制限される。

293 :待った名無しさん:03/09/15 11:37
そこで武双山の出番ですよ

294 :待った名無しさん:03/09/15 11:45
八尾ならそもそも廻しに霧吹きする必要も、ゆるふんにする必要もない。
よって千代の富士も無双山もガチ。
八尾は無双山に勝手に星売りまくってる魁皇だけ。

295 :待った名無しさん:03/09/15 12:31
♪窓を開けたらウミ 北の湖、湖、う・み〜

296 :待った名無しさん:03/09/15 13:15
1978年の北の湖ってスゴいね。
1986年の千代の富士、1996年の貴乃花もかなりスゴいがそれを上回ってるね。

297 :待った名無しさん:03/09/15 15:18
>>296
俺は全部見た。全部凄いよ。
それぞれ対戦相手が違うんだから誰が一番凄いって言えないのは当たり前だけど。

298 :待った名無しさん:03/09/15 15:44
まわしを切るといえば、貴乃花だって相当うまいですぜ。
はっきりと切るアクションをせずに、いつのまにか切れちゃってる感じで。
すもうの「うまさ」という点だけから考えれば戦後最高は貴乃花ではないかと思う。


299 :待った名無しさん:03/09/15 16:12
>>298
確かに貴乃花の技術も非常に高い所にあった。だけど戦後最高とはちょっと言いづらいかな。
脇の締め方とか廻しの引き付け方の部分で、どうにも大雑把な印象がある。

300 :待った名無しさん:03/09/15 19:23
千代は北勝海、貴乃花は若乃花という同部屋の横綱がいたけど北の湖はいないからなあ。
輪島、三重の海、若乃花(2代目)、千代の富士、隆の里とまともにぶつかって黄金時代築いただけでもすごいよ。

301 :待った名無しさん:03/09/21 01:51
怪我無く後2年ほど全盛時が続いて、北千代時代を続けて欲しかったよ。
51〜2年の輪湖時代のように。

302 :待った名無しさん:03/09/21 02:16
飛騨の花だっけ?北の湖を初土俵以来、初の休場に追い込んだのは?

303 :待った名無しさん:03/09/21 02:59
北の湖と高見山の対戦成績わかる人教えて

304 :待った名無しさん:03/09/21 03:21
高見山8-35北の湖 高見山1-0佐田の海 高見山1-5柏戸 
高見山2-15玉の海 高見山7-19北の富士 高見山7-22琴櫻 
高見山0-11大鵬 高見山16-23三重ノ海 高見山19-24輪島 
高見山4-28若乃花 高見山5-10隆の里 高見山1-11千代の富士

305 :蒼き狼:03/09/21 03:23
uu

306 :蒼き狼:03/09/21 03:24
北多摩時代

307 :待った名無しさん:03/09/21 03:33
>>304
ありがとうございます。

ところでそのデータはどこで入手できたの?

308 :待った名無しさん:03/09/21 03:34
そこまで聞くのはあつかましいね。

309 :待った名無しさん:03/09/21 03:37
>>308
だってどこいっても北の湖とか千代の富士の対戦成績一覧はあっても
ジェシーの対戦成績がないんだもん。名力士なのにぃ・・・

310 :待った名無しさん:03/09/21 03:40
北の海って、足が短くて重心が低く安定してた気がする。

311 :待った名無しさん:03/09/21 03:41
>>307
『戦後新入幕力士物語 第三巻』というメッチャ分厚い百科辞典みたいな本からです。

312 :待った名無しさん:03/09/21 03:43
>>311
もしかしてそれって何万円もするやつでねえの?

313 :敏満:03/09/21 03:47

わしも満子好きやった!

314 :待った名無しさん:03/09/21 03:48
>>312
第一巻が5000円 第二巻が5800円 第三巻が6800円となってます。
確か第四巻まで出たはずですけど、第四巻が出た頃には
こんな値段の本を買う程の相撲熱が無くなってたんで
買わずじまいでした。まだ売ってんのかな?

315 :待った名無しさん:03/09/21 03:49
一巻三千円也

316 :待った名無しさん:03/09/21 03:51
>>315
それって古本屋での値段?
だったらちょっと欲しい。

317 :待った名無しさん:03/09/21 04:17
>>316
ほらよ。相撲博士になれよ
http://www.book-inn.net/sumou-2.htm

318 :待った名無しさん:03/09/21 04:43
小学校時代、太っているのに足がすごく速かった、とか、
自分の取り組みをすべて記憶しているほど記憶力がよかった、とか、
のエピソードにしびれた。
人気がなかったのは、普段の顔が怒っている顔だったから?

319 :待った名無しさん:03/09/21 05:04
>310
でも、あんこ型のうえに、腕が短くて不利な面もあったんだよ。

>318
人気がなかったのは、ほんと、強すぎたから。
投げ飛ばした相手に一瞥もくれず勝ち名乗りを受ける様は、
投げ飛ばされた力士の贔屓からは憎らしげに見えたに違いない。
しかし北の海の決まり手の後の静止画像はプロボーラーかバレエダンサー
の決めのポーズのように美しかった。

320 :待った名無しさん:03/09/21 05:52
>>319
あの時代は、貴乃花だっけいわゆるベビーフェイスがいたから、
北の湖を悪にした方が新聞が売れたってのはあるかもね。

ただ、やはりスターになるには強いことのほかに、笑顔がかわいいこと、発する言葉に魅力があること、が必要。
これがないとスターにはなれない。
必ずしも美男である必要はない。

321 :待った名無しさん:03/09/21 06:34
いや、下積みとか苦労話とかもポイントだよ。
北の湖は両国中学時代から横綱の器だと期待され大事にされて、
順調にスピード出世したとしか世間に知られてないから。
横綱になったとき「やったよ!かあちゃん。。。」と電話したとか
結構泣けるエピソードだと思うんだけど、若貴の「死んでも十両には
なろうと二人で誓った」には負けちまうんだよなあ。

322 :待った名無しさん:03/09/21 06:41
昭和50年代前半から2ちゃんねるが存在したら
やっぱ北の湖は嫌われ役だったと思うよ。
輪島・貴ノ花・若三杉・魁傑あたりのファンから
北の湖スレは無茶苦茶に荒されてたと思う。
何かにつけて難癖つけるのが2ちゃんねらの性だから。

323 :待った名無しさん:03/09/21 07:08
北の湖の笑顔って見た記憶がない
笑顔といっても満面の笑みね、どんな顔になんだろ案外かわいいのかな

324 :待った名無しさん:03/09/21 09:37
天才肌に引かれる人間とそうではない人間がいるということ

325 :待った名無しさん:03/09/21 11:10
http://www1.harenet.ne.jp/%7Egans/sumo/S50/S59-5.html

>>323
北の湖は笑うとさわやかに笑うんだよ、この場所全勝優勝したが
13日目に自ら千代を破って優勝に王手としたが、更に結びで
同部屋の北天佑が隆の里を破って援護射撃した事で優勝が決まり、
西の控えに勝ち残っていた北の湖と北天佑がニッコリ笑い合った。
ちなみに北天佑は12日目に千代にも土をつけ、この場所存分に
兄弟子の援護射撃をした訳だ。なつかしいなぁ。

まぁこの優勝が北の湖最後の優勝だった訳だが
あの時の二人の笑顔は今でも鮮明に覚えてるな。

326 :待った名無しさん:03/09/21 12:44
いや、やっぱりどう見ても普段の顔つきからして悪人面だわな。
そのまま時代劇ややくざ映画の悪役になれるようなタイプだからな。


327 :待った名無しさん:03/09/21 12:46
>>324
天才肌というなら輪島の方がより天才肌。
性格といい、取り口といい。

328 :待った名無しさん:03/09/21 13:19
>>321
 北の湖って、新弟子時代から大事にされていたのか。
 その他の新弟子と同等に扱われていたんじゃないの?
 当時の三保が関部屋の取的で一番大事にされていたのは、増位山と思われ。(親方の実子)

329 :待った名無しさん:03/09/21 13:27
やったよ、かあちゃん、で泣けるなら世話ないなあ。まるであほ

330 :待った名無しさん:03/09/21 13:42
輪島を名横綱とか威厳があるとか言ってる人は幼児期の刷り込みだと思う。
あれほど軽い横綱は近年いないだろう。

331 :待った名無しさん:03/09/21 13:46
凡愚な問いで申し訳ないが、若い俺にとって北の湖が強いように見えない。
いまの魁皇ならいい勝負するんでねえの?

北の湖 179p169s
魁 皇 185p173s

332 :待った名無しさん:03/09/21 14:19
横綱最盛時の北の湖の、土俵上での鋭い目は、
今の朝青龍の土俵上の目と、似ていた。
相撲の取り口と体型は違うけど。

勝って土俵から下がる北の湖は、シャイな感じが好かったし、
朝青龍には、茶目っ気を感じて楽しい。
どちらも強くて、魅力的な力士だと思います。





333 :敏満:03/09/21 14:29
333

334 :待った名無しさん:03/09/22 03:22
>331
いや、身長体重が上だとして・・・・だから何? 

>330
天才ではあっただろう。下手投げで大成した力士なんて
輪島以外に居ないぞ。それに土俵入りは北の湖より巧い
のは事実。まあこれは、北の湖がせわしなかっただけだが。

335 :待った名無しさん:03/09/23 10:09
輪島は天才肌ではあったけど実は一途に打ちこんだ相撲馬鹿。
それに彼の成績は一級。威厳は確かに無いがそれが即名横綱でないとは言えまい。

336 :待った名無しさん:03/09/26 00:49


337 :待った名無しさん:03/09/27 01:22
軽い=弱い、じゃないしな。
あんまし威厳だの風格だのといったものがあるとはいえなかったがw
だから質実剛健な北の湖が好角家たちから歓迎された面もある。
>天才ではあっただろう。下手投げで大成した力士なんて
>輪島以外に居ないぞ。
禿同。下手半身で十分の力士で一時代築いたのは輪島しかいない。
ある意味唯一無二の力士だったとも言える。

338 :待った名無しさん:03/09/27 01:24
良スレ”現役某部屋力士が内部事情を赤裸々に話すスレ【2】”
が荒れてるぞ!!

339 :待った名無しさん:03/09/27 11:55
>337
ただその下手半身は対北の湖限定になってたけどね、後年は。

340 :待った名無しさん:03/10/01 19:16
武蔵丸 192cm 235kg
魁 皇 183cm 173kg
武双山 183cm 173kg
栃乃洋 186cm 165kg
雅 山 188cm 177kg
琴ノ若 191cm 175kg
貴ノ浪 196cm 169kg
闘 牙 188cm 170kg
土佐ノ海187cm 165kg
岩木山 185cm 179kg

341 :待った名無しさん:03/10/02 01:23
千代の初優勝、2度目優勝のときは
いずれも13勝1敗の北の湖との楽日決戦だったのだが、
北の湖の1敗は両場所とも朝潮だったという罠。
つまり千代の出世の影の立役者は朝潮と言えなくも無い。
(千代3度目の優勝は朝潮との決定戦に勝って)

342 :待った名無しさん:03/10/02 01:24
若い相撲ファンですけど、輪島って意外と強かったんですね

343 :待った名無しさん:03/10/02 01:42
>342
輪島はなかなか強かったよ。
横綱を強い横綱とそれ以外に分けるとしたら、強い横綱の方に入る。

344 :鯉乃勢寅雄:03/10/02 01:52
北の湖とは直接関係無いが、同時代の竜門という力士を覚えている人いますか?病気で十両筆頭から序の口(番付外?)までひたすら落ち続け、結局廃業。普通はもっと早く引退OR廃業するが。子供心に衝撃的だった!関係なくてスマソ。

345 :待った名無しさん:03/10/02 01:56
北の湖(なんで一発変換できない)部屋には
最近、有望な力士が続々と入門しているらしく
最近16歳の力士が2人三段目に昇進したそうな。
今年も中学横綱取ったし。
関取続出も近いか・・・

だけど、親方は理事長で多忙だろうから満足に指導時間も取れないかもな。
巌雄に任せっきりなんじゃないか多分。

346 :待った名無しさん:03/10/02 02:11
>>343
強かったらしいですね。筋肉質でスタイルもいいし。
私の世代ではリングでチョップしてる姿しか思い出せないのが残念でならないのですが・・

北の湖は大横綱なのに何故かいつも負けた相撲の画像しか出てこないですね。
貴ノ花と千代の初優勝のときなど。
なんか悪役みたいで気の毒な気がします

347 :待った名無しさん:03/10/02 02:19
>>346
だって、悪役だもん。悪役じゃなかったのは、最後の優勝のときくらいだよ。

348 :待った名無しさん:03/10/02 19:03
>>346

それこそが北の湖の攻撃相撲が最強だった証しだよ。
人気力士が様無く負けちゃうからファンからは親の仇のように憎まれたんだ。

349 :待った名無しさん:03/10/03 15:33
双葉山だって70連勝ならずの一番ばっかりでしょ?
北の湖も勝って当然負ければ事件、というレベルの力士だから。

350 :待った名無しさん:03/10/03 19:07
今年、テレビに出たとき「勝って嬉しいと思ったことは無いですね」
と言ってたなあ。

351 :待った名無しさん:03/10/03 21:21
>350
上がり症であわてんぼうで生真面目な人だからな。
勝っても「ホッとするだけ」だったらしいぞ。

352 :待った名無しさん:03/10/05 14:59
でも北の湖は空気は読める力士だったぞ。
でなけりゃ初代貴ノ花の2回優勝はありえなかった。

353 :待った名無しさん:03/10/05 16:54
古本屋で若三杉自伝を買ったのだが
相撲教習所時代、中学生で既に幕下だった北の湖は
同い年とは思えぬ貫禄があった、と言っておる

354 :待った名無しさん:03/10/05 21:44
北の湖が入門したのは中学からだったっけ?
小学生時代にすでに目をつけられたんだよね?

355 :待った名無しさん:03/10/05 21:55
>352
同意。千代の富士戦もそうだったが、本割りで圧勝、決定戦でぎこちなく負ける
というパターン。おかげで特に貴初優勝のときは大盛り上がり。北は偉い。しかし
北ファンとしては不細工な決定戦よりたまには本割りのビデオを見せて欲しい・・。
(貴初優勝の本割りでは、貴の凄まじい右おっつけに北が差し勝って、最後は投げ
の打ち合いだったと記憶していますがどなたか覚えておられますでしょうか?)

356 :待った名無しさん:03/10/05 22:44
>>354
13歳だから中学だろ。

357 :待った名無しさん:03/10/06 17:44
>>356
ありがとう

358 :待った名無しさん:03/10/06 22:04
>>355
確かに貴ノ花に関しては当時のナンバーワン人気力士ってだけあって
(今の高見盛なぞ問題にならない位の人気)空気を読んで花を持たせた
感もあったが、千代の富士初優勝の56年初場所の決定戦に関しては
実力で負けたのではないでしょうか。けんか四つを制し得意の左四つ
になるも北は上手は取れず逆に千代に十分の右上手を許すありさま。
最後はその右上手からの出し投げに膝をついて負けた。
今となってはあの一番が北→千代の世代交代の一番だった気がします。

359 :355:03/10/06 22:17
>358
当時の貴ノ花は国民的アイドルで、貴・北の決定戦では日本人の99%が貴を応援して
いました。もし北が勝ったら国技館で暴動でも起こるのではないかという感じでしたね。
千代戦は本割りでは吊り出しで土俵外に放り出して圧勝したイメージがあるので、
(北ファンとしては)決定戦は北の実力ではない、と信じたいだけです・・・。


360 :待った名無しさん:03/10/07 00:27
千代との決定戦のときは、本割で膝を痛めたんだよな。
あの頃からぼちぼち膝の故障が出始めていた。
そしてこの年の夏の巡業で遂に本格的に壊してしまう。
以降、以前とは別人のように膝がバタバタし、取りこぼしが増え、
上位との対戦でも分が悪くなっていった。

361 :待った名無しさん:03/10/07 12:30
>360
思い出した。最後つり出した時にたしか左膝がガクッと折れるような妙な付き方してましたな。
一瞬付き膝で負けじゃないか?と思ったくらい。

362 :待った名無しさん:03/10/07 13:13
>>361
千代は吊り出されながらもその点を見逃しておらず、決定戦では下半身を攻めようと
いう作戦を思いついたと言っていたね。で、あの出し投げにつながったと。
普通右からの出し投げに対して踏ん張るのは右足なんだが、あの決定戦では下半身が
もつれるようにして左膝から落ちた。
膝を痛めたのは、筋肉が強すぎて関節がついていかなかったためらしいよ。

363 :待った名無しさん:03/10/07 16:44
つうか、体重の重い人間はどうしても膝に負担が来るものよ

364 :待った名無しさん:03/10/08 00:25
>>361,362
あの時は花道を引き上げるときも左足を引きずっていた。
円熟期に入った、とも言われ始めていたが、下半身の衰えが
次第に顕在化してきていたんだろうね。
北の湖自身、56年頃から体力的な衰えを感じ始めていたらしい。
この年の名古屋、それまで磐石な相撲で白星を重ねていながら、
苦手な朝潮に変化を読まれ吹っ飛ばされたのも、傍目と違い、
本人は衰えを感じどこか違和感、不安を持っていたせいかもしれない。
朝潮に連敗中とはいえ、それまでは気にはやって強引に攻め込んで
土俵際で引かれて逆転負けというパターンで馬力負けはしていなかったが、
この敗戦を境に真っ向から寄られたり押し出されて負けるようになった。

365 :待った名無しさん:03/10/08 00:38
若い相撲ファンですけど、おそらく大相撲史上でこの人くらいですよね、
衰えた時代のことをこんなに話題にしてもらえるのは・・
それだけ大横綱なんでしょうね。
普通の横綱なら全盛時の思い出しか語られないんですけどね・・

366 :待った名無しさん:03/10/08 00:42
確かに56年名古屋が一つの分岐点だった気はする

367 :待った名無しさん:03/10/08 01:07
28で衰えが見えるってことはやはり早熟だったんだねこの人。
もうちょっと続けていれば記録にも挑戦できただろうって思ったんだけど。

368 :待った名無しさん:03/10/08 01:46
今から胴なしモナーが通り過ぎます。     
通り過ぎるだけなのでこのスレにはなんら関知しません。

  ∧_∧   ∧_∧   ∧_∧   ∧_∧   ∧_∧   ∧_∧
 ( ´∀`)  ( ´∀`)  ( ´∀`)  ( ´∀`)  ( ´∀`)  (´・∀・`)
 (_⌒ヽ  (_⌒ヽ   (_⌒ヽ   (_⌒ヽ  (_⌒ヽ  (_⌒ヽ
   ,)ノ `J    ,)ノ `J    ,)ノ `J    ,)ノ `J    ,)ノ `J    ,)ノ `J



369 :待った名無しさん:03/10/08 13:19
>367
>早熟

そうだね。だから記録的にはNO.1ではない。
だが、北の湖を語る際には必ず「記録には現れない強さがあった」の一文が付く。
要はその絶頂期の超絶的な強さを「優勝24回という数字(それでも十分立派だが)では推し量れない」という形で何とか表現しようとしている訳。

370 :待った名無しさん:03/10/08 14:33
記録的には52年九州〜53年秋の6場所合計成績

85勝5敗・勝率944

という成績で十分語り尽くせるでしょう。
正に怪物・化け物・無敵の横綱であった。

371 :370:03/10/08 14:42
失礼。
84勝6敗・勝率933でした。

でもこの6敗のうち、琴風と若三杉に2敗ずつ。
(あとは輪島と高見山1敗ずつ)
無敵時代でも苦手力士が存在したのが北の湖らしい(w

372 :待った名無しさん:03/10/08 17:19
>>370-371
昭和52年秋〜53年名古屋の85勝5敗というのがあるよ。

昭和52年 9月 西横綱 15勝   優
昭和52年11月 東横綱 13勝 2敗 次
昭和53年 1月 西横綱 15勝   優
昭和53年 3月 東横綱 13勝 2敗 優
昭和53年 5月 東横綱 14勝 1敗 優
昭和53年 7月 東横綱 15勝   優

http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19720101.htm

373 :待った名無しさん:03/10/08 20:25
いずれにせよ1場所に1回負けるかどうかという時代があった訳で。

取り口も大鵬みたいに消極的な負けない相撲ではなく、
圧倒的な力を持って「押し潰す」という表現がピタリと
当てはまる豪快なもの。

例え相手が人気力士だろうと負け越しがかかっていようと
相撲っぷりは変えず勝負の結果、土俵下に叩き落とす事に
なっても手ひとつ差し伸べない「土俵上は戦場」とばかり
ふてぶてしさまでを徹底した力士であった。

負けっぷりがバタバタした挙句みじめに転んだりとか、
おおよそ普段の強さから考えられない負け方するのも
印象に残る要因かもね(w

374 :待った名無しさん:03/10/08 21:35
「怪童」「モンスター」「ダンプカー」

朝潮が出て来るまで太った子は北の湖と渾名されたりしてたな。
太った女の子は「おんな北の湖」と呼ばれたり。

375 :待った名無しさん:03/10/09 00:19
北の湖は金星配給も歴代一位だけど、その多くは
49年〜51年中ごろの横綱初期の頃か、57年以降の衰えてからで、
52〜55年にかけては攻撃相撲でありながら安定感も兼ね備える
稀有な強さを誇っていたね。

>でもこの6敗のうち、琴風と若三杉に2敗ずつ。
>(あとは輪島と高見山1敗ずつ)
>無敵時代でも苦手力士が存在したのが北の湖らしい(w
他に黒姫山、魁輝らに短期間に何度か負けたこともあるね。
でも結局若三杉らにもトータルでは大きく勝ち越している。
一時的に苦手にした相手も、最終的にはカモにしていた。
朝潮の場合、丁度北の湖が衰え始めた時期に連敗したので
あそこまで大きく負け越したと思われ。元気な頃に朝潮が
登場していれば早い時点で苦手意識を克服し、やはり最終的
には大きく勝ち越せたんじゃないかな。実際、ラスト2番は
立会いでがっちりと朝潮を組みとめ、簡単に寄り切って連勝
していたからね。


376 :待った名無しさん:03/10/09 11:12
北の湖最強の「場所」っていつだと思う?まあ最後を除く6度の全勝場所のどれかだろうけど。
個人的には鼻を割りながら14日目の全勝対決で旭國を叩き潰した52年秋。

377 :待った名無しさん:03/10/09 11:18
北の湖が横綱在位中に連敗した相手 ※は関脇以下

5連敗
 若嶋津(57年九州〜58年初、九州〜59年春)

4連敗
 輪島(51年春〜秋)夏場所は決定戦に勝利
※若三杉(51年名古屋〜52年初)
※朝汐(56年初、夏〜秋)加えて九州は不戦敗
 千代の富士(57年春、秋、58年九州、59年初)
 朝潮(57年九州〜58年初、59年初〜春)
 隆の里(57年秋、58年九州〜59年春)

3連敗
 輪島(49年秋〜50年初)大関時代を含めると5連敗
 魁傑(50年春〜名古屋)
※三重ノ海(50年名古屋〜九州)
※大乃国(58年九州〜59年春)
※旭富士(59年名古屋〜秋、60年初)

378 :待った名無しさん:03/10/09 11:19
(続き)
2連敗
※金剛(49年秋〜九州)
※黒姫山(50年春〜夏)
※鷲羽山(50年九州、51年春)
※若三杉(51年初〜春)
※麒麟児(51年名古屋〜秋)
※黒姫山(52年夏〜名古屋)
 若三杉(53年春〜夏)
※黒姫山(53年九州〜54年初)
 輪島(54年夏〜名古屋)
 三重ノ海(54年夏〜名古屋)
※魁輝(54年名古屋、九州)
※玉ノ富士(54年秋〜九州)
 三重ノ海(54年九州〜55年初)
※朝汐(55年春〜夏)
※隆の里(55年秋〜九州)
※栃赤城(56年九州〜57年初)
※若島津(56年九州〜57年初)
※朝汐(57年春〜夏)
※出羽の花(57年春〜夏)
※大潮(57年秋、58年初)
※保志(59年初〜春)

のべ33力士、実質20力士。
3連敗以上した力士はすべて最高位大関以上。

379 :待った名無しさん:03/10/10 13:29
やっぱ一番安定してた53〜55年は連敗も少ないねぇ。
若三杉は北の湖と全盛期がシンクロしてたからこそ、
全盛期の北の湖に連勝したけど、同時に優勝回数も
極度に少なかったわけね。

380 :待った名無しさん:03/10/10 15:32
ちなみに、年間最多勝を逸した好成績者(※は第3位)

78勝 若乃花II(昭和53年) 最多勝は北の湖(82勝)
76勝 若乃花I(昭和34年) 最多勝は栃錦(76勝)
75勝 輪 島(昭和52年) 最多勝は北の湖(80勝)
73勝 三重ノ海(昭和54年) 最多勝は北の湖(77勝)
72勝 北の湖(昭和51年) 最多勝は輪島(77勝)
72勝 若乃花II(昭和55年) 最多勝は北の湖(77勝)
71勝 大 鵬(昭和40年) 最多勝は佐田の山(74勝)
71勝※若乃花II(昭和54年) 最多勝は北の湖(77勝)
71勝 千代の富士(昭和62年) 最多勝は北勝海(74勝)
71勝 武蔵丸(平成6年) 最多勝は貴乃花(80勝)
70勝 柏 戸(昭和36年) 最多勝は大鵬(71勝)
70勝 輪 島(昭和49年) 最多勝は北の湖(73勝)
70勝 琴 風(昭和58年) 最多勝は隆の里(78勝)
70勝 千代の富士(昭和63年) 最多勝は旭富士(73勝)
70勝※貴ノ浪(平成6年) 最多勝は貴乃花(80勝)

これを見ると、北の湖の全盛期には常に強力なライバルがいたのがよく解るね。
78勝して年間最多勝逃すなんて普通じゃ考えられない。

381 :待った名無しさん:03/10/10 15:37
>>370-371
雷電為衛門の幕内通算成績みたいだな

382 :待った名無しさん:03/10/10 18:16
栃木山の横綱成績でしょw

383 :待った名無しさん:03/10/11 00:09
北の湖の横綱在位期間を大雑把に分けると
1.見習い期間(49年名古屋〜51年秋)
  13場所で152勝43敗勝率779・平均11.7勝3.7敗
  優勝4回・同点3回・最高成績13勝2敗(4回)
2.充実期(51年九州〜56年名古屋)
  29場所で384勝51敗勝率883・平均13.2勝1.8敗
  優勝16回・同点1回・最高成績15戦全勝(6回)
3.衰退期(56年秋〜60年初)
  21場所で134勝61敗107休・勝率687・平均6.6勝3.0敗5.3休
  優勝1回・最高成績15戦全勝(1回)
という感じかな。49年は昇進直後、50年は一人横綱として
土俵を支えたがクンロクも記録、51年は本格的な輪湖時代の
幕開けで決定戦に初勝利を収めるも10勝5敗も2度記録。
そのため3度優勝するも最多勝は輪島に譲る。この間
初優勝を除けば初の地方場所制覇となった51年九州で
14勝1敗を上げるまで最高でも13勝2敗。憎たらしいほど
強い反面、ここ一番に弱く取りこぼしも多かった。
但し一人横綱の経験・輪島との凌ぎ合いを通して成長する。
51年九州で18場所ぶりに14勝を上げるといよいよ磐石の
強さを発揮。2度の全勝優勝を飾り年間80勝をあげ、
翌53年は5連覇82勝をマーク。決定戦でも連勝するなど
勝負強さも身につけ、取りこぼしも減った。
左のカチ上げから右上手を引き付け圧倒する、皆が思い浮かべる
全盛期の相撲が完成した時代だった。
56年の夏の巡業で膝を故障してからは一転苦闘が続くことになる。
安定していた下半身がバタバタし、苦手力士も増えた。
それまで29場所で51敗しかしなかったのが、21場所で61敗も喫する
ことになる。

384 :待った名無しさん:03/10/11 00:18
>>380
82勝しても2位と4勝差しかないってのもすごいな。
52年に80勝しても優勝は2回しかできなかったし。
大鵬が81勝したときは2位と16勝差、千代の富士が80勝したとき
など2位とは17勝差、貴乃花が2度80勝を記録したときも2位とは
9勝差、11勝差があったことを考えると、本当にライバルたちも
充実していたことがわかる。

385 :待った名無しさん:03/10/11 00:46
>>380
昭和53年は若乃花・北の湖で年間20敗?
お互いが当たった6敗があるから残りの力士で14敗?
信じられん安定度だ。

386 :待った名無しさん:03/10/11 00:54
>>385
53年の北の湖の8敗の内訳
春:琴風・若乃花(夏までは若三杉)
夏:若乃花
秋:高見山
九:麒麟児・黒姫山・輪島・若乃花

若乃花の12敗の内訳
初:玉ノ富士・北の湖
春:荒勢・富士桜
夏:三重ノ海
名:富士桜・琴風・輪島・北の湖
秋:富士桜・琴風・北の湖

387 :待った名無しさん:03/10/11 00:59
>384
輪島、若乃花が14回、北の湖も12回の準優勝がある。当時はこの3人で優勝
を分け合っていた感じ。本当に充実していた。52年の優勝は、輪、北、若、輪、
北、輪の順番。この頃の輪島は強く、北の湖と完全に互角に渡り合っていた。
しかし80勝して優勝2回とは・・・・。

388 :待った名無しさん:03/10/11 01:06
>386
53年の北の湖は秋場所まで5連覇でわずか4敗。6連覇は確実で年間最多勝
はどんな凄い記録を作るだろうと期待していたら、九州で崩れてしまった。当時
北ファンで非常にがっかりしたことを今でもはっきりと覚えている・・。

389 :待った名無しさん:03/10/11 01:11
>>387
輪北の対立のすごさは
51年北の湖 優勝3回72勝18敗
   輪島  優勝2回77勝13敗
52年北の湖 優勝2回80勝10敗
   輪島  優勝3回75勝15敗
ともに2年間で優勝5回152勝28敗とぴったり同じ成績を残した点でしょう。
これだけ全く互角に渡り合った例もないと思う。
53年に入ると輪島が衰えるけど、名古屋で14日目に全勝対決。
この時点で両者優勝回数12回・全勝優勝3回・横綱同士になってからの
対戦成績は10勝10敗(決定戦含)とこれも五分五分。
53年に入ると若乃花が本格的に台頭、54年には三重ノ海も確変、
次から次へとライバルが登場。そんな中で、年3場所は優勝し最多勝を
続けていたんだから対したものだ。

390 :待った名無しさん:03/10/11 01:14
>>388
貴乃花も秋場所までに70勝5敗だったのに九州場所全休っていう年があったような。


391 :待った名無しさん:03/10/11 01:18
>>390
平成8年だな。
九州場所の休場は、その後の貴の相撲にマイナスに響いた。
それまでは憎らしいほど強かったのが、これを境にかげりが
見え始めた。
 玉の海もナゴヤ場所まで56勝4敗できて、68勝7敗(休場なし)で
終えた年があったはず。

392 :待った名無しさん:03/10/11 01:23
貴乃花は強さは「憎らしいほど強い」というイメージじゃないような。
潜在能力的には武蔵丸の方が上だと俺が見てたせいかも知れないけど。
爆発的な強さのイメージでは曙がいたし。

393 :待った名無しさん:03/10/11 01:25
曙は花火みたいな瞬発的な強さだと思う。
コンスタントに強いと言うふうには横綱昇進前後以外は
見えなかった。

394 :待った名無しさん:03/10/11 01:35
余談だが、貴乃花の13場所中10場所優勝、同点2回(平成6年9月〜平成8年9月)
は相当凄い記録ではないだろうか? 同点2回も相手が若乃花と貴ノ浪、まともにやって
いれば9連覇もあった???

395 :待った名無しさん:03/10/11 01:43
昭和63年・横綱千代の富士年間成績

初・12-3
春・全休
夏・14-1優勝
名・15-0全勝
秋・15-0全勝
九・14-1優勝

(年間70勝5敗15休)

有名な双葉山の69連勝に次ぐ53連勝を記録した年である。
春場所休んでなかったら・・どうなってた事やらw

396 :待った名無しさん:03/10/11 01:54
>>395
すぐ上にも貴乃花の記録が出てるように、
一年に皆勤5場所で70勝なら意外とあるみたいだね。

397 :待った名無しさん:03/10/11 01:59
千代の富士の本当の全盛期はこの辺。

昭和59九 14-1優
昭和60初 15-0優
昭和60春 11-4
昭和60夏 14-1優
昭和60名 11-4
昭和60秋 15-0優
昭和60九 14-1優
昭和61初 13-2優
昭和61春 1-2・12休
昭和61夏 13-2優
昭和61名 14-1優
昭和61秋 14-1優
昭和61九 13-2優
昭和62初 12-3優

14場所中11場所制覇。

398 :待った名無しさん:03/10/11 02:16
>>392
>貴乃花は強さは「憎らしいほど強い」というイメージじゃないような。

それは顔の問題だと思う。北の湖は憎らしい顔してたからね。俺は北の湖
ファンだったから、全盛期でも「今日は負けるんじゃないか」とちょっと
心配しながらみたてな。勝てばほっとしてたよ。



399 :待った名無しさん:03/10/11 12:42
>>398
俺も北の湖のファンだから、いつもドキドキしながら見ていた。
ただ憎らしいほど強いといわれたのは顔のせいだけじゃなく、
むしろ相撲の取り口の方が大きかったと思う。
北の湖は大きい上に相手を圧倒する攻撃相撲だったから。
千代のように攻撃的でも小兵なら無慈悲な印象は薄らぐし、
大鵬は言うに及ばず貴乃花も「負けない相撲」の部類で
迫力・凄みを感じさせる取り口ではなかったから。

400 :待った名無しさん:03/10/11 15:15
>398,399
当時のファンは(自分もそうだったが)皆同じ気持ちでドキドキしながら見ていた
と思う。実際20連勝超えたくらいで必ずポロリと負けてしまい、何度悔しい思い
をしたことか。勝った相撲より負けた相撲(黒姫山、朝潮、高見山、三重ノ海
等々)ばかりが思い出される(連勝記録を期待していたのに・・・)。

401 :待った名無しさん:03/10/11 17:32
北の湖  輪島   若乃花 三重ノ海
51年初13-2優勝 12-3準優 4-11 8-7
春10-5 13-2優勝 9-6 2-6
夏13-2優勝 13-2同点 7-8 2-8
名12-3準優 14-1優勝 9-6 10-5
秋10-5 12-3準優 11-4 9-6
九14-1優勝 13-2準優 11-4 8-7
52年初12-3準優 13-2優勝 11-4 8-7
春15-0優勝 12-3 9-6 8-7
夏12-3準優 11-4 13-2優勝 5-10
名13-2準優 15-0優勝 10-5 8-7
秋15-0優勝 10-5 10-5 7-8
九13-2準優 14-1優勝 10-5 9-6
53年初15-0優勝 10-5 13-2準優 10-5
春13-2優勝 1-1 13-2同点 8-7
夏14-1優勝 9-6 14-1同点 11-4
名15-0優勝 14-1準優 11-4 9-6
秋14-1優勝 1-3 12-3準優 10-5
九11-4 13-2準優 15-0優勝 10-5
54年初14-1優勝 10-5 11-4 11-4
春15-0優勝 12-3準優 12-3準優 10-5
夏13-2準優 12-3 14-1優勝 13-2準優
名12-3 14-1優勝 11-4 14-1同点
秋13-2優勝 10-5 11-4準優 11-4準優
九10-5 10-5 12-3準優 14-1優勝
55年初12-3準優 0-3 11-4 15-0優勝
春13-2優勝 11-4 12-3準優 1-4
夏14-1優勝 11-4 12-3準優 10-5
名15-0優勝 1-4 10-5 4-6
秋11-4 11-4 15-0優勝 0-0
九12-3 14-1優勝 13-2準優 0-3

402 :待った名無しさん:03/10/11 19:08
http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/kiroku/kc21.html

昭和51〜52年の4連勝と、語り草の北の湖年間最多勝の53年に3勝…
若乃花Uって短期間だけど強かったんだなぁ…と実感できるなぁ。

しかし冒頭の説明の「挟みつけられない」という表現は
名人でないと知り得ない領域の表現な気もします。

403 :待った名無しさん:03/10/12 10:06
若乃花Uの強さでもっとも特徴的な部分は腰の柔らかさだと思うんだけど
同タイプの旭富士が北の湖全盛時代に存在してたら、やはり同じような活躍してたのかな。
体は旭富士の方がちょっと大きいし、前さばきが上手くてもろ差しになるのが得意だった
ことを考えると、懐の深さを武器にするには旭富士の方が上かも知れない。
旭富士は北の湖全盛時に存在してた方が評価は上がってたかも知れないね。

404 :待った名無しさん:03/10/12 10:25
「剛」の横綱 北の湖
「柔」の横綱 若乃花
「技」の横綱 輪島
「巧」の横綱 三重の海

405 :待った名無しさん:03/10/12 13:59
全盛期でも
若乃花Uには富士桜
輪島には高見山
という下位に天敵がいた罠。

北の湖は朝汐台頭まで天敵らしい天敵は
同じ横綱の中にしかいなかった。

406 :待った名無しさん:03/10/12 14:03
>>405
天敵とまでいかなくても、苦手というと黒姫山が
真っ先に思い浮かぶな。
朝潮は登場が衰退期が始まるタイミングと重ならなければ、
天敵レベルまではいかなかっただろう。

407 :待った名無しさん:03/10/12 14:22
全盛期の北の湖に対抗し得た力士(もはや勇者というべきか)に

○懐の深さ+柔軟性/若乃花U
○立ち合い一気の押し・寄り/黒姫山・琴風

がいる。この2タイプの取り口が北の湖に対抗し得る
数少ない手段だったと考えられるかな。

そんな中でやはり北の湖磐石の右上手をがっちり取らせた上で、
左下手半身で対抗し得た輪島はやはり別格の存在だったのだな。

408 :待った名無しさん:03/10/12 20:18
半身で左下手からの相撲というと他には舞の海を思い出す。
右下手半身だと大翔山。
下手からの相撲というのは日大の伝統らしいよ。
当然、この例に当てはまらない力士も多数いるけどね。

大相撲の世界では上手からの技というのが好まれるけど
技術的には半身になっての下手からの相撲というのも
嫌うべきものでもないみたいだよ。
日大の監督と初代若乃花の(元)二子山親方が
上手か下手かの論争をして、朝まで飲み明かしたという話もある。

下手からの相撲の場合は、肩まで深く差すのポイントだとか。
そこまで差せば相手を十分にコントロール出来ると。

このスレでは八百長扱いになってるけど、貴ノ花が北の湖を
破って優勝を決めた一番も、左を深く差して右で前褌引き付けての
相撲だったでしょ。

以上、下手相撲普及委員会からの書き込みでした。

409 :待った名無しさん:03/10/12 21:16
見飽きたって

>>616

410 :待った名無しさん:03/10/12 21:17
北の湖に勝ち越してる力士
0-1栃勇 0-1若浪 0-1白田山 1-2琉王 21-23輪島
2-4清國 2-6琴櫻 4-6大麒麟 1-2大鷲 2-4北の富士
7-13朝潮 6-8若嶋津 2-3保志 0-1陣岳 0-1小錦
0-1北尾

411 :待った名無しさん:03/10/12 22:00
>>410
押し相撲が苦手なのがわかるね

412 :待った名無しさん:03/10/12 22:20
北の湖の対朝潮戦。
昭和54年○×××× 
昭和55年×●●○○× 
昭和56年●×●●●■ 
昭和57年○●●×○● 
昭和58年●××××× 
昭和59年●●○○××
7勝13敗。

413 :待った名無しさん:03/10/12 22:26
>407,408
輪島の登場は衝撃的だった。学生出身の輪島が「下手投げ」でプロの力士を次々に
投げ飛ばしていくさまは、当時の相撲界の常識を覆すものだった。相撲雑誌では
「何故輪島の下手投げが決まるのか?」という議論が大真面目に行われた(今も
はっきりと覚えています)。輪島は本当に凄い横綱だったと思う・・・。

414 :待った名無しさん:03/10/12 22:34
>>410
北の富士、琴桜らにしてみれば若造には
負けないという意地があったのかな。
それと晩年のサンパチ組の新人類の
相撲にはついていけなくなったようだ。

415 :待った名無しさん:03/10/12 22:38
>>414
サンパチ勢と対戦していた時期は引退直前だったから参考程度にね。

北の湖全盛時に北尾・小錦が登場していたら面白かっただろうね。

416 :待った名無しさん:03/10/12 22:46
<参考>
大鵬に勝ち越してる力士
0-1栃錦 福田山0-2 錦洋0-1 栃富士0-1

417 :待った名無しさん:03/10/12 23:58
>>410
結局輪島を除けば、若手時代か、晩年の相手だけだな。

>>414
サンパチが台頭した58,9年はもうボロボロだったからね。
59年夏こそ奇跡的に良かったが(後名古屋もまあ動けていたか)
特に小錦、北尾と対戦した59年九州はもうまともな相撲が取れる
状態じゃなかったな。

418 :待った名無しさん:03/10/13 00:00
貴乃花に勝ち越した力士って誰がいますか?

419 :待った名無しさん:03/10/13 00:19
>>418
ニョ浪w

420 :待った名無しさん:03/10/13 00:44
>>418
三杉里はそうじゃないかな。合併で同じ部屋になって対戦がなくなったけど、確か初顔から5連敗したはず。

421 :待った名無しさん:03/10/13 01:06
大鵬の3戦以上して負け越した相手なし、というのも凄いな。
双葉山でも先輩の玉錦には4-6、後輩の照国には2-3、
千代の富士も北の湖に6-12、隆ノ里12-16と何度も対戦し
負け越した相手はいるのに。
一番肉薄したのが柏戸で16-21、2番目に善戦した北葉山で
11-24、この二人以外に大鵬から10勝以上した力士はいない。
5勝以上も玉の海7-21、栃ノ海6-17、佐田ノ山5-27、明歩谷5-20
位しかいなかったはず。

422 :待った名無しさん:03/10/13 01:37
>>418
5-7三杉里 0-2孝乃富士 0-1花乃国 0-1巨砲
1-2旭富士 0-1大乃国 0-1安美錦

423 :待った名無しさん:03/10/13 02:05
>>422
なるぼどねー、やっぱり貴乃花も強いねえ。やっぱり全盛期に負け越す相手ってのは
いないもんだな。そういえば曙に勝ち越してる力士っていないんだよね。貴乃花とも
五分だったし。最後の場所を優勝で飾った珍しい横綱だし。


424 :待った名無しさん:03/10/13 14:44
輪島の右からの絞りやおっつけを表した文とか、
どっかにない?資料キボンヌ。

425 :待った名無しさん:03/10/13 14:55
千代の富士が負け越した力士もどなたかアップしてくださるとうれしいです。
一部421に出てますけどね。

426 :待った名無しさん:03/10/13 15:34
>>425
昭和55年頃まで千代の富士はパッとしない平幕力士の一人でしかなかったから
負け越してる相手は結構多いよ。

0-1栃東 2-6黒姫山 0-1天龍 0-1福の花 0-1長谷川 12-16隆の里
7-8栃赤城 2-3双津竜 5-10若三杉(若乃花) 6-12北の湖 1-6輪島
1-2玉ノ富士 2-4荒勢 0-1大剛 0-1貴花田 0-1大翔山

427 :待った名無しさん:03/10/13 15:42
三重の海には勝ち越したのか、千代は^^

428 :待った名無しさん:03/10/13 15:52
>>427
三重の海には3-2でギリギリ勝ち越してる

429 :427:03/10/13 16:09
>>428
dクス

430 :待った名無しさん:03/10/13 20:54
北の湖と阪急ブレーブスは
当時日本一の仇役ですね。
貴の花と長嶋巨人を敵に廻すのはなかなか辛そうだ


いしいひさいちのタブチくんで阪急ブレーブスを評して
北の湖だってもう少しかわいげがある
てのがあってやたら面白かった

431 :待った名無しさん:03/10/14 00:15
>430
当時自分はまさに北の湖と阪急を応援していました。辛かったです。
しかし貴の花を「人気だけ」といって馬鹿にしていたのは、今思うと少し反省。
貴はなかなか良い力士でした。優勝した当時は結構強かったし、名大関だと思います。
(北の湖に物凄い右おっつけを見せた一番、どなたか覚えていませんか?)

432 :待った名無しさん:03/10/14 00:34
貴ノ花も兄貴のように腕力が強かったら貴輪湖の三強時代が実現出来てたかも知れない。

433 :待った名無しさん:03/10/14 00:54
あの当時の相撲は面白かったです。今は見る気がしません。

434 :待った名無しさん:03/10/14 00:58
まぁ常に「悪の主役」たる宿命を背負って周りからの
挑戦を真っ向から受けて立っていた横綱な訳で。

貴ノ花T、若乃花U等の美男力士は言うに及ばず、
輪島や三重ノ海、旭國といったところが好調な場所は
やっぱり「負けてやれ〜」という罵声の中横綱相撲を
取り続けた。ある意味信念だよな。

49〜51年頃は輪島・貴ノ花T
52〜54年頃は輪島・若三杉・旭國
※旭國の衰えと入れ替わるように三重ノ海も台頭、
この頃は怪我前の琴風や黒姫山、栃赤城、富士桜、麒麟児等
上位キラーもたくさんいて、本当に相撲見るのが楽しかった。
そして55年は千代の富士と隆の里が台頭してくる・・

これだけの面々を向こうに回し、小部屋の三保ヶ関部屋で
強い連中を総当たりで蹴散らした横綱なんかそうはいないな。
対戦せずに済んだのが増位山・播竜山・闘竜・北天佑位という
中で常勝たり得たのも実はひそかに大横綱と言えるポイント
ではないか。

435 :待った名無しさん:03/10/14 01:08
北の湖は28歳ぐらいまで力が続いたからまだいいよ。
貴乃花なんて25歳ぐらいで終わりだよ。
普通なら期待の若手力士と呼ばれても不思議じゃない年齢だ。
早熟型と言えども、いくらなんでも早過ぎる。

436 :待った名無しさん:03/10/14 01:13
史上最年少横綱 北の湖
史上初の学生相撲出身横綱 輪島
戦後の人気横綱若乃花の実弟の大関 貴ノ花
史上初の外国人幕内力士 高見山

話題性だけも十分な時代だったんだな。
昭和四十年代後半の相撲人気の衰えなんてこれなら簡単に吹き飛ばせるわ。

437 :待った名無しさん:03/10/14 01:24
昭和四十年代後半の相撲人気>>>>>越えられない壁>>>>>現在の相撲人気

438 :待った名無しさん:03/10/14 01:26
>>437
貴ノ花登場までの大相撲人気はボロボロだったみたいだよ。
そんなに差は無いんじゃない?

439 :待った名無しさん:03/10/14 01:40
>>423
曙は大乃国には1-2で負け越してる。
他にも負け越してる相手が居るかは分からないけど。
詳しい人いたらお願いします。

440 :待った名無しさん:03/10/14 12:55
是より三役

貴乃花 旭國
若三杉 三重ノ海
北の湖 輪島

441 :待った名無しさん:03/10/14 17:10
貴乃花、若乃花、曙、武蔵丸、貴ノ浪、魁皇、武双山のそれぞれの対戦成績がわかる人いますか?
わかる限りでいいので教えてください。

442 :待った名無しさん:03/10/14 17:39
横綱まで行った力士についてはネット上に全星取りが掲載されてるから
探して自分で対戦成績を数えて下さい。
他の力士については古本屋にでも行って相撲雑誌のバックナンバーを
あたってみて下さい。
ズバリ言ってスレ違い。

443 :待った名無しさん:03/10/14 21:07
>>442
うるせーバカ

444 :待った名無しさん:03/10/14 22:20
貴ノ花の最大の泣き所は内臓だった。
兄貴は自分が幾ら酒飲んでも体を壊さなかったんで、
弟も大丈夫だろうと、シゴキをかねて兄弟子たち命じて
無理やり飲ませたら悪くなってしまった。
先代二子山も「俺の内臓と取り替えてやりたい」と後年言っていた。
おかげで、15日間、もしくは年間通じてコンスタントに
自力を発揮するための体力が持たなかったらしい。
内臓が丈夫だったら、あるいは横綱にもなれたかもしれない。

445 :待った名無しさん:03/10/15 05:59
内臓の弱さもあったろうけど、貴ノ花が大関止まりだったのは
筋力面に問題があったと俺は見てる。

貴ノ花は若乃花と比較してみると上半身の逞しさがまるで違う。
胸の厚みも違うし特に僧帽筋の盛り上がり方が全然違う。
初代若は上手さえ引けば150kgクラスを相手にしていても
安心して見ていられるだけの強さがあったということを本で読んだりするけれど
写真を見ただけでも成る程と思わされるだけのモノはある。
それと比べると貴ノ花の上半身は貧弱な印象さえ持ってしまう。
だからこそ若乃花が上手から引き付ける相撲だったのに対し、貴ノ花の方は
下手からの相撲にならざるを得なかったんだろうし。

時代の経過によって栃若らは、その後の時代では横綱として通用しない
という見方が相撲板には多かったけど、少なくとも輪湖時代ぐらいまで
だったら初代若乃花でも横綱として活躍出来てたと思う。

446 :待った名無しさん:03/10/15 23:47
>>438
大鵬と戸田の疑惑の一番(昭和44年春場所)の翌日の入りが3000人だったそうだから
現在よりもやばかったんじゃ?

447 :待った名無しさん:03/10/16 00:55
花田(貴ノ花)の入幕が昭和43年11月だから貴ノ花の幕内昇進が即、
相撲人気に跳ね返って来てた訳じゃないってことか。
輪湖時代の立役者達の新入幕場所を挙げておくと
昭和43年初 高見山
昭和44年名 旭國
昭和44年秋 三重ノ海
昭和45年春 増位山
昭和46年初 輪島
昭和46年秋 魁傑 
昭和47年初 北の湖
昭和48年九 若三杉
じょじょに人気復活してったのかな?

448 :待った名無しさん:03/10/21 13:22
あ〜やっとアク禁解除されたな^^;;

44〜46年は大鵬に衰えが見え始め、「頂点のスター」が不在だった時代。
そして46年に貴ノ花が大鵬に引導を渡し、玉の海が急死してカツアキが
一人横綱になったのが、群雄割拠も有名な47年になるね。

「若いスター」は貴ノ花、輪島を始めいっぱいいたけど「頂点」のそれが
いない事は相撲人気に大きく響く事がよくわかるね。そして輪湖や貴ノ花の
出世に比例して人気も回復していった訳だから。

しかしこれを現在に当てはめると頂点がドルジだもんなぁ…少し問題あるか?w
人気という点ではタカミンが支えてる訳だし、やっぱり頂点がもう一人いないと…

449 :待った名無しさん:03/10/21 23:10
47年は初場所から4場所連続初優勝、しかも輪島以外の3人は生涯唯一の優勝
という文字通り群雄割拠の状態だったな。高見山が外国人力士として初めて
優勝したのも、栃東が11勝4敗という最低レベルで優勝したのもこのときだった。
北の富士が不眠症で休場、カド番の前の山が琴桜の露骨な無気力相撲に助けられ
勝利するも世論の非難を浴びて結局休場、大関陥落したのもこのとき。
いきなり初日や三日目に上位陣の直接対決が組まれたりした。
横綱大関は皆勝ち越すのが精一杯という体たらくが名古屋場所まで続いたな。
秋場所で北の富士が復活の全勝優勝、更に姥桜の狂い咲きと言われた琴桜の横綱昇進、
貴輪の大関同時昇進で一段落着いた。上位陣の状況は今よりも酷かったな。人気は兎も角
朝青龍という頂点が一応しっかりしているから。ただ相撲人気は今の方が危機だな。
当時の貴ノ花、輪島のようにスター性と将来性のある若手が見当たらない。

450 :待った名無しさん:03/10/21 23:45
北の湖部屋にいた鳳雪さんが今何をしているか教えてください。
お願い致します。

451 :待った名無しさん:03/10/23 23:43
>>417
もう下半身がヨレヨレ、へっぴり腰でね。
北尾戦なんかも、全盛時のパワーがあれば寄り切れていたと思うし、
小錦戦も全盛時の動きの俊敏さがあればああもあっけなく押し出されなかったと思うよ。

452 :待った名無しさん:03/10/24 00:49
北の湖(全盛期)と増健は、ほぼ身長・体重が同じである。

453 :待った名無しさん:03/10/24 15:36
しっかりとした右四つの型を持ってた玉の海の死は本当に惜しまれるね。
享年27歳…急激に強くなった訳じゃないし段々と力をつけてった力士
だけにまだまだ力の発揮はできたはず、玉の海の台頭に合わせてカツアキも
一念発起したんだから、輪湖時代到来も遅れただろうしましてや47年の
群雄割拠なんて事もなかったかもしれない。

そしてスレタイの北の湖最強時代といえば、スターも上位キラーも
よりどりみどり、初日から千秋楽まで相撲中継がつまんない日なんて
1日もなかったように思う。

同じ横綱以外には殆んど負けない北の湖。
突き押し力士を嫌うが、北の湖・輪島にはほぼ五分な若乃花U
大きな力士を嫌うが、北の湖・若乃花Uにはほぼ五分な輪島

この時代は下位力士が起こす波乱による座布団舞にも説得力があった。

454 :待った名無しさん:03/10/24 15:42
>>453
>スターも上位キラーもよりどりみどり、初日から千秋楽まで
>相撲中継がつまんない日なんて1日もなかったように思う。
激しく同意

>下位力士が起こす波乱による座布団舞にも説得力があった。
今は「それくらいで座布団投げるなよ・・」という事も多いな、確かに。
ただ座布団投げたい客が強引に投げてる取り組みも多いよな。

455 :待った名無しさん:03/10/24 17:48
>>451
北尾・小錦クラスだと、そうは簡単にいかない気がするな。
この二人の存在というのは輪湖時代の状況から見ると、
それまでの相撲の常識を超えたようなものだし。
それだけに全盛時の北の湖に対峙する両力士というのも
見てみたかったとは思うんだけど。

456 :待った名無しさん:03/10/24 21:07
確かに北尾、小錦の相撲はまさに新しい時代の相撲でそれまでの相撲と
質、スケールが違ったね。この頃から急に相撲のレベルが上がった。
北の湖や輪島、若乃花といった力士たちがこれらの力士にどこまで食い
下がれるかというのは見てみたい。

457 :待った名無しさん:03/10/25 05:05
オール1

458 :待った名無しさん:03/10/25 12:50
>>455,456
千代の富士が小錦、北尾を克服したように、北の湖、輪島、若乃花
も全盛期にぶつかっていれば、相性もあるから一概にはいえないが、
はじめ苦戦したとしても結果的には対戦成績でリードしたと思われ。
例えば若乃花と同タイプで体格もやや大きかっただけの旭富士は始め
苦手にしていた小錦を技術体力の向上させていくと同時にカモにしていった。
元気な間は北天佑、琴風も小錦に分が良かった。また若島津も衰えるまでは
北尾に付け入る隙を与えなかった。輪北若の3人と北尾、小錦でもやはり体格差を
カバーできるだけの技術的格差がある。それに北尾、小錦の登場はスケールの
大きさは感じさせたがレベルの向上はさして感じなかった。むしろ小錦、大乃国
のように巨大化の弊害を抱える力士も目立ち始めたからね。デカイだけで動けない
力士が増え、技術面ではむしろ長期低下の傾向がある。

459 :待った名無しさん:03/10/25 13:13
輪島-小錦は相性的に相当ツライと見る。
対高見山戦以上の苦手になったんじゃないだろうか?

北の湖-小錦
これどうだろう?
北の湖が圧倒的な強さを誇った要因は、当時の力士の中では
頭抜けた馬力の持ち主だったというのが大きいと思うんだけど
小錦を相手にした場合には、それが大した武器と成り得なくなる。
なんとか四つに組み止めて上手を与えないようにすれば勝てるかな。
もしかしたら両差しになる位じゃないと厳しいかも。


460 :待った名無しさん:03/10/25 13:25
北の湖対小錦も実際の対戦がないんだ。
北の湖対北尾って、対戦はあったんですか?

461 :待った名無しさん:03/10/25 13:27
偏差値3

462 :待った名無しさん:03/10/25 13:38
>>460
両方とも対戦はあって、どちらも北の湖の負け。
ともに引退直前の59年九州場所。

463 :待った名無しさん:03/10/25 13:41
えっ?ふたりに北の湖負けたの?
序盤に対戦があったんだ。その場所はまた途中休場したよね。
もう、ただ新国技館の土俵に上がる一念で現役続行していたんだな。

464 :待った名無しさん:03/10/25 13:50
時代の違う力士同士が対戦した場合どうなるか?という想像は楽しいものではあるけれど
それぞれの力士はそれぞれの時代の中でしか戦ってないのだから
それで完結したものだという見方をするのがいいかなと俺は思ってる。
例えば昭和53年頃の北の湖の強さというのは、その時代の中では文句の付けようのないものだし
ひとつのパッケージのようなものとして見ていいのではないかと。
昭和60年頃の千代の富士も平成8年頃の貴乃花も同様。
もっと古い時代でも同様に、2度の6連覇を果たした頃の大鵬も69連勝の双葉山も
大正の栃木山・太刀山、明治の常陸山、江戸の谷風・雷電もケチの付けようのない強剛力士なんだから。

465 :待った名無しさん:03/10/25 14:15
昭和40年代の相撲不人気の底というのは結局いつ頃なんだろう?
玉の海の全盛時代くらいなのかな?
そして輪湖が両横綱に君臨した辺りから相撲人気は確乎としたものになっていったんだろうか?

時代背景的に昭和40年代に相撲人気が落ちていったというのは何となく想像は出来る。
1970年に入って学生運動が収束していくと共に時代の空気が一変したような印象がある。
三島由紀夫が昭和45年に切腹したり東映の鶴田浩二や高倉健の仁侠映画の人気が無くなり
日本的とされていたものが否定されていくような時代だったんじゃないだろうか。
昔の映像をテレビで見たりすると、この辺の時代というのは長髪の若者がフォークギター
を持って街をニヤニヤしながらふらついてるという印象だ。
時代の空気そのものに相撲がそぐわない雰囲気というのがあったんじゃないだろうか?
貴ノ花のような本当の人気力士の出現が、そういう空気を忘れされる力を持ってたというだけなのかな。

思い付きで書き込みしたんで訳わからん文章になってるかも。スマソ。

466 :待った名無しさん:03/10/25 14:42
>>465
大鵬が4場所連続休場し、柏戸が振るわなくなった
43年〜44年が底では。
そのころに、仕切り線の間隔拡張や打ち出しの30分繰り下げ、
などの改善があったりして、輪島や貴ノ花の躍進がふたたび
相撲人気を回復させた。45〜6年なんてのは貴ノ花が連日土俵を
沸かせていた時期だからね。玉の海の急逝は悲劇だったが、
それを乗り越える力があった。

467 :待った名無しさん:03/10/25 15:41
打ち出し17時半だったんだ。知らなかった。
スレ違いになるけど協会にはまた打ち出し時間の見直しを考えて欲しいな。
大関横綱陣の相撲だけでも、せめて1時間遅らせての19時打ち出しになれば
生中継で見られる人がだいぶ増えると思うんだけど。
ダイジェストも終わっちゃたし、これからは本当に相撲が見られなくなるよ。

468 :待った名無しさん:03/10/26 12:44
>>467
18〜19時は民放各局がニュース番組を放映している時間だからね〜
最近の各紙夕刊の手抜きぶりから考えると逆に視聴率が下がっちゃうかも


469 :待った名無しさん:03/11/01 19:24
ttp://sports.yahoo.co.jp/headlines/20031101/20031101-00000020-nks-spo.html
ttp://ime.nu/www.yomiuri.co.jp/hochi/sports/oct/1030sumo1.jpg

北の湖時代はこんなことされても新聞に載る事なかったと思われ。

470 :待った名無しさん:03/11/04 14:22
●●●マスコミの「盗聴、盗撮」は許されるのか?その8●●● http://natto.2ch.net/mass/kako/1011/10115/1011522150.html
84 名前: ○○○ 投稿日: 02/01/31 01:15 ID:l3fSW81R
>>78
たぶん、君が書いている通りだよ。確信犯だ。テレ朝が、俺の電話を盗聴
したネタを使っているのは、ずいぶん前から確認している。俺だって、メディアに
ネタを提供するために生きて行くつもりはない。ついでに書くが、フジの「恋のちから」
をチラッと見たが、盗聴からヒントを得ている。盗聴は盗聴。いいかげんにしろ。

87 名前: 86 投稿日: 02/01/31 04:04 ID:7TpZZIy4
>>84
調べ直したが、「恋のチカラ」はデザイナーの話だね。
その番組には俺のネタも多数含まれているよ。
主役の「藤子」も読みは「ふじこ」ではなく「とうこ」で、
去年のHNK大河ドラマ「北条時宗」の水軍の娘と同じ発音だね。

>>55
>人によっては「脅迫」すら感じとるようだ。
デザイナーの話の「恋のチカラ」が始まったのは2002年1月10日だが、
その次の日の1月11日に「グラフィックデザイン第一人者 田中一光氏死去」というニュースがあった。
死因は急性心不全で、死亡は偶然だろうけど、その日(2002/01/11)夜のTV朝日「トリック2」は
「毎年1月11日になると誰かが死ぬ」という話だった。


471 :待った名無しさん:03/11/20 10:04
保守

472 :待った名無しさん:03/11/22 20:39
入門するときに親父さんから「強くならなかったら一生帰ってるくるな、
恥になるから」とまで言われて送り出されたそうな。
今の父親で中一の息子にここまで厳しく言える親はいるだろうか。
やはり強い力士には強い父親がいるんですな。


473 :待った名無しさん:03/11/30 10:28
相撲という時点で、格闘技ではなく単なる見世物なわけで、
その中で「さいきょー」とか言っても、所詮はそういう設定の
お遊びに過ぎない(^Д^)ハハハ

474 :待った名無しさん:03/11/30 15:19
PRIDEだってK-1だって見せ物だよ坊や。お判りか?

475 :待った名無しさん:04/01/27 16:49
u

476 :今の角界に若三杉出てきてと願う男:04/02/10 19:59
2代目若乃花にとても魅力を感じます。リアルタイムで見たことないけど。昭和53年はこの力士も最も力の出た時期だと思うのですが実際北の湖との対戦の内容はどうでしたか。

477 :待った名無しさん:04/02/10 22:04
>>476
関脇から大関にあがる3場所は結果のみならず内容でも北の湖を上まわっていたね
余談だけど2代目若乃花[当時若三杉]と魁傑[現放駒]が関脇から大関に上がる頃が
漏れがリアルタイムで見た中で一番土俵が充実してたような気がする
東西の横綱が輪島・北の湖 大関が貴ノ花・旭国・三重の海で上位陣が強力な時に
両関脇がそれぞれ11番づつ勝って殊勲賞[若三杉]・敢闘賞[魁傑]をとってたからね
『関脇が強い場所は面白い』っていうのが文字通り当てはまってたよ

478 :待った名無しさん:04/02/10 22:08
確かに輪湖時代の対決は見ごたえはあった。力量無比の北の湖に
唯一比肩した先輩横綱輪島。輪島の巧さ・下手とおっつけと北の湖の
出足・馬力の対決。52年以降は長い相撲になって結局がっぷり四つ
になり北の湖の寄りに輪島がスタミナ切れて敗れるのが多かったが・・
早い相撲で輪島、長くなると北の湖というパターンだった。

479 :或相撲馬鹿:04/02/10 23:32
》473にウイルスメールを

480 :待った名無しさん:04/02/10 23:32
OK

481 :待った名無しさん:04/02/11 19:21
確か昭和53年春場所2日目に北の湖が琴風に負けた。
そのとき私は、大泣きした記憶がある。
先々場所の昭和52年九州場所4日目にも北の湖が
琴風に負けて結局そのことが優勝を逃す原因になった。
当時北の湖キラーと言われていたのに最終的には、
北の湖が琴風に20対3と圧倒した。
後の琴風の低迷が影響しているのかもしれない。

482 :待った名無しさん:04/02/11 22:26
>>481
北の湖は一時苦戦した相手も、大抵は克服して通算対戦成績では
大きく勝ち越してるからな。
例外は朝潮と若島津か。ただこの二人は苦手にし始めたのが衰退期だった
のも関係していると思う。

483 :待った名無しさん:04/02/12 19:57
>>482
朝潮は、北の湖の全盛期末期に出てきて、北の湖の全盛期に
カモにした唯一の力士。
朝潮は、北の湖と分がいいけど、二代目・若乃花とは分が良くない。

484 :待った名無しさん:04/02/12 22:42
>>483
確かにまだ全盛期だった55年〜56年半ばまでに、既に苦手にはなっていた。
その後北の湖が衰えてしまったので、克服するどころか余計に苦手になってしまった。

485 :待った名無しさん:04/02/12 22:58
もし金城が北の湖の衰退期に対戦していたら一度くらい勝って
いたかもしれない。
北の湖と金城の最後の対戦は、衰退期に差し掛かり始めた
昭和57年夏場所9日目だった。
北の湖が金城に勝って対戦成績29戦全勝でついに不滅の
金字塔になった。

486 :待った名無しさん:04/02/12 23:13
>>485
その年の大相撲トーナメントでは勝ってますけどね。

487 :待った名無しさん:04/02/12 23:23
>>486
本場所とは、違うでしょう。

488 :待った名無しさん:04/02/12 23:27
結局金城の場合、
・同じ一門であり、連合稽古で手の内を知り尽くしていた
・出足も飛び道具もないので、相手十分に組んだ方がむしろ攻めやすかった
 (相手不十分の形に持ち込むと、十分の形に持ち込もうとする)

実際、出羽一門の力士に対しては圧倒的に分が良かったですね。
横綱に上がった三重ノ海は別として、鷲羽山・栃赤城・出羽の花くらいしか
北の湖に勝っていない。
昭和51年春場所に鷲羽山戦に負けてから、昭和56年春場所に栃赤城に負けるまで、
出羽一門の関脇以下には無敗というのが凄いですな。

489 :待った名無しさん:04/02/12 23:45
>>488
後の武蔵丸ー栃乃和歌戦でも同じことが言えたと思う。
武蔵丸ー栃乃和歌の対戦成績は、武蔵丸の22戦全勝。
大関と関脇以下の対戦でこれほどの大差は、珍しい。
武蔵丸が横綱になってからは、栃乃和歌と対戦していない。

490 :待った名無しさん:04/02/14 09:04
独断と偏見の北の湖の時代区分

黎明期
昭和47年1月(新入幕、5勝10敗と惨敗)から昭和48年9月
確立期
昭和48年11月(大関昇進の足がかりとなる二桁勝利)から昭和51年9月
全盛期
昭和51年11月(庄之助最後の一番で、輪島を大相撲の末破り、地方場所初優勝)から昭和56年7月場所
衰退期
昭和56年9月場所(初休場の前場所、ヨタヨタした相撲で10勝に終わる)から昭和60年1月



491 :待った名無しさん:04/02/14 09:08
全盛期・憎らしいほど強かった

昭和51年11月 西横綱 14勝 1敗 優
昭和52年 1月 東横綱 12勝 3敗 次
昭和52年 3月 西横綱 15勝   優
昭和52年 5月 東横綱 12勝 3敗 次
昭和52年 7月 東横綱 13勝 2敗 次
昭和52年 9月 西横綱 15勝   優
昭和52年11月 東横綱 13勝 2敗 次
昭和53年 1月 西横綱 15勝   優
昭和53年 3月 東横綱 13勝 2敗 優
昭和53年 5月 東横綱 14勝 1敗 優
昭和53年 7月 東横綱 15勝   優
昭和53年 9月 東横綱 14勝 1敗 優
昭和53年11月 東横綱 11勝 4敗
昭和54年 1月 東張横 14勝 1敗 優
昭和54年 3月 東横綱 15勝   優
昭和54年 5月 東横綱 13勝 2敗 次
昭和54年 7月 西横綱 12勝 3敗 次
昭和54年 9月 西横綱 13勝 2敗 優
昭和54年11月 東横綱 10勝 5敗
昭和55年 1月 東張横 12勝 3敗 次
昭和55年 3月 西横綱 13勝 2敗 優
昭和55年 5月 東横綱 14勝 1敗 優
昭和55年 7月 東横綱 15勝   優
昭和55年 9月 東横綱 11勝 4敗
昭和55年11月 西横綱 12勝 3敗
昭和56年 1月 東張横 14勝 1敗 同
昭和56年 3月 東横綱 13勝 2敗 優
昭和56年 5月 東横綱 14勝 1敗 優
昭和56年 7月 東横綱 13勝 2敗 次


492 :待った名無しさん:04/02/14 09:12
衰退期・矢尽き刀折れるまで

昭和56年 9月 東横大 10勝 5敗
昭和56年11月 西横大  5勝 4敗 6休(右膝変形性関節症)
昭和57年 1月 西横大 13勝 2敗 優
昭和57年 3月 東横綱 11勝 4敗 次
昭和57年 5月 西横綱  9勝 4敗 2休(左足首関節捻挫)
昭和57年 7月 東張横 15休    (左足首関節捻挫・左足首外側靱帯損傷)
昭和57年 9月 東張横 10勝 5敗
昭和57年11月 東張横  9勝 3敗 3休(左膝外側側副靱帯損傷)
昭和58年 1月 西横綱  5勝 4敗 6休(腰部及び左膝関節捻挫)
昭和58年 3月 西横綱 15休    (慢性腰痛・左膝外側側副靱帯損傷)
昭和58年 5月 西横綱 15休    (腰部捻挫)
昭和58年 7月 西横綱 15休    (椎間板ヘルニア・左膝関節負傷)
昭和58年 9月 東張横  4勝 1敗10休(右下腿筋損傷)
昭和58年11月 東張横 11勝 4敗
昭和59年 1月 東張横  8勝 7敗
昭和59年 3月 東張横 10勝 5敗
昭和59年 5月 西横綱 15勝   優
昭和59年 7月 東横綱 11勝 4敗 次
昭和59年 9月 東横綱  3敗12休  (頸椎捻挫)
昭和59年11月 東張横  3勝 4敗 8休(腰椎分離症)
昭和60年 1月 西横綱  3敗    (引退)


通算 78場所 804勝247敗107休 優24同5次12殊2敢1金1

493 :待った名無しさん:04/02/14 10:39
http://www6.plala.or.jp/ma214/yokoduna/55.html

494 :待った名無しさん:04/02/14 20:51
昭和52年11月の千秋楽、北の湖−輪島は不思議な決まり方をしたね。当時私は
小学校高学年だったけど、左四つ動き止まった・・カメラ切り替わった次の瞬間に
北の湖が土俵真ん中で尻餅着いてましたからね。輪島が左から捻ってる様にも、右から
投げてるようにも。決まり手は切り返しでしたが、あらためて輪島の相撲勘の凄さ
天才ぶりを再認識しましたね。北の湖が上手投げに行く瞬間を狙った業でしたが、
凄かったです。

495 :待った名無しさん:04/02/14 21:09
輪島がいたからこそ北の湖があそこまで成長したのだと思う。「蔵前の星」輪島
対「怪童」北の湖。不世出の二人の戦いは凄かったね。輪島が49.9の千秋楽だった
と思うけど、初の横綱同士対決で左半身で北の湖に右上手取らせたまま左差し右押っつけ
で寄り切った相撲は輪島にしか出来ないだろう。「夜の帝王」「稽古嫌い」と言われ
てたけど、輪島は正真正銘の天才だったね。

496 :待った名無しさん:04/02/14 21:27
ごめん北の湖のスレだったな。

497 :待った名無しさん:04/02/14 21:34
立ち会い変化して上手出し投げに弱かった記憶があります。32連勝で三重の海に
留められた一番(54.5)もそうですし。たしか真似して玉の富士や魁輝もして
ませんでしたか。北の湖がバタバタしてたのが強さとの対象の妙で面白かったですね。

498 :待った名無しさん:04/02/14 21:55
良い時代だったな昭和48〜55。輪湖に若貴三旭魁・・・しかも解説が神風正一、
玉の海梅吉ときた、味があったね。弓取り式は江戸の華 これも良かった。北の湖
よりも見た目は強そうだったよ(w)不思議とあの頃は上位に左四つがかたまってたね
。だから毎回大相撲だったのだけど不思議だね。

499 :待った名無しさん:04/02/14 21:57
そういえば4横綱全員左四つで、全員雲龍型の土俵入りでしたね。
これはちょっと珍しいかも。

500 :待った名無しさん:04/02/14 21:59
輪島ってどんな理由で「蔵前の☆」って言われてたの?

501 :待った名無しさん:04/02/14 22:07
>>495
大鵬が「自分は、柏戸さんがいたからここまで大きくなった。」と盛んに
言っているね。現役時代大鵬は、柏戸に対してかなりの苦手意識を持って
いた。柏戸が休場した場所は、大鵬にとって精神的にかなり楽だったらしい。
大鵬をいっぺんに土俵際に運べるのは、柏戸ぐらいしかいなかった。
佐田の山に対して大鵬は、かなりの優越感を持っていて大相撲になっても
いずれ勝機を見出すだろうと思っていた。引退直後は、最も印象に残る
力士との問いに大鵬は、佐田の山と答えていた。「佐田の山は、いつも
自分に真っ向勝負してくるから。」と大鵬は答えていた。柏戸に対して
かなり屈折した感情を持っていた。新入幕で大鵬が11連勝したときに
壁として立ちはだかっていたのが柏戸だった。そして大鵬が横綱になる
まで柏戸は、常に大鵬を苦しめていた。柏戸が横綱昇進基準として成績が
十分でないにもかかわらず横綱になれたのも大鵬に強かったのが、大きな
理由だった。
もし柏戸が糖尿病を患わなければ、大鵬が32回、柏戸が5回とこれほど
大きく優勝回数に差がつくことがなかった。そして柏戸が健在ならば、
柏鵬時代は輪湖時代のように両者が拮抗したような時代になっていたと
思う。本当に柏鵬時代は、残念な結果に終わったと思う。

502 :待った名無しさん:04/02/14 22:12
輪島が2場所連続優勝で幕下通過して、45.5新十両の頃に言われたんじゃないかな。
私も詳しい理由は分かりませんが。サラブレッド貴乃花に対抗してだと思いますよ。
なにせ47年頃は輪貴時代?とかいわれた時期ありましたよ。今では信じられませんが。
47.9場所後に大関同時昇進のころですね。

503 :待った名無しさん:04/02/14 22:23
横綱昇進前は7−3で柏戸。昇進後は18−9大鵬だと記憶してます。21−16
ですからかなり拮抗してますね。しかも柏戸が晩年糖尿になり衰えるまでは成績
は互角でしたよね。病気怪我でほとんど稽古できなくてもある程度の成績残した
柏戸はある意味天才でしたね。38年だったかな全勝同士千秋楽対決で休場あけの
柏戸が大鵬を寄り切り男泣きしたのは。しかしアホの石原慎太郎が「あれは八百長」
といいだして、あわや裁判沙汰になりかかりましたね。真実は分かりませんが・・

504 :待った名無しさん:04/02/14 22:24
>>497
北の湖は左肩を前に出してかち上げ気味に当たっていく立ち合いですからね。
あとあの体重を乗せて猛ダッシュで突っ込んでいくから、逆に勢いをかわされると
出足がついて止まらない(昭和52年初場所の貴ノ花はそれをうまく利用した)。

余談ですが、若乃花が若三杉だった頃苦手にしていたのも、その立ち合いの性質と、あとは腕の長さの違い(リーチベースではたぶん20センチくらい違ったのでは)から
若三杉にとっては右上手が取りやすかったというのも大きいでしょうね。
若三杉改め若乃花となって、極端な前傾姿勢の立ち合いをやめて普通に当たるように
なってから、ほかの力士には取りこぼさなくなった反面、北の湖には十分な体勢を
作りやすくしてしまったような気がします。

505 :待った名無しさん:04/02/14 22:27
>>502
「貴輪時代」と騒がれたよ。大きなキリンはお昼寝していたが(w
次の横綱は貴か輪島かといわれていた。週刊朝日の表紙も飾ったな。
輪島があっという間に(大関4場所か?)横綱昇進したのに対し、
貴ノ花は怪我や疾患のため、ついに大関どまりだった。

506 :待った名無しさん:04/02/14 22:30
あの裁判は和解しましたね。しかし開かれてたら法廷であの相撲はガチかヤオかを
争うことになったわけだよね。もし争われてたら今の相撲の歴史も変わってたかも。
まあ当時の理事長は、ガチ時津風(双葉山)でしたから石原の発言は許せなかった
と思いますよ。しかし協会の方に分が悪るい判決出たと思うのは私だけでしょうか。
あの相撲(柏戸の寄り切り)はなんか変でしたしね。

507 :待った名無しさん:04/02/14 22:38
52年1月の頃は貴乃花が好成績残してたころですね。しかしどんな相手にも真っ向勝負
が売りの貴が変化したのはショックでしたよ。あの相撲は北の湖も貴乃花は変化しない
と決め込んで突っ込んでいきましたからね。貴がよこによけただけで土俵外に勝手に飛び出し
ましたね。

508 :待った名無しさん:04/02/14 22:39
>>506
意外と変な相撲と思われるのがガチンコだったり、自然に感じる取組が
八百長だったりと素人では、わかりにくいところがあるから一概に
(ガチか八百か)判断できないと思う。
あの全勝対決は、国技館の観衆の大半が柏戸を応援しており、大鵬が
取りにくかったのは、事実だろう。

509 :待った名無しさん:04/02/14 22:42
空気読んでわざと負けた片ヤオの場合、裁判沙汰になっても
負けた方が口割らない限り、判明しようがないよな

510 :待った名無しさん:04/02/14 22:44
>>508
NHKでは中継で解説の玉の海梅吉氏が「ねえ、野瀬(アナ)さん、
柏戸に勝たせたいねえ」と言ったが、放送後の抗議が不思議にも
ほとんど来なかったらしいしな。

511 :待った名無しさん:04/02/14 22:52
野球でも優勝のかかったチームと対戦するとき、ビジターで相手チームの
投手が舞い上がって、思わず甘いところに投げてホームランを打たれて
負けても誰も八百長とは言わない。あのときの大鵬もアウェイで相撲を
取っていた状態と同じだと思う。
あと柏戸は、本当に一気に相手を土俵外まで攻める相撲で
北の湖は、タイプ的に見れば大鵬というより柏戸タイプだと思う。

512 :待った名無しさん:04/02/14 22:52
前の場所まで大鵬は6場所連続優勝をしてたのでは?柏鵬時代は有名無実になりつつ
ありましたからね。OB玉の海氏が二所ノ関部屋の大鵬に負けてほしいと思ったのも
しかたないかな。大鵬は2001年5月優勝決定戦の武蔵丸の心境だったでしょうね。
勝つ事が許されない・・・片八百長。

513 :待った名無しさん:04/02/14 22:56
十両ぐらいの頃の北の湖と今の萩原って微妙に顔似てない?

514 :待った名無しさん:04/02/14 22:59
>>512
その前の名古屋場所は北葉山が優勝しています。
不遇の柏戸に休場明けを飾って欲しいと思うファンが圧倒的だったんでしょう。
もっとも、この柏鵬戦をヤヲだと日刊スポーツで叩いた某作家(あえて名は伏せます)
もいましたが、結局は観る人の眼によって異なるのでは?

いましたしね。

515 :待った名無しさん:04/02/14 23:00
大鵬は、佐田の山・北の富士の全勝優勝を何度も阻んだだけに
柏戸の全勝優勝を簡単に許すとは、考えにくい。

516 :待った名無しさん:04/02/14 23:06
>>513
萩原の名前は、知っているけど、顔はまだよくわからない。
北の湖理事長は、萩原が三段目に昇進した頃から注目し始めたらしい。

517 :待った名無しさん:04/02/14 23:08
横綱玉の海の全勝も2場所連続で阻んでるはず。まー大鵬も人の子だということでしょう
。判官贔屓の日本国民を敵にしたくないと。ただどうみても柏戸が右差しで大鵬に上手
許して、しかも左手は万歳の状態で大鵬を寄り切るのは不自然だったな。

518 :待った名無しさん:04/02/14 23:18
>>517
西土俵に柏戸を追いつめたかと思ったら正面へくるっと、
あのあたりがおかしく・・いや、やめとこう。

519 :待った名無しさん:04/02/14 23:23
>>517
昭和38年秋場所・千秋楽の全勝対決は、大鵬が柏戸の攻めの圧力に
屈した感じがするけど。
近年でいえば横綱・貴乃花が曙の一気の攻めに屈したのと同じような
感じ。
攻めの圧力でいえば北の湖より柏戸のほうが上という感じがする。
北の湖の時代と柏戸の時代の幕内平均体重は、違うから一概に
いえないけど。

520 :待った名無しさん:04/02/14 23:36
どうでもいいけど相撲協会のホームページで柏戸のところで
大鵬戦と玉乃島戦が逆になっているよ。
相撲協会のホームページを作った人は、気づかないのかな。

521 :太刀山型の土俵入り:04/02/14 23:37
>>520
よしオレが週明けに連絡しとくよ!念話で

522 :待った名無しさん:04/02/14 23:53
太刀山の土俵入り さん。先まで千代の富士スレにいたね。忙しいですな。

523 :待った名無しさん:04/02/15 00:15
柏戸は38年当時188p130s位だったと思う。やはり北の湖の方が圧力が
あったのではないかな。でも真相は大鵬のみ知るところでしょう。

524 :待った名無しさん:04/02/15 00:20
>>523
柏戸と北の湖に対戦して両者に金星を挙げたのは、高見山だけ。
東関親方に聞けばわかると思う。
因みに高見山の大鵬との対戦成績は、11戦全敗。

525 :待った名無しさん:04/02/15 00:31
高見山入幕は43.1月場所だから、柏戸晩年よね。正当な評価は出来ないんじゃないかな。
しかしそう考えると高見山は長寿よね。16年間幕内をつとめた事になるね。引退は北の湖
とほぼ一緒だからね。

526 :待った名無しさん:04/02/15 00:41
大鵬と対戦したことがある力士で最後に現役を引退したのは高見山。
北の湖と対戦したことがある力士で最後に現役を引退したのは小錦。
千代の富士と対戦したことがある力士で最後に現役を引退したのは安芸乃島。
ちなみに高見山は、この3力士全員と、横綱在位中に対戦がある。これは他にいない。


527 :待った名無しさん:04/02/15 00:58
>>526
羽黒山から柏戸まで対戦経験のある出羽錦みたいだな。

528 :待った名無しさん:04/02/15 01:00
19歳年下の保志や北尾とも戦ってるのでは、ほんとうに高見山は凄い力士よね。
彼の幕内通算出場と幕内通算場所数は不滅の記録だろう。実際のところ戦後3
大横綱の内、誰が強いか知ってるのは実際に戦った高見山だけかもね。


529 :待った名無しさん:04/02/15 01:01
となると琴櫻・北の富士・大麒麟・長谷川あたりが柏戸と北の湖の全盛期を
知っているということか。

530 :待った名無しさん:04/02/15 01:02
保志はぎりぎり間に合っただろうが、北尾は十両でしか対戦は
ないだろう・・・。

531 :待った名無しさん:04/02/15 01:05
柏戸の全盛期っていつなの?
漏れは大関から横綱昇進前夜だと思っていたが。
北の湖の全盛期を知っているのは、貴輪や三重ノ海、二代目若乃花、
栃赤城とかでは?

532 :待った名無しさん:04/02/15 01:05
>>527
当時同門対決が無かったから出羽錦は、親友・栃錦との対戦が
無かった。
出羽錦が凄かったのは、佐田の山を鍛えて横綱まで昇進させた
ことだった。

533 :待った名無しさん:04/02/15 01:11
>>531
意外にも柏戸は、昭和40年代に5回優勝のうち3回優勝している。
昭和41年前後を全盛期と考えてもいいと思う。
北の湖は、昭和48年から昭和49年ごろまで躍進期と考えたほうが
いいだろう。

534 :待った名無しさん:04/02/15 01:11
佐田の山の土俵入りに露払いか太刀持ちかやりたかった
らしいが、部屋別総当り制が実施されるのと、十両落ちが
確実になったから引退したんですよね。>出羽錦

535 :待った名無しさん:04/02/15 01:16
>>533
40年代ったって、一年に一回しか優勝していないじゃん。
でも、41年から42年頃は大鵬と毎場所優勝争いしていたから
そうかもしれません。一差で追う柏戸が柏鵬戦に望みをかけるが、
大鵬に負けてしまい、優勝を逃すパターンが多かった。
一番価値があるのは40年秋場所の優勝でしょう。あとは大鵬休場の
場所だし。綱の責任は果たしているからいいのでしょう。

536 :待った名無しさん:04/02/15 01:16
その佐田の山に引退を決意させたのが入幕2場所目の高見山。あまりに惨めな負け方
のために綱としてのプライドを傷つけられたといって、2場所連続優勝の翌場所に引退
。栃木山や栃錦とならぶ散り際といわれたね(栃木山は別の理由もあったが)。


537 :待った名無しさん:04/02/15 01:18
栃木山はつきひざで負けたのも引退を決意した別の理由でしたよね。

538 :待った名無しさん:04/02/15 01:22
>>537
栃木山は、髷が結えなかったから引退したことを聞いたことがある。

北の湖が角界にスカウトされた時、北海道に柏鵬級の逸材がいると
言われたのは、有名な話です。

539 :待った名無しさん:04/02/15 01:24
栃木山は突き膝ではなく禿たからだよ。客から「禿。禿。」と馬鹿にされ髷も結えなくなったから
3場所連続優勝のまま引退。最近では輪島、千代の富士、曙も見事な引き際だったんじゃないかな。

540 :待った名無しさん:04/02/15 01:25
いろんな部屋からスカウトが北の湖の実家に来ていたのだが、
最終的に三保が関(当時は小部屋)に入門しようと決めたきっかけに
なったのは、あるモノを贈られたからであった。


541 :待った名無しさん:04/02/15 01:27
>>538
なんでも小学校5年生の時柔道大会に出て高校生をブン投げちゃったとか

542 :待った名無しさん:04/02/15 01:30
三保ヶ関親方婦人の手編みの手袋、靴下、マフラーのどれかだったかな。

543 :待った名無しさん:04/02/15 01:31
>>541
北の湖が少年時代柔道が強い話は、有名だけれど、
ここまで強いとは驚き。

544 :待った名無しさん:04/02/15 01:32
足が大きいことを知った麻酔山のかあちゃんが
手編みの靴下を贈った。それで北の湖の両親が
「この人がおかみさんの部屋なら大丈夫だ」と確信し、入門を
決意させた。

545 :待った名無しさん:04/02/15 01:33
中学1年で初土俵だけどその時173p100sだよ!まさに怪童だね北の湖は。
かれほど期待されて入り期待通り出世したケースは珍しいよね。

546 :待った名無しさん:04/02/15 01:36
>>542
靴下。
それにしても小畑少年は、純粋なんだね。
大鵬親方の本に書いていたけど、部屋の若い衆をちゃんとした鮨屋に
連れて行っても少しも喜ばないてね。回転すし屋に慣れているから
鮨屋に連れて行ってもありがたみを感じないのだろうと書かれていたよ。
今の子供と大違いだね。

547 :待った名無しさん:04/02/15 01:37
北の湖より凄い横綱

「凄の湖(すさのうみ)」

548 :待った名無しさん:04/02/15 01:37
相撲=デブのやるものという誤った固定観念は
北の湖が濫觴なのか?
小錦の登場がさらにいっそう拍車を掛けた気がします。

549 :待った名無しさん:04/02/15 01:39
>>545
北の湖は、怪我に強かったことが横綱まで昇進した大きな理由じゃないの。
ヤンキースの松井も怪我に強い選手だね。

550 :待った名無しさん:04/02/15 01:41
ねえねえ来たの海の話なんかやめて
増健の話をしようよ


551 :待った名無しさん:04/02/15 01:43
北の湖までは博多人形みたいで許せたけど、小錦あたりからは醜い太り方だね、大乃国
もそう。しかし大乃国は入門時は90キロ代だろうもの凄い太り方よね。
北の湖は堅太りだったねだから強かったんだよ。

552 :待った名無しさん:04/02/15 01:49
>>551
玉錦もいい体型をしていたと思う。肥満型の力士だったけど、
今の力士と違ってバランスのいい体型をしていたと思う。
相撲解説者の神風さんは、玉錦の土俵入りは美しいと褒め称えていた。

553 :待った名無しさん:04/02/15 01:51
玉錦、照国、鏡里は均整のとれたアンコ型だし。
曙、武蔵丸、小錦となるとなあ・・・。
最近は肥満児で生活習慣病みたいのばっかしだから、余計頭が痛い。

554 :待った名無しさん:04/02/15 01:54
最近の朝青龍・黒海はいい体型だと思う。
ただ黒海は、今の体型を維持することを願っています。
今より太ったら動きが悪くなる可能性があるから。

555 :待った名無しさん:04/02/15 06:10
写真とビデオでしか見た事無いけど、照国は均整のとれたあんこだね。色白だし
美しさを感じるねえ。「桜色の音楽」といわれてるのが分かる気がする。
173p160sか・・・見事な体型だね。

556 :待った名無しさん:04/02/15 06:16
アンコは力士は短命といわれるけど、事実ですね。皆さん50代で亡くなってます。
しかしそのなかで鏡里は今なお健在で80歳超えたみたいね。横綱長寿記録は初代梅ヶ谷
らしいから超えてほしいね。初代梅ヶ谷は176p110sだったから、鏡里の方が
価値ある記録といえるね。

557 :待った名無しさん:04/02/15 07:59
>>545
北の湖が三保ヶ関入りを決めた時まだ身長は165cmしかなく親方に
「私が迎えにいくまでにようけ食べてようけ寝るように」って言われて
中学一年の夏休みはメシ・風呂・トイレ以外の時間はひたすら寝て
身長が8cm伸びたとか

558 :待った名無しさん:04/02/15 08:45
「寝る子は育つ」という助言をすぐに素直に適用したみたいですね。
中1の冬の1月場所初土俵で中学3年で幕下ですよ。凄い記録です。
義務教育後入門が義務づけられた今は更新不可能ですね。

559 :待った名無しさん:04/02/15 09:28
>>543
若乃花2に右上手取られながらすくい投げで勝った一番なんて
腰のひねりや体の開きが柔道っぽい感じだった。

>>551
大ノ国だった時代、つまり北の湖と対戦していた頃は体型がそっくりで、
このまま強くなったら千代の富士をもっと苦しめていたと思う。

>>554
同意。黒海にはもっと精進してもらって、ドルジのライバルになってほしい。
田宮君がもうちょっと若かったらなぁ・・・

560 :待った名無しさん:04/02/15 10:20
富士桜は体がパンパンに張っていて、鍛え抜かれたアンコ型という感じだった。

561 :待った名無しさん:04/02/15 10:54
>>560
富士桜は、素質より努力型の力士であったね。玉の海さんを
はじめ多くの相撲解説者にほめられていました。
2代目・若乃花に特に強く、横綱になってから5回も破って
います。北の湖にも横綱になってから2回破っています。
2代目・若乃花は、週刊ポストのインタビューの中で
富士桜を苦手力士の一人として挙げていました。

562 :待った名無しさん:04/02/15 11:40
富士桜は廻し取られたら終わりだから、物凄くきつく締めてたよね

563 :待った名無しさん:04/02/15 11:43
同じ高砂部屋の朝潮は運動不足の贅肉だらけのアンコ型だった

564 :待った名無しさん:04/02/15 12:16
解説者、好事家たちはみな富士桜のような力士は好きだろうね。

565 :待った名無しさん:04/02/15 13:38
>>563
朝潮は、疲れやすい体質で多くの稽古が出来なかった
と言われている。

566 :待った名無しさん:04/02/15 13:45
生前の昭和天皇も天覧相撲のとき好きな力士は富士桜とおっしゃってた記憶があります。
しかし、麒麟児たい富士桜の対戦は良かったね。お互い絶対に引いたり叩いたりせず
に、真っ向から突っ張りあってね・・・好きだったよ。富士桜はなぜか若三杉に相性が
よくて勝ってたね。不思議だったよ。

567 :待った名無しさん:04/02/15 13:58
北の湖全盛期53年頃は160s以上は、北の湖の他は高見山、双津流、尾形ぐらい
でしたね。双ッ流の太り方は贅肉っぽかったですよ。みんな今より細かったよね。身長は
琴若がダントツの197pでしたね。弱かったですけどね。

568 :待った名無しさん:04/02/15 15:06
高見山はあの巨体でCMで軽快にタップを踏んでいた
今の巨漢力士じゃ無理だろうな

569 :待った名無しさん:04/02/15 15:31
>>536
優勝翌場所の番付が張出横綱だったことに怒って、という説もある。
北の湖の話題からズレてスマソ。

570 :待った名無しさん:04/02/15 17:27
>>567
昔の力士はそれなりに稽古をしてたから必要以上に太らなかったのかな?
仮に肥満型の力士だとしても>>568の高見山や北の湖みたいに自分の体重
を持余していたって印象は無かったね

571 :待った名無しさん:04/02/15 17:33
幕内の平均体重が急速に増えたのは、ハワイ勢の躍進が
大きな理由だといわれている。
ハワイ勢の力士に対抗するために日本人力士が体重を
無理やり増やしたためである。

572 :待った名無しさん:04/02/15 17:36
>>570
高見山はともかく、北の湖は、自分の体重を持て余した印象が
無いけど。巨漢をうまく相撲に活かした感じがする。

573 :待った名無しさん:04/02/15 19:02
アンコ型の語源は、小豆のあんではなく魚のアンコウから来ている。

574 :待った名無しさん:04/02/15 21:17
貴乃花もハワイ勢に対抗して体重を増やしたね。1996年全盛期の145sに
止めておけばよかったのにね。1996.11から翌1月にかけて2ヶ月で15s増えて
160sになったのは驚いたね。でもそれが力士寿命を縮める結果になったと思う。
アンコ型は最近増えてきてるよね。アンコ型の反対はソップ型だけど語源は何から
きてるのかな?

575 :待った名無しさん:04/02/15 21:23
>>574
ソップ型の語源は、鳥のガラから来ている。
ちゃんこのだし汁に鳥のガラを使っていることから由来している。

576 :待った名無しさん:04/02/15 21:35
鶏ガラのことをソップというのか、知らなかったな。最近ソップ型力士は見ないな。
北の湖時代は沢山いたよね。大旺とか千代の富士(90s代)、千代桜とかね。今は
130sでも軽量なのだから恐ろしい時代だ。

577 :待った名無しさん:04/02/15 21:45
輪島は小兵力士に強かったね、旭国、羽鷲山、増井山、本当にうまかったね。
しかし今の基準なら輪島も小兵力士だ184p128s。

578 :待った名無しさん:04/02/15 21:49
安美錦や安馬なんかはソップ型だろ

579 :待った名無しさん:04/02/15 22:01
でもソップが少なくなったから業の応酬がすくなくなったね。アンコばかりで重いから
吊り出しなんか見なくなったな。明武谷みたいな力士はもうでてこないのかな。
うっちゃりもね。霧島が最後の吊り名人だったかもね。

580 :待った名無しさん:04/02/15 22:03
ドルジが軽量の部類に入るというのは明らかに異常だよな
ドルジくらいが平均的な体型であるべきだろ

581 :待った名無しさん:04/02/15 22:11
ドルジが今や無敵の横綱だということを考えれば、アジアの黄色人種は140〜145
位が一番動きやすい体型なのだろうね。それ以上になると膝とかに故障を抱える
ことになりそう。

582 :待った名無しさん:04/02/15 22:16
日本人の膝が運動に耐えられる限界は160kgっていうことを相撲協会も言ってなかったっけ?
だから、大型力士対象の講習会を開いたりしてた。

583 :待った名無しさん:04/02/15 22:20
>>582
相撲診療所の林盈六医師が、「日本人の場合、膝が自分の体重を支えられる限度は180kg」と言ったんですよ。
実際180kgを超えて成功した日本人力士はほとんどいないですね。
大乃国も200kgを超えて睡眠時無呼吸症候群に悩まされたわけですし。

584 :待った名無しさん:04/02/15 22:27
じいさん、あっちもこっちも汚すなよ。
うぜえ。


585 :待った名無しさん:04/02/15 22:34
大乃国は160s以下に止めておけばもっと活躍出来たでしょうね。
最後は220sまで行きませんでしたか。

586 :待った名無しさん:04/02/15 22:43
>>585
入幕時160kg、関脇時代180kg、大関時代200kg、横綱昇進直後220kgでしたっけ。
関脇時代の体重を維持できていたら「常陸山の再来」という春日野理事長(当時)の期待に
ある程度は応えられたのではないかと。5回くらいは優勝できたと思います。
まあ、タラレバは禁句ですけどね(笑)

587 :待った名無しさん:04/02/15 22:49
>>581
生理学的には人種に関わらず体重が130kgを超えると人間は運動能力
が低下するらしいぞ、そんな理由でレスリング協会は前回のシドニー
で最重量クラスを『130`以下級』にする予定だったらしい
ただ絶対の優勝候補のカレリン[銀]が『だったら引退する!』って
喚いてオシャカになったとか

588 :待った名無しさん:04/02/15 22:51
まあカレリンとか見ると例外が存在する気はするな>130`以下説

589 :待った名無しさん:04/02/15 22:51
その大乃国が今は100sきるくらい痩せてますね。なぜ現役時代にそれが出来なかった
のでしょうね。まー非常に残念な素材ではあります。

590 :待った名無しさん:04/02/15 23:02
ここも、じじいかよ。

591 :待った名無しさん:04/02/15 23:04
千代の富士、北の湖、北天祐、大乃国・・・・・
昔話はもういいよ。氏んでくれ。

592 :待った名無しさん:04/02/15 23:05
やはり、3連覇中のカレリンが出てこないとレスリングが盛り上がらないからで
しょうね。130s以下級おシャカの理由は。カレリン見てたら日本人がどんなに
努力してもなれない体ですね。人種的な遺伝子の違いを感じますね。ですから大相撲に
外人が来るのは私は反対なのです。

593 :待った名無しさん:04/02/15 23:08
>>588
レスリング・ウェートリフティング・柔道の最重量クラスや陸上の投擲
競技にデブが出てくるのを極端に嫌ってる香具等らが欧米のIOC関係者
には少なからずいるらしいから、グレコローマンスタイルの廃止の動きや
女子レスリングの採用を狙ってたレスリング協会が空気を読んで提案した
って話もあったね

594 :待った名無しさん:04/02/16 00:10
肥満と喫煙は今は嫌われますからね

595 :待った名無しさん:04/02/16 05:45
584、590,591よ、ワレ、荒らすな、あほんだら!ぼけ!うせろ!しばくぞ!なめとんか!
他の方も今後、このような荒らしはいっさい反応せず無視する様に。
まじめな相撲ネタのみで掲示板を進行していきましょう。


596 :待った名無しさん:04/02/16 20:27
でもハワイ勢がいなくなって10kgくらいかな?平均体重減ったらしいね。
なんといっても今幕内で最重量なのが雅山か岩木山で180kg台だからね。
モンゴルの安馬は幕下昇進時90kg弱。いまも110kgないくらいで「ソップ型」だよ。
時天空も細いし、ブルガリアの琴欧州も205cmあるけど130kgくらいで「長身・ソップ型」
技の切れるモンゴル勢が台頭してくると、そのスピードに対抗できるように無理な体重増加に走らなくなって
ひとむかし前くらいの平均体重に戻るのではと期待している。

597 :待った名無しさん:04/02/16 20:32
>>ひとむかし前くらいの平均体重に戻るのではと期待している。

おまいさんの話は、全部「ひとむかし前」w


598 :待った名無しさん:04/02/16 20:40
>597
このスレ初めてかきこみましたが何か?

599 :待った名無しさん:04/02/16 20:50
>>598
気にすんな
昔の相撲の方が面白かったというレスを
全部同じ奴が書いてると妄想してる
頭がかわいそうな人だから

600 :待った名無しさん:04/02/16 20:59
そもそもここは昔話スレだろ


いやならドルジやロボのスレにいけばいいのにな



601 :待った名無しさん:04/02/16 21:05
ドルジスレには千代時代の懐古主義者も混ざってマンセーしてたりする

602 : :04/02/16 21:51
597みたいな糞は、相手にするな。相手するだけ時間の無駄。
無視して本論を続けようぜ。

603 : :04/02/16 22:09
今思うとハワイ勢が大相撲を重量化して変な方向に持ってったね。モンゴル勢の
対等はかえって良かったかもしれませんね。北の湖時代の古き良き時代に戻りつつ
ありますね。あの頃は平均130s無かったのでは。でも動きがあって楽しかったね。

604 :待った名無しさん:04/02/16 22:12
モンゴル勢の台頭といっても
直接的に影響力があるのは
今のところドルジだけだけどな

605 :待った名無しさん:04/02/16 22:37
>>604
ドルジ以外の蒙古勢も目立ってきているのは事実。

606 :待った名無しさん:04/02/16 22:43
>>605
でも他の力士に影響を与えるとこまでは行ってない
白鵬とか安馬あたりが三役の常連になったら
相当変わってくるだろうけどさ

607 :待った名無しさん:04/02/16 22:51
時天空なんか体重はともかく、身長はあるんだけど
なんとなく昔の力士っぽい雰囲気。
顔といい、繰り出す技といい。

608 :待った名無しさん :04/02/17 21:03
どっちにしても約20年間蔓延った重量神話がなくなって嬉しい限り。ハワイ勢が
20年相撲をおかしくしたね。彼らがいなければ貴乃花も増量しなかっただろうしね
膝の故障もなかっただろう。大乃国も対抗して太らなかっただろうし。

609 :待った名無しさん:04/02/17 22:46
旭富士も無理に増量しようとして膵臓壊したんだな

610 :待った名無しさん:04/02/17 22:55
>>609
なんでも就寝前に餅を10個食べるのを日課にしていたとか
そんなことしてたら膵臓も壊れるよ

611 :待った名無しさん:04/02/17 23:02
>>608
そういえば現役時代の寺尾が「相撲は脂肪でも何でも1gでも重い方が有利
なんです、金を出して体重が買えるならいくらでも出しますよ!」って
何かのインタビューで言ってたな

612 :待った名無しさん :04/02/18 00:03
140sあれば今でも堂々たる横綱になれる事をドルジが示してくれただけでも
収穫じゃないか。ハワイのポリネシア人のおかげだ大味なつまらない相撲になっちま
ってたしね。私生活ではいろいろ言われてるけど蒙古勢の相撲は面白いよ。
業の応酬で。

613 :待った名無しさん:04/02/18 00:04
またお前か。

614 :待った名無しさん:04/02/18 00:07
>>612
小錦と武蔵丸は、ミクロネシア系だよ。

615 :待った名無しさん :04/02/18 00:28
613>また君か。

616 :待った名無しさん:04/02/18 00:32
北の湖キチガイのジジイ
さっさと死んどけよ
出来れば悲惨な事故死とかキボンヌ
で、グロ画像になってネット世界の有名人にでもなっとくれ

617 :待った名無しさん :04/02/18 00:41
てめえこそ、うぜえんだよ。うせろ。引きこもりでPC上でしか自己主張
できねえくせに。可哀想なやつだぜ。

618 :待った名無しさん:04/02/18 01:05
>>616
あんた、そんなに取り乱さないで落ち着きなさいよ。

619 :待った名無しさん:04/02/18 01:49
>>612
でも、昔なら140キロなんて大型力士だぞ。
太刀山もそのくらいだったし、双葉山より重い。
やはり、今はそれなりに大きくなければダメ。
朝青龍は今の力士の中では相対的に小さいという意味ね。

620 :待った名無しさん:04/02/18 01:53
それどころか25・26年位前でも140キロ台は、
巨漢力士の部類になるよ。

621 :待った名無しさん:04/02/18 04:45
>>614
武蔵丸がサモア生まれなのは知ってるが、
小錦はどこなの?

622 :待った名無しさん:04/02/18 07:38
事故死まだー?

623 :待った名無しさん:04/02/18 09:41
ヤフ板の、今は廃虚と化した「70〜80年代の大相撲」の元常連がここに結構書き込んでいる悪寒。


624 :待った名無しさん:04/02/18 10:49
横綱玉錦の時代から知ってるけど、北の湖と取り口がよく似てたな。


625 :待った名無しさん:04/02/18 10:55
俺なんかさー、学生時代、角聖といわれた横綱常陸山をリアルタイムで見てたけどさー、
面構えといい豪快な相撲といい、北の湖見た時思わず「常陸山の再来」と思ったね。
とにかく近寄れないぐらい威圧感ある力士だったよ。

626 :待った名無しさん:04/02/18 11:04
私は旧両国国技館によく親に連れられて行ってましたが。2代梅ヶ谷籐太郎のほうが
似てたと思います。当時幕内平均体重が100s前後のじだいに158sありました
からね。しかも身長168p。今で言うならば小錦を初めて見た時に匹敵する驚き
がありました。でも前に出る相撲ぶり、穏やかな性格・・・北の湖を見た時に懐かしく
思い浮かびました。古い話でごめん。

627 :待った名無しさん:04/02/18 11:13
北の湖を見た時、小生は幼き日に見た横綱稲妻雷五郎を思い浮かべました。185p
で140sぐらいだったけど当時としてはかなり大型力士でした。相撲ぶりは私も
小さかったので覚えてませんが、顔立ちとくに細い目と一見きつそうに見える顔立ち
が北の湖を彷彿させるものがありましたね。81歳で亡くなられたそうです。
合掌。

628 :待った名無しさん:04/02/18 16:54
>>621
オアフ島じゃなかった?

629 :待った名無しさん:04/02/18 17:25
え?武蔵丸も曙・小錦もオアフ島じゃないの?
ほんで高見山がマウイ島。
南海龍が西サモア。

630 :待った名無しさん:04/02/18 18:32
●の生まれはサモアです。のちオアフ島に移った。

631 :待った名無しさん:04/02/18 21:26
>>630
じゃあ●は サモア ⇒ アメリカ ⇒ 日本 って二回国籍変えたのか?

632 :待った名無しさん:04/02/19 21:53
南海龍なつかしいね。酒癖が悪くて、二日酔いで千秋楽すっぽかして廃業したね。
確かプロレスいったのかな。

633 :待った名無しさん:04/02/19 22:50
北の湖って土俵入りで四股を踏むとき
一旦間を置くというか反動つけるみたいにしてたよね?
それが千代の富士だといきなり足を上げるからなんか違和感があった。

634 :待った名無しさん:04/02/19 23:15
四股の前、妙な反動つける力士って昔は結構いたよね。
佐田の山なんか大げさなくらい。

635 :待った名無しさん:04/02/20 00:07
昔貴ノ花が月間PLAYBOYのインタビューで北の湖の足をほとんど
あげない四股を真似しようとしたら自分は、出来ないと語っていたのを
思い出した。北の湖の四股は、かなり独特だったんだね。

636 :待った名無しさん:04/02/20 20:18
輪湖時代は、ある意味で理想的な2横綱時代だと思う。
特に昭和51〜52年までは、ほとんどの場所で
交互に優勝していたから。
優勝回数が北の湖24回に対し輪島14回で柏鵬時代と
比較してもかなり拮抗しているから。
対戦成績が輪島23勝北の湖21勝とこれも拮抗している。
その上輪湖の対決は、今でも多くの対戦で名勝負として残っており、
これほど実力が伯仲した2横綱時代は、今後出ないと思う。

637 :待った名無しさん:04/02/20 20:42
昭和51年
1月 2敗相星決戦 北の湖の勝ち
5月 優勝決定戦 北の湖の勝ち
7月 輪1敗、北2敗 2分近い大相撲の末、輪島の勝ち
11月 1敗相星決戦 2分近い大相撲の末、北の湖の勝ち(いわゆる庄之助最尾の一番)
昭和52年
1月 2敗相星決戦 1分を超える力相撲の末、輪島が浴びせ倒して勝ち
7月 輪0敗、北2敗 2分近い大相撲の末、輪島がすくい投げで勝ち
11月 1敗相星決戦 1分を超える力相撲の末、輪島が切り返しで劇的な勝利
以上、全て千秋楽結びの一番

たしかに、凄い時代だったね
優勝争いの凄まじさ、取り組み内容の面白さでは、柏鵬をしのぎ栃若に匹敵するんじゃないか?


638 :待った名無しさん:04/02/20 21:27
南海龍は最近おっ死んじまったよ。

639 :待った名無しさん:04/02/20 21:49
原因は。

640 :待った名無しさん:04/02/20 23:49
>>637
この2年間はともに152勝28敗優勝5回とぴったり同じなのも凄い。
  北の湖      輪島
51年72勝18敗優勝3回 77勝13敗優勝2回
52年80勝10敗優勝2回 75勝15敗優勝3回
面白いのは51年は優勝回数は北の湖が上回ったが、最多勝は輪島。
52年は全く反対で、優勝回数は輪島が多く、最多勝は北の湖。
51年はようやく北の湖が輪島への苦手意識を克服し、優勝を掛けた一番でも
勝てるようになったが、安定感では輪島が若干上回った(輪島は残る4場所は全て準優勝)
52年は北の湖がいよいよ充実を向かえ、衰えの見え始めた輪島が最後の抵抗を見せ、
優勝を掛けた一番では全て勝ったが、安定感では北の湖が上回った(北の湖は残る4場所全て準優勝)
対戦成績は決定戦も含めて輪島が7勝6敗で一つリード。
もう一つ、この二人が全く釣り合った数字で対峙したのが、53年名古屋場所。
14日目に全勝で激突したとき、両者はそれぞれ
優勝12回、うち全勝優勝3回、横綱昇進後の対戦成績10勝10敗(決定戦含む)
この大一番を制し、北の湖が輪島も達成していなかった3連覇を成し遂げたことで、
一気に優勝回数で差が開いていった。

641 :待った名無しさん:04/02/21 07:38
強い横綱が2人、しっかりしていると、場が引き締まるね。


642 :待った名無しさん:04/02/21 10:31
>637
取り組み内容では栃若とは比べるのも失礼だろう・・・
はっきりいって曙貴の方がまだ攻防の実はあった。
輪湖はいくらなんでもお互い手が無さ過ぎ。

643 :待った名無しさん:04/02/21 14:10
>>642
曙貴は四つ相撲好みにはもの足りんかったと思う。

644 :待った名無しさん:04/02/21 14:37
>>642
曙貴は大味だった気がするよ。
それに、大相撲と言える勝負はあまりなかった。

645 :待った名無しさん:04/02/21 15:34
輪湖は型を極めた名勝負。
これを手が無さ過ぎというのは、見る目ないな〜。

646 :待った名無しさん:04/02/21 15:49
>>645
しょうがないよ、若貴ブームから見始めたニワカファンだから、
本物を知らないんだよ。

647 :待った名無しさん:04/02/21 16:21
>>646
そそ、確かに輪湖は(←IMEで変換できた!)大概序盤はワンパターンだけど、
それぞれが得意の形だから、そこからの攻防が面白い。
ここ最近の横綱大関戦は相撲はどちらかが優勢というのが多かったり、
どちらかが押し相撲だったりして、緻密さに欠ける。
貴乃花だったらけんか四つだけど魁皇戦が一番面白かったな。

648 :待った名無しさん:04/02/21 16:42
>>642は、あの輪湖の力のこもった大熱戦が理解できないのか?
曙の大雑把な相撲がいいというのか・・・

輪湖世代のオヂサンにはわかりまへんな。

649 :待った名無しさん:04/02/21 19:46
昭和53年初場所の輪湖が9連勝で並んでいたが、10日目に輪島が
豊山に負けて歯車が狂って最終的に10勝5敗だった。
一方北の湖が15戦全勝で北の湖独走時代の始まりとなった。
輪島に変わる北の湖のライバルと思われた若三杉は、13勝2敗の
好成績を挙げた。若三杉は、2場所続けて北の湖を破り、優勝決定戦で
は2場所続けて敗れたものの横綱に推挙された。若乃花と改めて輪島
に変わる北の湖のライバルと見られたものの実力差があることと怪我に
泣かされたために輪湖のように一時代を築くことが出来なかった。

650 :待った名無しさん:04/02/21 20:50
政略結婚に振り回された上、銀座のママとの不倫スキャンダル、肛門周囲膿瘍という惨めな病気による脱力。
横綱昇進以降の若三杉は、ツカンポの花満開だった。


651 :待った名無しさん:04/02/21 23:28
>>650
輪島も2代目・若乃花同様私生活でかなりのトラブルがあったね。
それでも輪島は、14回も優勝しているわけだから精神面で
かなり強いと思う。実際かなりの実力があったから。

652 :待った名無しさん:04/02/21 23:40
>>651
輪島はゴシップや中傷なんか屁とも思わない図太さがあったからな。

653 :642:04/02/21 23:55
北玉時代からリアルタイムで見ておりますが?
輪湖のビデオテープを毎場所見せられているような取り組みには
いくらなんでも工夫が無さ過ぎ、単なる根競べの感しか持てませんな。

654 :待った名無しさん:04/02/22 00:02
その根競べこそが相撲の原点やないか。
>>642は長いこと相撲見てるわりに目が肥えていないということかな。

655 :待った名無しさん:04/02/22 10:30
>>654
まあ人の見方はそれぞれだから、あんまりいじめてもしょうがないでしょ。
曙貴の方が見応えがあるんだったら仕方がない。
長く見続けても目が肥えない人もいるってことで。

656 :待った名無しさん:04/02/22 10:41
輪島→左下手で十分
北の湖→右上手で十分
だから互い十分の形で組むことになるのは必然

657 :待った名無しさん:04/02/22 11:10
>>652
図太いんじゃなく事の重大さを理解できないだけ

658 :待った名無しさん:04/02/22 19:38
642は相撲を見る目がないのではなく、単に輪湖が嫌いなだけだろう
輪湖決戦が史上最高の四つ相撲だったのは疑いが無いが、嫌いな香具師がいても不思議ではない

659 :待った名無しさん:04/02/22 19:58
じゃあ642は四つ相撲が嫌いなのかもしれないね。

660 :1です:04/02/23 05:54
最近このスレも独り立ちして当方が話題出さずとも盛り上がって
くれてるようで嬉しい限りです。

対輪島戦の面白さとは至高とも言うべき左四つでの攻防にあった訳です。
全盛期の北に取って右上手とは(双葉山の左上手もまた然り)
「取っただけで客が帰り支度を始める」
という形容も、あながち間違いではない程の磐石の強さを発揮する
力の根源であった訳ですね。

それを敢えて「ほれ、取りたきゃ取れ」と言わんばかりに他の力士に
とっては恐怖のマトとも言うべき北の命綱たる右上手を敢えて取らせ
「その代わりこっちは頂くぞ」とばかりにがっちりと左の下手を引き、
右からは強烈に絞る輪島の相撲は他の力士には決して真似のできない
変則ながらも「横綱相撲」であり得た訳です。

お互いが十二分に力を出せる体制になるまでは確かにワンパターン
と言えるかもしれませんが、その後の展開たるや常に力相撲。
特に輪島が年齢と共にスタミナ切れが目立つようになるまでは
毎場所のようにスリリングで手に汗握る攻防が見られたものです。

>>642さんのような考え方はあまりにも輪湖の相撲のみを毛嫌い
してるように感じてなりませんね。スピード相撲がお好みなんでしょうかね。

661 :待った名無しさん:04/02/23 08:16
こんな感じ?

立会い、北の湖やや右に回って右上手を取ると、輪島も左下手を取り、左四つ。
土俵中央で数呼吸後、
輪島が右からおっつけて寄ると、北の湖は後退しながら右上手投げ、
輪島も土俵際で左から下手投げを打ち返し、両者残って土俵中央に戻る。

輪島、右おっつけから思い切った左下手投げにいくも、北の湖足を送って難なく残す。
輪島の動きが止まると、北の湖は二度、三度と右上手をひきつけて寄り身を見せるが、輪島半身でこらえて土俵中央に戻る。

その後、輪島の右おっつけ、北の湖のひきつけなどの応酬があったが、ともに決定打とならず、
水。

水入り後、北の湖は強烈な右上手投げをはなつ、
輪島は前のめりになりながら懸命に残し、半身の態勢を維持する。
北の湖はなおも右上手をひきつけて寄ると、
輪島、右足一本で耐えて辛うじて寄り返したが、遂に胸があって左四つがっぷり。

数呼吸後、北の湖が渾身の力でひきつけて寄ると、
輪島は土俵際、爪先立ちで懸命に残すが、
遂に力尽きて土俵の下に転げ落ちた。

北の湖(寄りきり)輪島





662 :待った名無しさん:04/02/23 09:10
>>661
昭和53年名古屋場所の全勝対決だね。

663 :待った名無しさん:04/02/23 23:23
>>660
そうそう。この一番は左相四つで輪島が下手半身で十分という変則だったから
どうしても同じ体勢になる。
北の湖は右上手が欲しいが、そうなると必ず輪島十分の左下手は与えざるを得ない。
輪島は左下手を取りたいが、そうなるとまず北の湖十分の右上手を取られざるを得ない。
並みの相手なら、北の湖は右上手を取れば胸を合わせずとも前に出れたが
輪島相手では下手投げがあるから迂闊に出れない。
輪島も他の力士なら、半身で絞り上げれば下手投げを決められたが、北の湖相手では
不用意に下手投げに行くと逆に胸を合わせられる。
お互い手の内を知り尽くしたもの同士が、十分の体勢で組み合い、そこから
より自分有利の体勢に持ち込もうとする駆け引き、根競べは一見静かに四つに組んでいる
ように見えながら、息の抜けない緊張感があった。

664 :待った名無しさん:04/02/24 06:45
漏れは輪湖時代はリアルタイムで見てないクチだが
ここの書き込み見てると全盛期の輪島がドルジと
対戦したら決して両差しは許さず得意の左半身の
体制から黄金の左で放り投げたのではないかと思う。
中量級までの相手を手玉に取るのは輪島のお家芸。

逆に北の湖だとドルジの速効に慌て癖が出て、
結構アップアップさせられたんではと思うなぁ。

665 :          :04/02/24 12:07
北の湖はガチンコなら間違いなく32回以上優勝してたらしい。輪島も14回しか
優勝できなかったのが信じられないほどガチでは強かったそうだ。二人とも金がないた
めにほしを売ったからこの程度の成績らしい。正真正銘の実力者同士の対決だから
白熱してたね、しかし輪島の左下手からの右押っつけは見た目にもすごかったな。
128sで170sと対等にガチで渡り合うのだから輪島は怪物だよ。

666 :                  :04/02/24 12:21
輪島は羽鷲山や旭国や北瀬海、増井山といった小兵に強かったからドルジも
うまく裁くのではないかな。輪島の下手投げは左膝で相手の膝を跳ね上げながら
投げるので、ドルジもほうりなげられるだろう。

667 :待った名無しさん:04/02/24 12:43
立会いにドルジが輪島の顔を何発か張って、ひるませればドルジにも勝機がありそうだ。
昭和52年11月中日の三重ノ海のように

668 :待った名無しさん:04/02/24 14:22
ドルジは140kgもあるんですが。

669 :待った名無しさん:04/02/24 15:55
輪島がもし今の相撲界にいても大関止まりじゃないの。
左四つだったら魁皇のほうが強いだろうし、千代大海の
ような一気に出てくる相手には弱いだろう。
まあ、格下には滅法強そうだが。

670 :              :04/02/24 17:43
輪島が今の時代に角界に入ってたら、今の飽食の時代から考えても150sぐらいには
なっただろう。抜群の足腰の強さに、群を抜くかいな力、天才といわれた相撲のうまさ
にその体重が加われば無敵だろう。

671 :待った名無しさん:04/02/24 18:07
>>669
千代大海といえども足腰のいい輪島を簡単に押し出すこと
はできないと思う。組み止められたら勝負にならないだろ
うし。
ただ魁皇の場合は、左下手にこだわるあまり、強引な小手
投げを食らって黄金の左腕を壊される危険はある。
過去、左を差した力士が何人も壊されてるからな。



672 :待った名無しさん:04/02/24 18:18
そういえば、魁皇が関脇で連続して勝ち越していた頃、北の湖がインタビューで、
「魁皇が右上手を取ったときの強さは、親方の現役時代を思わせるものがありますね」
とアナウンサーに水を向けられて、「いやいや、右上手取ったら、私なんかより全然強いですよ」と答えていた。
その後、魁皇が北の湖と酒を呑んだとき、酒癖の悪い魁皇が「親方〜、俺さぁ〜、
右上手取ったら親方の現役時代より強いと思うんだけどな〜。そんな俺がなんで大関になれないんだろ〜」
と絡んだらしい。温厚な北の湖もさすがにムッとしたらしいが(w

673 :               :04/02/24 19:14
輪島は右四つでもとれたね。むしろ左上手で右かいな返した方が型が良かった。
魁皇戦は右まわしにこだわる魁皇を輪島は右四つに組み留めて左出し投げから
の寄りで勝負つけるとおもう。

674 :待った名無しさん:04/02/24 20:53
輪島の強さは本物だ。なにしろ、あの北の湖の頭を数年間に渡って抑えつけて、
北の湖独裁時代の到来を阻止したんだ。
むろん今の時代でも、輪島は横綱になれるだろう。

たとえ読み書きがろくにできなくても、間違いなく天才だった。

675 :               :04/02/24 22:01
輪島と横山ノックは漢字が全く読めないから振り仮名うってたらしいね。
しかし輪島は若乃花や他の左四つの力士とは立ち会いから上手を取りに行ってたけど、
北の湖とだけは最後まで左半身にこだわったな。

676 :待った名無しさん               :04/02/24 22:17
輪島は土俵入りも一流だったよ。肩幅が広く顔の彫りも深かったのでよけいに
見栄えがしたな。晩年でも伸び盛りの千代の富士をまるで相手にしなかったね。
私生活を除けば名横綱だった。しかし引退後は元、迷横綱になるとは・・・
まあ予想はしてたけど。

677 :待った名無しさん:04/02/24 22:21
輪島が現役だったら闘牙あたりが苦手なんだろな

678 :待った名無しさん:04/02/24 22:24
高見山と闘牙、もみあげが苦手かもw

679 :待った名無しさん:04/02/24 22:27
大関2場所目で13勝。
次の場所で横綱昇進がかかることを聞かされ
「そうか、本当だな、13勝以上すれば、(横綱に)なれるんだな?」
と言い15戦全勝。

天才や。

680 :待った名無しさん:04/02/24 22:47
あれほどの天才が高見山ごときに負けるのが不思議だったな。


681 :待った名無しさん:04/02/24 22:51
大錦に連敗していたような記憶がある。
あと技能賞候補の常連として充実していた頃の北瀬海とか。

682 :待った名無しさん:04/02/24 22:55
三重の海にも晩年は分が悪かったな。でも全盛期の北の湖に勝ち越したのは
凄いよ。

683 : :04/02/24 23:02
輪島の左半身からの右押っつけ、左下手投げをリアルタイムで見てた俺は
幸せ者だよ。あんな異能力士は二度と出てこないだろう。

684 :待った名無しさん:04/02/24 23:02
>>680
そのかわり輪島は、旭国・鷲羽山などの小兵力士には
絶対的な強さを持っていた。

685 :待った名無しさん:04/02/24 23:07
輪島には吊りがあったからね、小兵や貴乃花みたいな軽量力士はいつもがっぷり
から高々とつり上げてたね。

686 :待った名無しさん:04/02/24 23:10
輪島は相撲界の異端革命児って感じかな。
野球でいえば落合。
どちらも本当は掛け値無しの実力者という共通点がある。

687 :待った名無しさん:04/02/24 23:14
輪湖の対決は、昭和51・52年ごろまではがっぷり四つになっても
互角だったけど、昭和53年以降は、北の湖が熱戦の末に輪島が
スタミナ切れになって勝つケースが目立つようになった。

688 :待った名無しさん:04/02/24 23:18
で、北の湖と輪島は今でも個人的な付き合いはあるんかね?

689 :待った名無しさん:04/02/24 23:23
輪島はアメフトの監督してるみたいよ。つきあいは無いでしょう。
北の湖にとってメリットないでしょう。

690 :待った名無しさん:04/02/24 23:23
鷲羽山は、輪島には全く歯が立たなかったけど、十両と幕内下位の時代
とはいえ巨漢・小錦にはかなり分がよかったし、旭国も高見山に対して
分がよかったよ。相撲には相性があるのが良くわかる。

691 :待った名無しさん:04/02/24 23:23
さぁ?ないんじゃないの。


692 :待った名無しさん:04/02/24 23:33
北の湖、輪島、若乃花は、常に左相四つの大相撲になったね。そう考えると
2代若乃花も実力者だったな。

693 :待った名無しさん:04/02/24 23:43
そういや魁傑−旭国の2度の水入り大相撲があったのもそのころかな。
栃赤城がなぜか輪湖には全く通じなかったのもふしぎだったね。

694 :待った名無しさん:04/02/24 23:48
晩年の北の湖ー若嶋津戦を見るに忍びなかった。北の湖が攻めていても
最終的に若嶋津が逆転勝ちするパターンが増えたから。全盛期では、
こんなことはあり得なかった。その若嶋津も北の湖が引退直後の昭和60年
あたりから急速に力が衰えてしまった。稽古場で休場続きの隆の里の調整役
を務めさせられたために自分本来の稽古が出来なくなったことが大きな原因
らしい。

695 :待った名無しさん:04/02/24 23:53
俺の心の中の北の湖は昭和57.1場所で終わっている。後は別人だと思っている。


696 :待った名無しさん:04/02/24 23:54
>>693
栃赤城は、技能相撲というより半端相撲だったから輪湖にとって
それほど脅威でなかったと思う。
それでも栃赤城は、北の湖に何度か勝ったことがあるよ。

697 :待った名無しさん:04/02/24 23:57
栃赤城が勝ったのは大相撲トーナメントでしょう。本場所ではみたことないよ。
しかし栃赤城は若くして亡くなったね。寂しいね。

698 :待った名無しさん:04/02/24 23:59
北の湖は対戦がワンサイドになる事がおおかったね。

699 :待った名無しさん:04/02/25 00:02
なにしろ右上手を取った時点で客が帰り仕度を始めた(マジ

700 :待った名無しさん:04/02/25 00:05
輪島ぐらいだろ、北の湖に右上手取られても客が帰らなかったのは。しかも
ぎゃくに勝つのだから、輪島も大した物だ。


701 :待った名無しさん:04/02/25 00:11
>>697
昭和56年と57年に栃赤城は、北の湖に3個の金星があるよ。
しかしかつてほどの力が無くなって栃赤城は、3個の金星を挙げた
場所の中で殊勲賞を獲得したのは、昭和56年春場所だけだった。
解説者の玉の海さんは、栃赤城の相撲を「器用貧乏」と評していたらしい。

702 :待った名無しさん:04/02/25 00:20
栃赤城が貴乃花を裾払いで破った勝負をいまでも思い出すよ。
あと三重の海を逆取ったりで、若乃花を小手投げで。旭国をかけ投げで
やぶったね。当時としてはかなり珍しい技だった。

703 :待った名無しさん:04/02/25 00:22
千代の富士も栃赤城の下手投げには歯が立たなかったね。栃赤城の右半身は
ほんとうに粘っこかったな。

704 :待った名無しさん:04/02/25 00:24
ちなみに
 北の湖13-3栃赤城
最後は栃赤城が連勝して終わっている。

705 :待った名無しさん:04/02/25 00:33
>>704
北の湖の衰退期に差し掛かったことに影響しているのかな。
昭和56年九州場所は、8日目に飛騨乃花に負けて入門後
初の途中休場をしているから。翌場所も負けたけど、
この場所は優勝したものの昭和57年春場所以降途中休場や
全休が目立つようになってきたから。

706 :待った名無しさん:04/02/25 14:23
昭和58年初場所中日、北の湖が新大関若島津(もう嶋だったっけ?)にもろ差しで土俵際まで寄り詰めながら、回り込まれて残され、出し投げか何かで負けたのは衝撃的だったな

707 : :04/02/25 16:34
58年頃は北の湖は膝が悪くて酷い状態だったね。若島津なんか数年前なら
問題ない相手、つり上げて終わり。それだけにあの負け方は俺もショックだったな。

708 :待った名無しさん:04/02/25 17:52
初の休場となった56年の九州場所までに23回優勝して
それ以後引退までの20場所で1回しか優勝できなかったんだから
これほど故障が影響した力士っていうのも珍しいよね

709 : :04/02/25 18:20
そのギャップがあまりにも激しすぎたな。それだけに、忍びなかったな。昔は憎いくらい強かったしね、
かつてのアンチ北の湖ファンも晩年は応援してたしね。

710 :待った名無しさん:04/02/25 18:36
俺はちょうどその晩年から相撲を見始めたから、北の湖は顔は怖
いけど巨体を持て余しているあまり強くない横綱だなという印象が
強いんだよね。輪島なんかとっくに引退してたし。
逆に千代の富士の全盛期はいやというほど見たから、どうしても自
分の中では千代の富士>北の湖なんだよね。

711 : :04/02/25 18:47
52.9〜53.7にかけて6場所で85勝5敗の成績を残した北の湖は本当に
強かったよ。それに対峙した輪島もね。しかも千代の富士は輪島に子供扱いされてた
しね。私の中では、北の湖>輪島>千代の富士なんだよ

712 :待った名無しさん:04/02/25 19:48
>>711におおむね同意。



713 :待った名無しさん:04/02/25 21:15
その力士の全盛期を知らずに衰退期だけ見ていると、弱い力士にしか見えないことってあるよね。
今の貴ノ浪とか、大関陥落後の小錦とか。
貴乃花だって98年以降だけならダメ横綱に近いし。
漏れは北の湖の全盛期後半から見ているから、>>711とほぼ同じ意見だけど。

714 :待った名無しさん:04/02/25 21:30
>>708
北の湖は若い頃、大怪我で休場した経験がなかった。
これが仇になった面があったと思う。
大鵬や千代の富士は若くて回復力がある時に、怪我での休場を体験しているから、
怪我したときの対処の仕方を身につけられたんじゃないかな。
北の湖は肉体的にも衰え始めた時期に(衰え始めた故にか)怪我が多発した。
本人はこの程度の怪我、大したことはない、と無理をした面があったように感じる。
58年初場所始め、57年夏以降は強行出場して途中休場するよりも、
全休してしまった方が良かったんじゃないかと思われる場所がいくつかある。

715 :待った名無しさん:04/02/25 22:10
相撲取りは、野球選手に比べて肉体の衰えが早いね。
北の湖が引退した昭和60年に同じ昭和28年生まれのロッテ・落合が
三冠王を獲得しているし、阪神・真弓がチームの主力として34本塁打を
記録しているから。相撲取りは、15の頃から激しい稽古で肉体を野球
以上に酷使していることが大きな原因だろうけど。

716 :待った名無しさん:04/02/25 22:21
体重があるから膝や内臓に負担かかるというのもあるし、
野球のほうが肉体の衰えを技術やそれ以外の部分でカバーできるというもある。
ゴルフなんか野球以上に選手寿命ながいし。

717 :待った名無しさん:04/02/25 22:21
そんな北の海が唯一、恐れていた相手は前田日明なんだってね。

718 :待った名無しさん:04/02/25 22:24
>>714
若い頃から怪我が多いと、そのたびに体を休めるから疲労がたまらないらしい。
怪我を全然しないと、疲労がたまっていく一方で、一定の年齢の時に
一気にガタが来るらしい。
野球のピッチャーなんかでも今中や黒木みたいに怪我知らずだったのが
急に大怪我すること多いから
ドルジは若い頃の北の湖みたいに怪我が少ないタイプだね

719 :待った名無しさん:04/02/25 22:43
北の湖は13歳から角界に入り、横綱になっても輪島や若乃花、三重の海、貴乃花
怪傑、旭国ら左四つの相四つが不思議とかたまってたので、常に大相撲で体力の
消耗も激しかったのでは。しかし琴桜が引退してから千代の富士登場するまで7年間
上位に右四つが不在というのも不思議だったね。まー見る方としては相四つ大相撲
の方が楽しかったけど。

720 :待った名無しさん:04/02/25 22:48
この大横綱を語る上で56年名古屋というのは避けて通れませんね

721 : :04/02/25 22:53
貴ノ花−輪島は常にがっぷり四つからの、つり合いが見応えあったね。
結局いつも輪島が吊り勝つのだけどね。

722 :待った名無しさん:04/02/25 22:57
>>720
14日目の朝潮戦ね。あれが衰退の幕開けだったかな。
朝潮に連敗していたとはいえ、それまでは攻め込んでの
逆転負けが多かったが、この場所以降は馬力負けするようになる。
この後の巡業で膝を痛めたのも大きかった。
翌秋場所では別人のように下半身がバタバタしていた。
ただ本人も56年頃から徐々に肉体の衰えを感じ始めていたらしい。
深酒しても翌朝に残るようになってきたそうだ。

723 : :04/02/25 22:58
56.7といえば千秋楽、大関千代の富士との相星決戦だったね。
千代が右上手出し投げで北の湖を横向きにして一気に寄り切った勝負でしたね。
天下分け目といえなくもない勝負でしたね。

724 :待った名無しさん:04/02/25 23:02
北の湖は実は朝汐、千代の富士と2歳しか違わないんだね。
戦ってる時は10歳くらいちがう雰囲気があったね。大ベテランと新鋭みたいにね。

725 :待った名無しさん:04/02/25 23:06
>>724
活躍時期は明らかに一世代ずれるしね。

726 :待った名無しさん:04/02/25 23:11
56名古屋千秋楽は劇的な一番だったなあ

727 :待った名無しさん:04/02/25 23:13
映画で有名になった「南太平洋」の作者ジェームス・A・ミッチェナーに
よると相撲のピークは、25〜26歳ぐらいで野球が27〜28歳ぐらい
らしい。
北の湖と大鵬の全盛期の年齢を見るとうなづける。

728 :待った名無しさん:04/02/25 23:15
13日目までは融通無碍、完璧な取り口だったのにね。
11日目に高見山の猛攻に土俵に詰まったのがあるくらいで、本当に盤石の強さを見せていた。
それが朝汐戦を境に、一気に下り坂に向かうんだからねえ。
貴乃花と並んで、最もターニングポイント前後の変化が劇的だった力士の一人かもね。

729 :待った名無しさん:04/02/25 23:22
分岐点を56名古屋にするか57初にするか

730 :待った名無しさん:04/02/25 23:31
59初の8勝7敗とは・・

731 :待った名無しさん:04/02/25 23:36
>>729
分岐点は、昭和56年九州場所でしょう。なぜならば北の湖が初の途中
休場をして、千代の富士が横綱として朝潮との優勝決定戦の末に初優勝
したわけだから。
当時の朝潮は、北の湖だけでなく、千代の富士も苦しめていた。
その当時の千代の富士を見てまさか大鵬・北の湖級の大横綱になるとは、
夢にも思わなかった。
輪島・玉の海と同じ程度の名横綱になるとは、思っていたけど。

732 :待った名無しさん:04/02/25 23:46
北の湖は、全盛期が終えた後も3年以上現役を続けたあたりからして
周囲の目に惑わされない名声欲が薄い人なのではないかと思う
(名声自体は十分すぎるほど持ってるけど)

733 :待った名無しさん:04/02/25 23:51
>>731
千代の富士の横綱としての初優勝と書くつもりだったのが、
横綱としての文字が抜けてしまった。

734 :待った名無しさん:04/02/25 23:51
>>731
>その当時の千代の富士を見てまさか大鵬・北の湖級の大横綱になるとは、
夢にも思わなかった。


これは当時を知る多くの人が言いますね

735 :待った名無しさん:04/02/25 23:52
>>734
優勝回数が20回に届こうかという時でも、
あくまでも栃若級、という感じの評価を
していた人も結構いた。

736 :待った名無しさん:04/02/25 23:56
大鵬の記録を抜くかと多くの人に言われたのはむしろ優勝20回頃の
北の湖の方だったんじゃないかと想像してますが

737 :待った名無しさん:04/02/26 00:03
>>736
北の湖は、攻撃相撲で怪我らしい怪我をしたことが無い
丈夫な体だったからじゃないの。
実際北の湖は、丈夫な体だと思う。
引退後大鵬は、脳梗塞に倒れて今でもリハビリを受けているけれど、
北の湖は、健康体で相撲協会の理事長を務めているのだから。

738 :待った名無しさん:04/02/26 00:04
>>736
昭和55年春・夏・名古屋と3連覇を果たした(このときちょうど20回目の優勝)頃、
新国技館開館が昭和60年初場所、と決まった。
で、年3回ペースで優勝していけばその頃ちょうど32回に届くと皆が言ってましたね。
当時北の湖は「不沈艦」と言われ、他の上位陣がガタガタに崩れてもほぼ毎場所優勝争いに絡んでいた。
あの当時、ボロボロの晩年を想像した人は誰もいなかったのでは。

739 :待った名無しさん:04/02/26 00:06
>>736
大鵬も北の湖も初優勝から23回目の優勝まで48場所で全く同じだったからね
しかも北の湖の場合は何回か優勝を奪われた輪島がいなくなって、一人天下
になるだろうと思われていたし


740 :待った名無しさん:04/02/26 00:41
57〜58年ごろが衰退期というのも今だから言える面もあって、
当時はそのうち復活するのでは、と多くの人が考えていたのでは
ないでしょうか。H9〜11の貴乃花のように。

741 :待った名無しさん:04/02/26 00:55
千代が初優勝したときも、次の日の新聞では、本割で勝った北の湖の
緊張感が希薄だった、みたいな書き方だったと記憶している

742 :待った名無しさん:04/02/26 06:19


743 :待った名無しさん:04/02/26 08:41



名前:
E-mail:
内容:
昭和56年 7月 東横綱 13勝 2敗 
昭和56年 9月 東横大 10勝 5敗
昭和56年11月 西横大  5勝 4敗 6休
昭和57年 1月 西横大 13勝 2敗 優23
昭和57年 3月 東横綱 11勝 4敗
この辺までは、躍進著しい千代の富士、でも第一人者は北の湖といわれていたと思う

昭和57年 5月 西横綱  9勝 4敗 2休
昭和57年 7月 東張横 15休    
この場所で千代が3連覇したが、内容の無い白けた場所で『北の湖さえいればこんなに白けなかった筈、千代にはまだ北の湖の代わりは勤まらない』などと言われていた

昭和57年 9月 東張横 10勝 5敗
北の湖の不成績は単なる怪我・不調ではなく、衰退ではないか?という論調が出始めたのはこの頃では?

昭和57年11月 東張横  9勝 3敗 3休
昭和58年 1月 西横綱  5勝 4敗 6休
2場所続けて躍進する若島津になすすべなく敗れ去り、休場に追い込まれ、衰退・北の湖という印象が決定的に。ただ、まだじっくり治して再起を!という好意的な記事が多かったと思う

昭和58年 3月 西横綱 15休
昭和58年 5月 西横綱 15休
昭和58年 7月 西横綱 15休
『大相撲』で北の湖は復活できるか?との特集記事が組まれる



744 :待った名無しさん:04/02/26 08:43


昭和58年 9月 東張横  4勝 1敗10休
晩節を汚さないうちにこのまま引退すべきだという声が出始めたのはこの頃か?

昭和58年11月 東張横 11勝 4敗
昭和59年 1月 東張横  8勝 7敗
大ノ国、保志らの若手、千代の富士、隆の里らの横綱陣に全く歯がただず、春も8番、9番に終わるようなら引退するしかない等など、酷評されていた。正直、この時はもう駄目だと思った。

昭和59年 3月 東張横 10勝 5敗
昭和59年 5月 西横綱 15勝   優24
劇的な復活優勝。マスコミ、掌を返したように北の湖を絶賛。NHKでは1時間の特番まで流す。


昭和59年 7月 東横綱 11勝 4敗 
昭和59年 9月 東横綱  3敗12休 
昭和59年11月 東張横  3勝 4敗 8休
晩節を汚さないうちに引退を!と再び非難ごうごうに。横審に引退勧告までされたような記憶が

昭和60年 1月 西横綱  3敗    (引退)
『巨星墜つ』
千代の富士が『一番くらいは勝ちたかったでしょうね…』としんみりしたコメントをしていたのが印象に残る




745 :待った名無しさん:04/02/26 12:47
>>744
NHKが高見山引退の特番を流せなかったから北の湖の特番を
流したと思うけど。
ジェシーの言い分だとNHKの取材陣がハワイまで勝手に
押し寄せたから引退特番を放映させなかったらしい。

746 :待った名無しさん:04/02/26 12:53
確かに昭和57年以降北の湖の影が薄くなったね。
2代目・若乃花も千秋楽まで出場するまで回復したけど、
往年の力が無く、優勝争いに加わることが無かった。
千代の富士が大活躍した背景には、この2横綱の不振も
大きな原因だと思う。

747 :待った名無しさん:04/02/26 14:35
>>745
特番あったね
自転車で商店街を突っ走る(?)北の湖に「北の湖頑張れや!」って
声をかけたおっちゃんに嬉しそうに「おおきに!」って返答する
北の湖を見てなぜか、本当に衰えたんだなって思った記憶がある

748 :待った名無しさん:04/02/26 20:08
昭和58年に隆の里が横綱になって、千代隆時代が到来して
相撲人気の衰退を食い止めることが出来た。
しかし隆の里の年齢は、すでに30になっており、活躍できた
時期はかなり短かった。

749 :待った名無しさん:04/02/26 20:36
昭和57年から58年の隆の里の強さは凄まじかったね。
左上手を引いたらもう勝負あったという感じだった。
特に、昭和58年7月(横綱昇進を決めた場所)から11月までの『瞬間最大風速』なら、全盛期の北の湖に匹敵する強さがあったと思う。


750 :待った名無しさん:04/02/26 20:42
一瞬の光芒を放った点で、隆の里と三重ノ海は似ているね。

751 :待った名無しさん:04/02/26 20:49
>>749
この年(昭和58年)78勝しているんだものね。優勝は2回だったけど。

752 :待った名無しさん:04/02/26 20:53
昭和59年初場所隆の里が千秋楽の相星決戦で千代の富士を
下し優勝したのが最後の輝きだった。

753 :待った名無しさん:04/02/26 21:11
>>724
オスカープロモーションで言えば
後藤久美子、藤谷美紀(共に昭和48年度生まれ)と米倉涼子(昭和50年生まれ)みたいなものだな。

754 :待った名無しさん:04/02/26 21:31
大鵬と琴桜が昭和15年生まれの同い年なのに活躍した時期が違うね。
大鵬が昭和30年代中盤〜昭和40年代中盤まで大活躍したのに
対して、琴桜が昭和40年代の後半だけ大活躍したから。
親方としての実績は、琴桜のほうが圧倒的に上だけれど。

755 :待った名無しさん:04/02/26 21:35
琴桜は、万年大関候補だったために「うば桜」と呼ばれた。

756 :待った名無しさん:04/02/26 21:45
貴乃花と買い王みたいなものか

757 :待った名無しさん:04/02/26 21:46
柏鵬以降のB級横綱
栃ノ海、佐田の山、琴櫻、2代目若乃花、三重ノ海、隆の里、双羽黒、
大ノ国、北勝海、旭富士、3代目若乃花
結構多い感じがする。武蔵丸は、実績はA級だけれど、印象度はB級
だったから微妙な感じ。

758 :待った名無しさん:04/02/26 21:51
大ノ国・3代若はC級という噂もあるけどな

759 :待った名無しさん:04/02/26 21:55
初めて相撲見始めたのはS59末ですけど、
小学館の子供向け相撲ブックで、力士紹介コーナーがあり、
北の湖が現役力士の中でダントツの実績を持つ大横綱だというのを
知りました。
なのに、何故か3横綱の中で3番目に載っていたのが子供心にも
不思議だった記憶あります。

760 :待った名無しさん:04/02/26 21:57
3代目若乃花は、栃ノ海と同じように悲運の横綱と
呼ばれることが多いね。

761 :待った名無しさん:04/02/26 21:57
北勝海はB+くらいはあると思う

762 :待った名無しさん:04/02/26 21:58
横綱になったことが悲運だと思う<3代若

763 :待った名無しさん:04/02/26 22:01
>>762
栃ノ海と3代目若乃花は、大関のままだったらもう少し長く
現役で取れていたと思う。

764 :待った名無しさん:04/02/26 22:12
「もう一度優勝しないと、今までの23回の優勝がフイになるんじゃないか、
相撲人生が駄目になるんじゃないか、と思いました」と言ってたね<引退後

765 :待った名無しさん:04/02/26 22:17
>>764
北の湖は、自身の限界を悟っていたおり、引退の直前に記念となる
最後の優勝を是が非でもしたかったのだろう。

766 :待った名無しさん:04/02/27 05:50
2代若乃花はB級+  じゃないか。優勝こそ少ないが、52〜55年にかけての
安定性は素晴らしかったよ。不世出の北の湖と同時代だったのが不運だったね。
あと私生活のゴタゴタ。北の湖や輪島と左四つがっぷりで渡り合ったのだから
実力は高い評価をあたえたいね。

767 :待った名無しさん:04/02/27 12:21
若乃花U・Vは大関時代のほうが持ち味出てたという評価をよく聞きますね。
やっぱり力士によって「横綱の器」「大関の器」みたいのはあるのかもね。

768 :待った名無しさん:04/02/27 13:12
栃の海なんかは大関のままなら、小兵の名大関として後世に語り続けられたのに
間違って横綱になったばかりに悲惨な事にんってしまいましたね。
魔猿は大関でも横綱でも人格面で問題あったから一緒だろうけど。

769 :待った名無しさん:04/02/27 13:16
>>767
勝の方はその通りだけど、2代目の方は昭和55年までは横綱らしい成績を挙げてましたよ。
北の湖・輪島に比べると見かけの強さに欠けるところがあったけれど、安定感抜群でした。
富士桜や琴風といった特定の相手にはよく負けていたけど、それを除くと取りこぼしは少なかったし。
晩年の不成績と師匠令嬢との離婚騒動が印象を落としているという感じですね。

770 :待った名無しさん:04/02/27 13:39
そのとおり、二代若乃花は時代と部屋環境に恵まれてたら、名横綱になったと思う。
10回は優勝したと思うよ。

771 :待った名無しさん:04/02/27 14:35
二代目若乃花は新横綱(昭和53年7月)から昭和56年1月まで、16場所連続2桁勝利を挙げています。
新横綱からの連続2桁勝利記録としては、大鵬と並んで史上一位タイです。

で、この間、関脇以下に取りこぼした相手
昭和53年7月 富士桜・琴風(11-4)
昭和53年9月 富士桜・琴風(12-3)
昭和53年11月 なし(15-0・優勝2)
昭和54年1月 なし(11-4)
昭和54年3月 富士桜(12-3)
昭和54年5月 なし(14-1・優勝3)
昭和54年7月 なし(11-4)
昭和54年9月 巨砲・出羽の花(11-4)
昭和54年11月 栃赤城(12-3)
昭和55年1月 栃赤城・富士桜(11-4)
昭和55年3月 荒勢・巨砲・千代の富士(12-3)
昭和55年5月 琴風・朝汐(12-3)
昭和55年7月 鳳凰・魁輝・麒麟児・栃赤城(10-5)
昭和55年9月 巨砲(14-1・優勝4)
昭和55年11月 舛田山(13-2)
昭和56年1月 鳳凰・琴風・富士桜(14-1)

16場所で関脇以下に22敗(12人)。取りこぼしなしは4場所。
この間の成績は191勝49敗、勝率.796。優勝3回。

772 :待った名無しさん:04/02/27 14:36
参考記録として、同じ時期の北の湖・輪島の成績も見てみると・・・
まず北の湖から。

昭和53年7月 なし(15-0・優勝13)
昭和53年9月 高見山(14-1・優勝14)
昭和53年11月 麒麟児・黒姫山(11-4)
昭和54年1月 黒姫山(14-1・優勝15)
昭和54年3月 なし(15-0・優勝16)
昭和54年5月 なし(13-2)
昭和54年7月 魁輝(12-3)
昭和54年9月 三杉礒・玉ノ富士(13-2・優勝17)
昭和54年11月 魁輝・玉ノ富士(10-5)
昭和55年1月 荒勢・富士桜(12-3)
昭和55年3月 朝汐(13-2・優勝18)
昭和55年5月 朝汐(14-1・優勝19)
昭和55年7月 なし(15-0・優勝20)
昭和55年9月 千代の富士・隆の里(11-4)
昭和55年11月 隆の里・琴風(12-3)
昭和56年1月 朝汐(14-1)

16場所で関脇以下に18敗(12人)。取りこぼしなしは4場所。
この間の成績は208勝32敗、勝率.867。優勝8回。

773 :待った名無しさん:04/02/27 14:36
次に輪島。

昭和53年7月 なし(14-1)
昭和53年9月 蔵間・玉ノ富士(1-3・11休)
昭和53年11月 なし(13-2)
昭和54年1月 玉ノ富士・富士桜・麒麟児(10-5)
昭和54年3月 黒姫山(12-3)
昭和54年5月 なし(12-3)
昭和54年7月 なし(14-1・優勝13)
昭和54年9月 栃赤城(10-5)
昭和54年11月 玉ノ富士・栃赤城(10-5)
昭和55年1月 増位山・豊山(0-3・12休)
昭和55年3月 富士桜・黒瀬川(11-4)
昭和55年5月 巨砲(11-4)
昭和55年7月 魁輝・朝汐(1-4・10休)
昭和55年9月 隆の里(11-4)
昭和55年11月 なし(14-1・優勝14)
昭和56年1月 琴風・千代の富士・朝汐(10-5)

16場所で関脇以下に20敗(15人)。取りこぼしなしは5場所。
この間の成績は154勝53敗33休、勝率.744。優勝2回。

このように、二代目若乃花は決して北の湖・輪島に引けを取らない成績を挙げていることが分かります。

774 :待った名無しさん:04/02/27 14:57
ほんとうに安定してるね。もっと評価されてしかるべき力士よね。
更にさかのぼれば、51.9から二桁勝利をあげ続けているのではないかな、
(9−6が一場所あったかな?)。あと10s体重があったら下位にも取りこぼさ
ずに、1流横綱の仲間入りできたね。それとあともう少し神経が図太かったらね(輪島の
半分で良いから)。

775 :待った名無しさん:04/02/27 16:09
若乃花はすい臓に持病があったんじゃないかな?
期待されながらもうひとつ伸びなかったのは
それが原因だったと思う。


776 :待った名無しさん:04/02/27 16:21
>>775
膵臓炎じゃなくて肝炎。
関脇3場所目の昭和50年夏場所はそれで途中休場。4勝11敗に終わった昭和51年初場所もそう。
ただ昭和56年以降の大不振は痔によるもの。

777 :待った名無しさん:04/02/27 16:42
旭富士と似たタイプだ。

778 :待った名無しさん:04/02/27 19:27
体型や相撲ぶり、柔らかい体も似てたな。内蔵疾患も・・・

779 :待った名無しさん:04/02/27 20:05

旭富士よりも下半身の粘りが数段上だったと思う。

780 :待った名無しさん:04/02/27 20:19
佐田の山がB級ってのも可哀想じゃないか?
柏戸よりも安定感なかった?

781 :待った名無しさん:04/02/27 20:23
二代目若、旭富士と似たタイプというと、いまでいうと安美錦なんかそうだと思うが、
強くなるかな?

782 :待った名無しさん:04/02/27 20:47
栃の海の相撲は好角家を唸らせ。大鵬の相撲は嫌われ。柏戸の相撲は好かれ。
佐田の山の相撲は無視されてた。と当時書かれてたね、佐田の山は実績はあるし
ガチだし・・・しかし相撲内容はB級だったね。

783 :待った名無しさん:04/02/27 20:54
>>780
柏  戸・・・・・・416勝 147敗 151休【0.583】
佐田の山・・・・・・188勝 64敗 33休【0.660】

横綱在位成績だけをを比較するとそうかもしれんが
横綱在位期間は柏戸の47場所に対して佐田の山は19場所だからね
単純に比較はできないわな 

784 :待った名無しさん:04/02/27 20:57
大鵬は、柏戸に対して苦手意識があったけど、
佐田の山に対してかなりの優越感を持っていたから。
大相撲になっても大鵬は、佐田の山に対して
かなり余裕を持っていたらしい。

785 :待った名無しさん:04/02/27 21:07
大鵬はよく柏戸に一気に持って行かれたりしたね。21−16の対戦成績だよ。
対する佐田の山は大鵬戦は酷いもんだよ、柏戸>佐田だよ。間違いなく。


786 :待った名無しさん:04/02/27 21:11
北の湖って179pしかなかったのか。以外だな。もっと大きいと思ってたよ。
公式には当時はもっと大きく発表されてたぞ。

787 :待った名無しさん:04/02/27 21:27
>>785
柏戸と佐田の山の対戦成績は、17対10です。

>>786
北の湖の身長は、180cmと公表されていた記憶がある。

788 :待った名無しさん:04/02/27 21:39
2代目・若乃花は、北の湖、輪島に比べて印象度が薄く、
思い出せない人もかなり多いね。

789 :待った名無しさん:04/02/27 22:08
若三杉時代の方が印象強いかもね。

790 :待った名無しさん:04/02/27 22:11
ある時期からきっちりと身体測定することが義務付けられ、
公称181cmだった北の湖だったが、180cmに満たないことがバレたのだ。
むろんバレたのは北の湖だけじゃないよ。

791 :待った名無しさん:04/02/27 22:33
>>790
ある時期=昭和51年秋場所。
それまでは身長・体重とも自己申告に任せていたのを、この場所から公式に公表することになった。
ちなみにこのとき、北の湖は150kg→162kg、高見山は165kg→185kgと、
サバ読み?が判明した。

792 :待った名無しさん:04/02/27 22:39
>>791
北の湖と高見山は、体重を過少申告していたのですね。

793 :待った名無しさん:04/02/27 22:48
チビは多めに申告してデブは少なめに申告したって事か
相撲社会も一般社会と変わらないんだね(W

794 :待った名無しさん:04/02/27 23:02
公称180cm・実測172cmと言われるロバート・レッドフォード
公称175cm・実測167cmと言われるシルベスタ・スタローン等
あちらの世界も同様のようです。

795 :待った名無しさん:04/02/27 23:46
>>780
俺は柏鵬はリアルタイムで間に合わなかったんで、
成績表だけで見たとき、なぜ鵬佐田じゃなかったのか
疑問に思ったことがある。優勝回数や安定感は
佐田の山の方が良かったから。
でも佐田の山の大鵬との対戦成績が5勝27敗というのを知って、
納得がいった。いくら毎場所優勝を争っても、これだけ
ワンサイドになってしまったら、到底ライバルたりえないから。

796 :待った名無しさん:04/02/27 23:49
佐田の山の場合、いくら挑戦して大鵬に返り討ちにされても
腐らず自分なりの相撲を取り続け、横綱にまで登りつめたという
努力型・めげなかった力士と言う意味での評価が高いと思う。

めげたのは同時代のライバルで才能豊かだったにも関わらず
優勝は1回もなく大関に留まった豊山とされている。

797 :待った名無しさん:04/02/28 00:21
>>796
常に真っ向勝負で挑んでいたらしいね。
通算の対戦成績では大差がついているけれど
横綱昇進直後は短期間ならが互角に近い成績を
残しているし、大鵬が休場した場合はきっちり
優勝しているし、やはり立派な横綱だと思う。

798 :待った名無しさん:04/02/28 00:29
S56の正味一年間だけだったけど、北千時代もありましたね

799 :待った名無しさん:04/02/28 00:32
ライバル関係って最初だけ互角でそれから一方的にどちらかが優勝回数伸ばす、
というパターンが多いね。柏鵬や曙貴が典型。
輪湖は比較的長く拮抗した部類だよね

800 :待った名無しさん:04/02/28 00:41
>>796
ただ佐田の場合はイクナイ話もあったらしいよ
常の花の出羽海が急逝した時九重(千代の山)が跡を継ぐことを前提に
最高位前頭筆頭にすぎなかった武蔵川が出羽海を継承したわけだけれど
大関時代の佐田が武蔵川の婿養子になり、九重を差し置いて出羽海を継
承させるためには「何が何でも横綱にしなくては」って空気が出羽本家
だけでなく分家の春日野あたりにもあったとか

801 :待った名無しさん:04/02/28 00:55
>>798
57年春まで含めていいと思う。
    北の湖   千代の富士
56年初 14勝1敗   14勝1敗優勝 本割北の湖、決定戦千代の富士
56年春 13勝2敗優勝 11勝4敗   一差で千秋楽決戦
56年夏 14勝1敗優勝 13勝2敗   千秋楽相星決戦
56年名 13勝2敗   14勝1敗   千秋楽相星決戦
56年秋 10勝5敗    1勝2敗12休
56年九  5勝4敗6休  12勝3敗優勝
57年初 13勝2敗優勝 12勝3敗   千秋楽相星決戦
57年春 11勝4敗   13勝2敗優勝 一差で千秋楽決戦

802 :待った名無しさん:04/02/28 01:01
輪島と北の湖は5歳違いだが。北の湖と千代の富士は2歳だけなんだね。
本来なら好敵手なんだけど。全盛期は約10年ずれてたね。
北千時代は喧嘩四つだったから、相撲自体は淡泊でつまらなかったな。
やはり輪湖でしょう。

803 :待った名無しさん:04/02/28 01:07
57春13日目の若乃花対千代の富士戦は見応えあったな。
千代の猛攻を若がしのいで、左四つに組み勝ち、2分近くなって焦れた千代が強引に寄って出たところを若が土俵際ですくい投げ。
写真でみると千代が勝ってるというほど微妙な勝負だったけど、四つ相撲の醍醐味を堪能させてくれた。
若乃花晩年のハイライトといえると思う。

804 :待った名無しさん:04/02/28 01:10
昭和53・54年頃は、北の湖と2代目若乃花が優勝を争っていて
北若時代と呼ばれていたけど、逆に北の湖と2代目若乃花と実力差が
開いたために後世まで北若時代という名称は、使われなくなってしまった。

805 :待った名無しさん:04/02/28 01:14
57.3月の13日目。若−千代は名勝負だったね。翌日の隆の里戦も隆の
上手投げが決まったけど、微妙な一番でした。千代の富士2連勝でも
いいような気もしてましたね。

806 :待った名無しさん:04/02/28 01:17
北の湖と若乃花は勝負自体はいつも白熱したいい取り組みだったよ。
つねに左四つがっぷり大相撲でね。対戦成績も互角だったのでは・・・

807 :待った名無しさん:04/02/28 01:19
>>800
かつての名門・出羽海部屋も現在は、没落気味と言えるね。
昭和50年代半ばから一門の分家化が進んで一門としては、
繁栄したけど、本家は今一つと言える。
逆に一門で衰退したのは、二所一門だと思う。かつて出羽一門とともに
横綱・大関を独占したのに、現在では横綱・大関が不在だから。

808 :待った名無しさん:04/02/28 01:20
>>806
北の湖と2代目若乃花の対戦成績は、25対18です。

809 :待った名無しさん:04/02/28 01:22
S50前半をリアルで見れた人が羨ましい。
勝敗よりも相撲が面白い。
輪湖のビデオを見るのが趣味の千代世代でした。

810 :待った名無しさん:04/02/28 01:24
北の湖相手に18勝するとは、若乃花も非凡な証拠。
大鵬−佐田よりはるかに好敵手だね。

811 :待った名無しさん:04/02/28 01:25
>>809
輪湖は、本当に名勝負が多いですね。ただ北の湖が本領を発揮し始めた
昭和53年以降は、北の湖が一方的に勝つことが多くなった。

812 :待った名無しさん:04/02/28 01:29
>>810
若三杉時代に北の湖に結構勝っていたよ。
若三杉時代が北の湖との対戦成績が12勝13敗だったのに対して、
若乃花時代は、6勝12敗となっている。
若乃花時代には、北の湖に対して不戦勝が一つあるから実質5勝です。

813 :待った名無しさん:04/02/28 01:35
>>811
ビデオで見ていても、S51くらいだと両者とも互角の大相撲なんですけど、
S53年くらいになると同じ熱戦でも「北の湖の猛攻に何とか堪える輪島」という
パターンになってますね。同年秋場所で若乃花が「参ったなもう」みたいな
呆れ顔して土俵を降りるのが印象的でした。

814 :待った名無しさん:04/02/28 01:38
52.9〜53.7の北の湖85−5の期間中に若三杉は2場所連続で
北の湖に勝った事あったね。とくに2回目の上手投げは素晴らしかった。
超安定期の北の湖にあそこまで肉薄した若乃花は高い評価あたえたいね。

815 :待った名無しさん:04/02/28 01:46
若三杉時代は頭下げて前みつを取る相撲でしたが、若乃花時代は左肩で当たって
右上手取る立ち会いでしたね。だから下位には安定成績残せても北の湖には
分が悪くなったな。

816 :待った名無しさん:04/02/28 01:48
おお、ここにきて二代目若乃花の評価が急上昇か。
3年くらい前に彼のスレ立てたんだけど全然盛り上がらないうちに落ちちゃったんですよね。
ここまで盛り上がるのは何となく嬉しいです。

817 :待った名無しさん:04/02/28 01:52
若乃花−輪島も名勝負多かったね。輪島は何故か若乃花には北の湖戦と違って、
立ち会いから右上手とりにいってたね。実力伯仲でよかったよ。

818 :待った名無しさん:04/02/28 01:54
北の湖―若乃花戦(白黒は北の湖から見た結果)

   初春夏名秋九
49年 ―――○○○
50年 ●○――●○
51年 ●●○●●●
52年 ●○●○○○
53年 ○●●○○●
54年 ○○○○○●
55年 ○●○○●○
56年 ○―――●―
57年 ○●■―○―

819 :待った名無しさん:04/02/28 01:55
若乃花は旭国をなぜか苦手にしてたね。右前みつ食い下がられてね。
確か27連勝を止められたのも旭国ではなかったかな。

820 :待った名無しさん:04/02/28 02:01
北の湖全盛期、昭和52〜3にほぼ互角にわたりあってたね。たいしたもんだよ。
しかし56年以降、二子山親方娘との離婚、ママさんとの再婚、内臓疾患
臀部の腫れ物・・・かわいそうだったね。56年初頭に引退すれば今の評価も
もっと上だったのでは。

821 :待った名無しさん:04/02/28 02:09
>>818
若三杉時代は、北の湖と互角の11勝11敗で
横綱になってからの若乃花が7勝14敗だね。
若三杉時代に北の湖に強かったのは、
北の湖のまわしを切りやすかったことも原因みたいだね。

822 :待った名無しさん:04/02/28 04:23
輪・湖・若の3人とも吊りがあったのがよかった。
引き付け合いの攻防が、たまらんかったです。


823 :待った名無しさん:04/02/28 06:05
吊る時の輪島の腰の割り方は天下一品だったね。北の湖には体重差で不利だったが
それ以外では輪島は全て吊り勝っていたのではないかな。とくに貴ノ花との吊りあい
はみごとだった。

824 :待った名無しさん:04/02/28 06:40
播磨灘さいきょ!

825 :待った名無しさん:04/02/28 07:33
吊りについては、今は力士の大型化に伴い、ほとんど見られなくなってしまったのが残念。
ふと「吊りは腹で吊れ」「吊りは横に出せ」みたいな格言を思い出した。


826 :待った名無しさん:04/02/28 08:45
輪湖≒栃若>柏鵬≒北若[北の湖−若乃花] って感じかな?

827 :待った名無しさん:04/02/28 10:26
柏鵬より北若のほうが上かな。柏鵬は喧嘩四つだったので勝つにしても負けるにし
ても一方的な展開が多かったね。あと期間は短かったが千隆も良かったね。
58.7〜59.1の4場所連続千秋楽相星決戦は白熱したね。

828 :待った名無しさん:04/02/28 11:53
「横綱・北の湖」を最も多く倒した力士(不戦勝除く)

1位 若乃花 17勝(関脇以下8勝)
2位 輪 島 14勝
3位 朝 潮 12勝(関脇以下10勝)
4位 三重ノ海 9勝(関脇以下4勝)
5位 若嶋津 8勝(関脇以下3勝)

これだけ見てもいかに若乃花が健闘していたか分かりますね。

829 :待った名無しさん:04/02/28 12:39
輪島が一位だと思い込んでいたので、若乃花が一位とは以外だった。若乃花は『北の湖の上手ぐらい、いつでも切ってやる』と豪語していたというけど、
そう言えるだけの実績も残してたんだね。

830 :待った名無しさん:04/02/28 13:12
>>818
51年は6度対戦して若三杉の5勝1敗。
50年初〜52年夏まで4連勝を含み9勝4敗。
この時期の若三杉は北の湖にとって
後の朝潮なみの天敵だったんだな。

831 :待った名無しさん:04/02/28 13:17
しかしなぜ、若乃花、これほどの力士が歴史上冷遇されてるのかな。
もっと高い評価を与えられてもいいのにね?

832 :待った名無しさん:04/02/28 13:30
横綱としてパッとしなかったからでしょ。

833 :待った名無しさん:04/02/28 13:49
先代のニ子山と仲たがいしたのも大きいのでは?
先代は協会内でも実力者だったし、またマスコミ・評論家
で現役時代は熱烈なファンだった人間も多かった。
そんな感情も微妙に影響している気がする。

834 :待った名無しさん:04/02/28 14:20
>>830
昭和50年夏場所は若三杉が肝炎悪化で途中休場。翌名古屋場所も下位に後退していて両者の対戦なし。
再度上位に返り咲いた秋場所から、若三杉が大関昇進を決めた昭和52年初場所までの間、
北の湖は若三杉戦2勝7敗と大きく負け越し。対戦成績も4勝1敗から6勝8敗へと逆転された。
この間、北の湖は輪島戦4勝5敗だったから、いかに若三杉を苦手にしていたかがわかる。
決まり手も上手投げや下手投げが多く、当時の北の湖にとって、若三杉の投げは脅威だったようだ。

835 :待った名無しさん:04/02/28 14:20
現役横綱の当時も、玉の海、神風、天竜らの大御所からは、
『素質だけでとっている』
『鍛え上げられた強さがない』
などと酷評されがちだったね。
彼らは若乃花のために良かれと思って厳しい批評をしたんだろうけど、
引退して20年経った今となっては、もう少し実績に見合った正当な評価がなされてもよいと思う。

輪湖時代は、『栃若時代が理想の相撲黄金時代、それに較べれば今の力士はまだまだ』という評論家や親方が多かったと思うから、先代若乃花(花田勝治)を敵に回してしまったことはかなりのダメージだっただろうね。


836 :待った名無しさん:04/02/28 14:45
>>835
北の湖・輪島の両者がタイプこそ違えど「これぞ横綱!」という強さを見せていただけに、
柔軟性で勝つ若乃花の相撲が見劣りする感は否めなかったのでしょうね。
彼の腰の使い方は一級品だったと思いますけど。
北の湖が再三若乃花の投げを食ったのも、腰の回転がいいからこらえられないというのが大きいと思います。

837 :待った名無しさん:04/02/28 14:59
若三杉時代だったと記憶するが・・・
鷲羽山(旭国だったかも?)に土俵際まで押し込まれたものの
肩越しに両まわしをグイッと引きつけて、サイドスープレックスの
ように後ろに投げ飛ばして物言いがついた一番があったはず。

若2は、下げマンと痔婁で中途半端な横綱に終わったが、素質は北の湖に
互角の超横綱級だったと思う。


838 :待った名無しさん:04/02/28 15:42
2代目若乃花と旭富士は体格、体質ともよく似ていたけれど、
足腰の強さ、投げ技の切れ味は若乃花の方が上だな。
ウェイトトレーニングなどの効果で、なかなかのツッパリも
持っていた旭富士の方が力強さはあったけど。


839 :待った名無しさん:04/02/28 16:42
若嶋津は北の湖には分が良かったのに、大乃国とか小錦にはてんで駄目だったなぁ・・・

840 :待った名無しさん:04/02/28 16:44
837さん、旭国戦じゃなかったかな。大関若三杉が肩越しに投げたのは。
確か決まり手は「はりま投げ」だったね。凄い荒技でしたね。

841 :待った名無しさん:04/02/28 16:50
若島津は晩年の衰えた北の湖を負かしたにすぎない。参考にならないと思うよ。
実力的には若島津は大乃国にも及ばない力士だったという事でしょう。
全盛期の北の湖をあれだけ苦しめた若乃花は凄い力士だよ。

842 :837:04/02/28 17:31
うん、旭国だったかも・・・どちらも自信なし。でも若三杉のスープレックスは本当。
はりま投げになったんだっけ。

懐の深さ、柔らかさ。天性の相撲勘。
まさに相撲を取るために産まれ育ってきたような力士だった。
甘いマスクに白い肌、均整の取れた体、初代貴ノ花人気全盛の頃でありながらも
それに匹敵する人気力士として、完成しつつあったんだが・・・

かえすがえすも親方の下げマン娘のゴリ押しと、ケツの病気その他による精神的な
リタイアが痛い。まともにいっていれば、どれほどの成績を残したことか。
まず優勝10回は軽くクリアだろう。

843 :待った名無しさん:04/02/28 17:46
若三杉が大関に昇進した時に「ライバルは誰ですか?」って質問に
即座に「隆の里です」って応えて、当時病気でクサッテいた隆の里
は「もう一度やってみよう!」となったとか
後年横綱になってから「あの時の若関の言葉は本当に嬉しかった」
ってしみじみと語っていたらしい


844 :待った名無しさん:04/02/28 17:58
句読点、また忘れてるよ。

845 :待った名無しさん:04/02/28 18:26
当時隆の里は十両だったかな、糖尿病でかなりやせてたね。
まさか後に横綱になるとはね。いまでは知名度では隆の里の方が有名かな。

846 :待った名無しさん:04/02/28 19:15
>>837
昭和52年秋場所初日、若三杉(波離間投げ)鷲羽山。

>>845
若三杉が新大関の場所、隆ノ里は新小結でしたよ。

847 :待った名無しさん:04/02/28 19:53
蔵間の書いた本だと隆の里は、稽古場でかなり強くて、
最終的に稽古場の強さが本場所で活かされるように
なったという記述があった。

848 :837:04/02/28 20:00
あー鷲羽山でしたか、ありがdです

849 :待った名無しさん:04/02/28 21:52
北の湖と2代目豊山の対戦成績は、北の湖の21戦全勝だけれど、
十両時代は意外にも豊山が北の湖に2勝1敗で勝ちこしている。

850 :待った名無しさん:04/02/28 22:01
北の湖は、頻繁に出稽古に通う出羽一門の力士の対戦成績がいいのは
当たり前としても豊山・蔵間など時津風部屋の力士に対しても絶対的な
強さを持っている。

851 :待った名無しさん:04/02/28 22:10
>847
あー確かに稽古場じゃ強いって当時から言われてたね。
いまだと春日錦が稽古場じゃ強いってよく聞くけど、どんくらいなのかなー。

852 :待った名無しさん:04/02/29 00:43
大横綱の優勝回数は、ひょっとして景気に左右されるのかな。
戦後の4大横綱の優勝回数と時代背景を比較すると
大鵬    32回(高度経済成長期に大活躍)
北の湖   24回(石油ショック後の不況時代に大活躍)
千代の富士 31回(バブル時代に大活躍)
貴乃花   22回(バブル崩壊後の不況時代に大活躍)

853 :待った名無しさん:04/02/29 00:57
そういえば北の湖が理事長就任時のインタビューで、自分が横綱になったときはオイルショック不況で、
部屋を興したときは円安不況で、今も不況。相撲人気低迷時に理事長になったのも特には気にしていない、
というようなことを言ってましたね。

854 :待った名無しさん:04/02/29 01:03
開業汁!

855 :待った名無しさん:04/02/29 01:10
>>835
彼らの大関時代の若三杉への評価は物凄い厳しいものでしたね。
昭和52年後半3場所(全部10勝5敗)あたりは「横綱になるにはあと2年はかかる」とボロクソでしたし、
53年初場所、全勝優勝した北の湖に最後までついていって13勝したときも、
「結果としてたまたま13勝できただけ。実力で13勝したわけじゃない」と言われ、
春場所で北の湖を破って13勝の優勝同点でもまだまだ物足りない、と言わんばかり、
14勝して横綱昇進を決めた夏場所で「やっと横綱としてやっていく実力がついた」でしたからねえ。
逆に言えばそれだけ期待が大きかったんでしょうね。
今は大関が13勝したらかなり称賛されるものですけど。

856 :待った名無しさん:04/02/29 03:23
しかし若三杉といい旭富士といい、あんでああいうタイプは評価きびしいんだ?

857 :待った名無しさん:04/02/29 03:41
>>839
たられば話で申し訳分けないが
北の湖の全盛期のS53vs若嶋津の全盛期S59だったら1年6回全部対戦
したとして若嶋津は1回勝てればいいほうでしょう。
ユルフン1枚廻しでも余裕で高々と吊り上げてポイでしょうな。
若嶋津が北の湖をいいようにひねったのは、あくまで北の湖の晩年ですから。

858 :待った名無しさん:04/02/29 07:41
若嶋津は千代の富士にはほとんど勝てなかったしね。
3勝25敗だったかな?

859 :待った名無しさん:04/02/29 08:46
60年3と5月?だったかな。若島津−千代の富士が大熱戦をして若が2連勝?したのは
ほんと 良い勝負だったね。その後は二人の差が開いてワンサイドになったけど。

860 :待った名無しさん:04/02/29 10:00
ただし若嶋津も昭和60年名古屋場所に途中休場していこう
二度と二桁勝利をかざることが無かった。
ライバル北天佑は、昭和60年名古屋場所で13勝2敗で優勝して
翌場所綱とりがかかった。秋場所の10日目まで9勝1敗の好成績だった。
そのとき北の湖が「今の北天佑は、下位に対してごまかしで勝ってきた
けど、上位には通用しない。」と言った。そのあと北の湖が言ったとおり
北天佑は、5連敗し、9勝6敗と終わり二度と綱とりのチャンスがなかった。

861 :待った名無しさん:04/02/29 11:36
>>856
元力士としては「前に出る強さ」がないと評価が低くなるんじゃない?
「押さば押せ、引かば押せ」ってくらい、前に出ることが基本だから。
取り口は異なるが、やはり柔軟で融通無碍な取り口だった大鵬も
「型がない」だの、相撲内容については色々ケチを付けられていたようだし。

862 :待った名無しさん:04/02/29 12:02
相撲評論家の頁の管理人、絶対大鵬嫌いだよね。

863 :待った名無しさん:04/02/29 12:19
>>862
個人的な意見だが、データベース的なページはあまり制作者の主観を入れるべきではないと思う。
その意味では玉手箱の制作者は素晴らしいよね。

864 :待った名無しさん:04/02/29 12:29
玉手箱もどーなんだろ。
見方によっては朝青龍嫌いなようにも見えるが。

865 :待った名無しさん:04/02/29 12:30
>>859
千代の富士-若島津はその前からワンサイド。
あの2場所だけだよ、いい勝負になったのは。

866 :待った名無しさん:04/02/29 13:20
この間死んだ山中さんって代議士は若島津の後援会長だったね
若島津が「結婚したいっす!」って相談したところ「嫁取りよ
り綱取りのほうが先だろうが!」って一喝したとか

867 :待った名無しさん:04/02/29 17:08
若島津が10-5,12-3,12-3で大関になった頃、玉の海氏をして『これだけ確実な相撲はみたことがない。明年(昭和58年)中には必ず綱を締める』とまで言せたのにね。
昭和60年7月以降の目を覆うばかりの低迷で、昭和58年以降の功績を帳消してしまい、竜頭蛇尾に終わってしまって本当に残念な力士だった。
夫人を悪く言う気はないが、結婚して本当にダメになってしまった感じだ。

それはともかく、評論家も玉手箱も、あそこまでのHPを作り上げた情熱には、ただただ頭が下がる。
評論家の『本場書記録』や玉手箱の『関取名鑑』などは、まさにネット史上空前の力作だ。


868 :待った名無しさん:04/02/29 20:11
>>867
確かに大関なりたての若嶋津は、千代の富士張りの速攻があって、
本当に千代の富士のライバルになると思っていた。
昭和60年以降兄弟子の横綱・隆の里が不調になって休場するように
なって、隆の里の調整役をやらされてあんまの稽古ばかりやらされるように
なって、次第に勝てなくなったらしい。

869 :待った名無しさん:04/02/29 21:03
糖尿で駄目になったって話を聞いたような気がするが。

870 :待った名無しさん:04/02/29 21:35
>>869
あんまの影響で自分本来の稽古が出来なくなって
糖尿病を患ったということを聞いたことがある。

871 :待った名無しさん:04/02/29 21:50
北天佑も糖尿だったよな。
58年頃は新国技館になる頃は
北天佑・若島津時代になっているだろう、
という期待も結構あったくらいだったが。

872 :待った名無しさん:04/02/29 22:41
北天佑は、北の湖の後継者になると思ったのだが。
北天佑は、千代の富士にかなり強かったね。
ただ彼の場合は、むら気があって、
成績が安定しなかったね。

873 :待った名無しさん:04/02/29 22:52
>>872
当時三保の名古屋場所の宿舎になっていた某寺の和尚は
「北天佑は北の湖より絶対強くなるよ!」って断言していたんだが・・・

874 :待った名無しさん:04/02/29 23:01
>>873
確かに北天佑は、スケールの大きい相撲を時折見せていた。
小錦に対して豪快な取り口を見せていた。
体の柔軟性が無ければあのような相撲は、取れない。

875 :待った名無しさん:04/02/29 23:05
北天佑は常々「うちの横綱(北の湖)には絶対にかなわない」と言ってましたからね。
入門したときは既に横綱だったわけですから、分からないでもないんですが。
結局そういう欲のなさが災いしたんでしょうね。
北の湖引退後、目標を失って失速した感は否めなかったし。
北の湖引退後北天佑が存在感を示したのは、優勝した昭和60年名古屋場所以外には
11勝を挙げた昭和62年初場所、12勝を挙げた平成元年春場所くらいでは。

876 :待った名無しさん:04/02/29 23:21
北天佑はアレだけの素質がありながら、言い方は悪いけれどハンパ相撲
だったよね。稽古で圧倒的な力量の北の湖の胸を借りていたから
どうしても対抗する為にああいう取り口になっちゃったのかも
豊山も大関どまりだったのは若い頃柏戸の胸を借りて稽古している
うちにやむなく土俵際の逆転に活路を見出すしかなくて
出足が身に付かなかったからって見方もあったらしい
あまりに若いうちから大力士に稽古をつけてもらうのも考えものだね

877 :待った名無しさん:04/03/01 00:59
>>876
大麒麟も大横綱・大鵬と同部屋だったのが災いして大関どまりに
終わったわけか。大麒麟は、柏戸に強くて対戦成績を9勝8敗で
勝ち越している。

878 :太刀山型の土俵入り:04/03/01 01:03
弟弟子も横綱に上げた千代はやっぱりすごいのね。
あ!双葉と、大錦と、男女ノ川と、栃木山と、ちょっと違うけど
バカの花弟、若の花2代目もそうか。

879 :待った名無しさん:04/03/01 01:20
ヤオであげても凄くねーよ

880 :待った名無しさん:04/03/01 01:38
当人の性格が大きいんじゃないの?
「あの人は凄い、自分にはたどりつけないけど、少しでもあの人に近づければ」という人と、
「あの人は凄い、俺なんかじゃ到底敵わないよ」という人に分かれるような。
北勝海なんかは前者の典型だし、後者の代表格が北天佑という気がする。

881 :太刀山型の土俵入り:04/03/01 01:40
>>879
あんまり中野のアホ兄弟をイヂメルナ。
あんなんでも一応角界の広告塔だったんだから。
見る目のないマスコミとファンを増やしたのも事実だけどさw。
あいつらがオイタしなかったら案外北の湖の理事長就任もなかったかもよ?


882 :待った名無しさん:04/03/01 02:03
なんで立ち山は花田兄弟を貶めるんだ?
何か個人的な怨みでもあんのか?

883 :待った名無しさん:04/03/01 02:13
三保ヶ関部屋が多くの関取を生み出した大部屋になったのは、北の湖の
おかげ。それにもかかわらず北の湖本人は、祝儀をもらえなかった。
かわいそうだという声が良く聞かれた。
それにもかかわらず北の湖は、先代・三保ヶ関に対して恩義を忘れなかった。
本当に北の湖は、いい人だと思う。そのような性格だったからこそ
理事長に就任することができたのだと思う。

884 :待った名無しさん:04/03/01 03:16
>>881
ヤオといえば中野じゃなくてお前の好きな方だろ

885 :待った名無しさん:04/03/01 03:34
179cm・169kgって公称値らしいけど、もっと大きかった印象
個人的には183・178くらいかな

886 :待った名無しさん:04/03/01 05:42
当時周りが小さいからそう感じたのかもしれませんね。全盛期に北の湖より大きかった
のは高見山、双ッ竜、天の山ぐらいだったのでは。

887 :待った名無しさん:04/03/01 08:14
輪島だって、当時は大きく見えたけど、今なら多分安美錦程度の体格だよね

888 :待った名無しさん:04/03/01 12:19
ttp://www.hochi.co.jp/index/news_detail.omf?storykey=00040301113633398410+categorykey=00021004121406708190

元鏡里、死去。合掌

889 :待った名無しさん:04/03/01 12:26
輪島は上背があったからね

890 :待った名無しさん:04/03/01 13:01
輪島は肩幅が広く、張ってたし、胴長短足だったから実際の体重よりでかくて
威圧感があったね。

891 :待った名無しさん:04/03/01 18:04
輪島は公称186cmだったが実測はもっと小さいはず。

892 :待った名無しさん:04/03/01 21:12
>>891
輪島は、184cmだったはず。

893 :待った名無しさん:04/03/01 23:30
輪島は骨太って印象が強いな。

894 :待った名無しさん:04/03/01 23:45
輪島は、筋骨隆々でまわしのひきつけがとても強かった印象がある。
輪島は、旭国・鷲羽山など小兵には絶対的に強かったけど、
高見山・2代目豊山など大柄な力士に苦戦していたね。
高見山と豊山が北の湖に全く歯が立たないのとは、対照的だよ。

895 :待った名無しさん:04/03/01 23:57
北の湖は、高見山・2代目豊山など腰高の力士に対して
絶対的な強さを持っていた。
朝汐を苦にしていたのは、腰の重心が低いことが原因だと思う。

896 :待った名無しさん:04/03/02 03:38
北の湖を常に右四つで相撲取らせた偉大な力士、その名は

金城(栃光)

897 :待った名無しさん:04/03/02 09:39
>>849
> 北の湖と2代目豊山の対戦成績は、北の湖の21戦全勝だけれど、
> 十両時代は意外にも豊山が北の湖に2勝1敗で勝ちこしている。

少なくとも一方が十両以下ということでは2勝2敗ですね。
十両同士で対戦した3回(ご指摘の通り長浜の2勝1敗)の他に、長浜新入幕の場所に
当時十両だった北の湖と対戦があり、このときは北の湖が勝っています。
幕内対十両の対戦は対戦成績に含まれないので、幕内での取組ということであれば
北の湖の22戦全勝ということになりますね。生涯対戦成績は23勝2敗。

898 :待った名無しさん:04/03/02 20:49
豊山は、輪島に対しては凄い闘志を持っていたけど
北の湖に対してはかなわないという感じで仕切っていた。
豊山は、輪島に8対12、2代目若乃花に3対7と善戦しているのに
北の湖に21戦全敗、貴ノ花に1対21と全く歯が立たなかった。

899 :待った名無しさん:04/03/02 23:35
>>898
学生時代はライバルだったからね。

900 :待った名無しさん:04/03/02 23:51
>>899
そうだね。輪島と長浜(豊山)は、学生時代のライバルだね。
師匠の初代・豊山は、長浜が幕内に上がるまでは、結婚しないと
決心して実行したから。
同郷ということもあるのだろうが、かなり期待をかけていたのだろう。

901 :待った名無しさん:04/03/02 23:56
時津風部屋は新潟県出身力士に縁があるね。
初代豊山も2代目豊山も新潟出身。今場所新小結の霜鳥もそうだし、
その前の新潟県出身の新三役は大豊(現荒汐)で、彼も時津風部屋。

902 :待った名無しさん:04/03/03 00:13
大寿山も新潟出身だけれど、ニ子山部屋だった。
古くは、名横綱・羽黒山も新潟出身。
大寿山は、北の湖キラーだった。北の湖の衰退期とは、いえ
つり出しで勝つのは、自力がある証拠。
ただし出足のある力士で無いから上位に定着出来なかった。
蔵前最後の場所で優勝した多賀竜に強く、18対1と圧勝した。
関脇以下でこれほど対戦成績が開いたのは、珍しい。

903 :待った名無しさん:04/03/03 00:25
>>896
北の湖と栃光の対戦成績は、29戦全勝。この記録は、依然として
力士の対戦成績として追随を許していない。
これは、栃光が実力がある証拠だけれど、上位に定着できない証拠
ともいえる。
昭和55年名古屋場所で5人の横綱・大関総崩れの中で結びの一番で
北の湖ー栃光戦で難なく北の湖が栃光を破った。ある意味でいえば
北の湖にとってカモの栃光であることに助けられた。それでも
北の湖は、かなり緊張したらしい。結局この場所北の湖は、20回目
の優勝を6度目の全勝優勝で飾った。

904 :待った名無しさん:04/03/03 00:35
>>903
千代の富士―増位山
朝汐―貴ノ花
天ノ山―三重ノ海
魁輝―輪島
鳳凰―若乃花
ですね。増位山、貴ノ花の場合はある意味実力負けという印象でしたけど、
まさか横綱3人が立て続けに負けるとは思いませんでした。
しかも全員、過去に一度も負けていなかった相手。
特に若乃花の負け方は屈辱的で、不用意に外掛けにいったところを上手投げで裏返し。
この一番以降、若乃花が鳳凰を苦手とするようになったのは、このときの負けが
トラウマになったということなんでしょうね。

905 :待った名無しさん:04/03/03 00:58
>>904
その鳳凰が間垣部屋のマネージャーになっている。
時代の流れだね。鳳凰は、結構幕内で活躍したのに
三賞と無縁だった。

906 :待った名無しさん:04/03/03 01:02
ほーうー・・。

907 :待った名無しさん:04/03/03 21:30
金城と大錦は、二人とも半身を得意としていた力士。
だから上位に定着出来なかったのかもしれない。
大錦は、腰を痛めたために下位に低迷するようになったから
仕方が無い。新入幕で三賞独占をして小結まで昇進したが、
それ以降三賞は、おろか再小結もない。何度か三賞を受賞する
チャンスもあったし、三役返り咲きのチャンスもあったが、
運が伴わなかった。

908 :待った名無しさん:04/03/03 21:52
大錦は糖尿持ちだったからね。
ちなみに金星は多い。

909 :待った名無しさん:04/03/03 22:04
>>908
北の湖には、1個も金星を挙げていない。同門だから北の湖に手を
知り尽くされていることが原因なんだろう。意外と目立たないけど、
大物食いといえる。
大錦は、北の湖の中学時代以来の大親友。

910 :渡邊照夫:04/03/03 22:09
北の湖を大錦は皆勤全敗経験ある力士同士だな

911 :待った名無しさん:04/03/03 22:10
大錦最初の金星は20歳、昭和48年秋場所の琴櫻戦。
最後の金星は34歳、昭和62年名古屋場所の双羽黒戦。
最初の金星から最後の金星までの年数は、実は史上最長。

912 :待った名無しさん:04/03/03 22:19
大錦は、記録を見ると竜頭蛇尾の典型だけれど、成績の内容を見ると
それなりに活躍した力士と言える。

>>910
北の湖は、三段目で7戦全敗したことは知っているけど、
大錦は、いつどの地位で皆勤全敗したの。

913 :待った名無しさん:04/03/04 00:06
三段目で全敗したのに、あの出世スピードとは・・

914 :待った名無しさん:04/03/04 00:37
俺は輪島が大好きだー。

915 :待った名無しさん:04/03/04 01:45
輪島は黄金の左と言いますけど、北の湖に言わせれば右のおっつけが
強かったそうですね

916 :待った名無しさん:04/03/04 02:42
>>913
北の湖は、新入幕でも初日から7連敗で中日八日目に初白星を挙げた。
結局5勝10敗で負け越した。結構順応するのに時間がかかるタイプで
初土俵から横綱昇進まで46場所かかっている。大鵬が初土俵から横綱
まで31場所だったことを考えると大鵬が地位が上がってもすぐに実力を
発揮するタイプに対して、北の湖は地位が上がることに力がつくタイプ
だと言える。また大鵬が新入幕から横綱昇進まで11場所だったのに対し、
北の湖の新入幕から横綱昇進までは、16場所かかっている。(1場所
だけ十両陥落だから実質15場所)しかし大関在位期間を見ると北の湖が
3場所、大鵬が5場所と大関昇進から横綱昇進までは、北の湖のほうが
早く通過している。

917 :待った名無しさん:04/03/04 02:52
北の湖は出世の早さからして大鵬のような天才型大横綱かと思ったけど
意外と千代の富士のような努力型大横綱の面もあるんですな

918 :待った名無しさん:04/03/04 12:59
北の湖は初めての場でずっこける傾向があった。
初めて三段目に上がった場所で7戦全敗。
新入幕の場所、初日から7連敗。5勝10敗で十両落ち。
新小結の場所、初日こそ勝ったものの4勝11敗。
初めての優勝決定戦も、新横綱の初日も黒星。

919 :待った名無しさん:04/03/04 20:48
北の湖は、ヤンキースの松井と同じでレベルの高いところに慣れるのに
時間がかかるタイプだと思う。

920 :渡邊照夫:04/03/04 21:02
>>912
昭和46年秋場所に幕下6枚目で

921 :待った名無しさん:04/03/04 21:29
>>920
情報ありがとう。

922 :待った名無しさん:04/03/04 23:11
記録と相撲の安定感は、北の湖より大鵬のほうが上。
相撲の力強さは、大鵬より北の湖のほうが上。

923 :待った名無しさん:04/03/04 23:24
朝青龍弁当と高見盛弁当を考案したのは、北の湖理事長だって。
なかなかのアイデアマンだね。
メニューの中身は、業者に任したのだろうが。
この2つの弁当は、数限定ですぐに売り切れるらしい。

924 :待った名無しさん:04/03/06 00:27
>>911
大錦といえば、瞬間的に大関キラーになったのが印象深い。
60年夏、カド番の琴風の膝を破壊し結果的に引退にまで追い込み、
朝潮に綱とり絶望の黒星を与え、翌名古屋では優勝した北天佑に
黒星をつけ、若島津を寄り倒して休場に追い込んだ。若島津は
この休場を境に一気に凋落していった。
ちなみに大錦、この2場所とも負け越しているのはご愛嬌かw


925 :待った名無しさん:04/03/06 15:55
大錦ってニッパチ5人衆(北の湖、若乃花、麒麟児、金城大錦)の中では
一番地味な存在で、最高位も一番低いけど、実はかなりの実力者だったよね。
琴櫻から双羽黒まで、輪島や千代の富士からも金星を挙げている。
ツラ相撲と慢性化した腰痛のおかげで実力を発揮しきれなかっただけで、
潜在能力からいえば大関候補になりえた存在だと思う。

926 :待った名無しさん:04/03/06 17:41
大錦は半身で寄ってく変則相撲だったよね。
腰の重さが本人の意志とは関係なく武器になっちゃってたように見えた。
腰の重さだけが大錦とは別の生き物として存在してたような。

927 :待った名無しさん:04/03/07 09:12
引き立て役はさっさと理事長をウルフに譲れ!

928 :待った名無しさん:04/03/07 09:36
>意外と千代の富士のような努力型大横綱の面もあるんですな

彼の努力は一番前の交渉(ry

929 :待った名無しさん:04/03/07 10:41
解説者の玉の海梅吉さんは、北の湖の横綱昇進時に「彼は、よく稽古する。」
とほめていた。これは、大相撲の中入りの時に放送していたビデオでは、
あったけど。
玉の海さんも北の湖を努力型の横綱と認めていたよ。

930 :待った名無しさん:04/03/07 13:19
ルックス面も確かにあったけど、幕内最重量って言うほうが不人気に
繋がったのでは?

931 :待った名無しさん:04/03/07 13:33
最重量力士だったことはないよ。だって高見山がいたからね。
高見山が十両落ちした直後は朝潮や大乃国が180kg超えてたし、ほどなく
200kgを超える小錦が入幕してきたから。

932 :待った名無しさん:04/03/07 13:34
>>930
北の湖の全盛期の最重量力士は、高見山じゃなかったっけ。

933 :待った名無しさん:04/03/07 13:51
ウルフのような軽量こそ、一般人が求めている。
デブの湖は暑苦しいよ。

934 :待った名無しさん:04/03/07 13:56
幕内の軽量力士で体重100キロそこそこの貴ノ花が
体重150キロ北の湖をつり出しで破ったことがある。
貴ノ花の足腰は、相当強かったことがわかる。
貴ノ花と対戦した力士は、貴ノ花の足腰の強さを実感したみたい。

935 :待った名無しさん:04/03/07 14:06
>>933
千代の富士は、北の湖につり出しで敗れたことが結構多かったね。

936 :待った名無しさん:04/03/07 14:49
千代の富士や貴ノ花いいね!
世間に人は取り敢えずデブきらいだから、
痩せてないと理事長になれない決まりを作るべき。

937 :待った名無しさん:04/03/07 17:31
>>936
千代の富士は、人望が無いから理事長はおろか理事にもなれないでしょう。
人気回復のために千代の富士を理事待遇にしようとする動きは、あるけど。

938 :待った名無しさん:04/03/07 18:41
千代の富士は竹を割ったような性格で「大将」「千代さん」と
誰からも慕われていたそうだ
北の湖に譲っただけ


939 :待った名無しさん:04/03/07 18:55
>>938
いまだ理事にすらなれてないわけだが。
つーか煽りにしてもつまらんな。

940 :待った名無しさん:04/03/07 19:04
デブ反対!!!!!!

941 :待った名無しさん:04/03/07 19:09
いずれは千代の富士の出番はあるよ。
というか、このままの現状が続けば待望論がでるはず。

942 :待った名無しさん:04/03/07 19:22
竹を割ったような性格の人間が、弟子がラジカセを聴いているところをつかまえて
「電気代がもったいないからコンセントを使うな、電池を使え!」
なんて言うか?

943 :待った名無しさん:04/03/07 19:23
板井並の妄想家ですか?

944 :待った名無しさん:04/03/07 19:27
>>941
千代の富士人気が現在でもあるとは、思えられない。
いつか千代の富士が優勝力士を表彰し終えた後、
土俵から降りて花道から下がった時、中年のおじさんに
げんこつを食らったことがあるぐらいだから。

945 :待った名無しさん:04/03/07 19:30
あれは北の湖の後援会関係者だろ?
おまいらの好きなポストに書いてあったぞ

946 :待った名無しさん:04/03/07 19:33
>>945
千代の富士の人望のなさは、
九重部屋に部屋付親方が一人も
いないことにも現れているよ。

947 :待った名無しさん:04/03/07 19:36
九重部屋は、あれほどの大部屋だから
部屋付親方がいないのは、不自然だよ。

948 :安芸旭雅士:04/03/07 20:00
黒海バカヤロー、お前は日本語しゃべれないくせに幕内上がるなバカ
黒海お前は非力で非常識だ

949 :待った名無しさん:04/03/07 20:18
どっちにしろ、未だ理事にすらなれていない。
つまり人望がないか、政治力がないかってことだろ。
それじゃ理事長なんか無理。

950 :待った名無しさん:04/03/07 20:43
>>948
黒海のことを悪く書かないで。お願い。
彼は、日本で一生懸命やっているのだから。

951 :待った名無しさん:04/03/07 20:50
北の湖は、現役時代三重ノ海・旭国・貴ノ花らと麻雀で遊んでいた
らしい。
旭国のケチケチぶりに一緒に遊んでいた北の湖・三重ノ海が驚き
呆れていたらしい。
確か付け人がクリーニング代の請求書を持ってきて金額が高いと
旭国が付け人に怒ったからだった。

952 :待った名無しさん:04/03/07 21:10
九重は積極的に独立援助してやるからね。気前が良いんだよ。

953 :待った名無しさん:04/03/07 21:24
>>952
バブルの頃でタニマチからの懐具合が良かった時の話でしょう。

954 :待った名無しさん:04/03/07 21:38
その気前がいいはずの九重が、なぜ弟子に電池を使えと(以下同文


955 :待った名無しさん:04/03/07 22:32
私も954さんの言うことに同意。

956 :待った名無しさん:04/03/08 00:53
千代の富士が急速に強くなり始めた昭和55年から昭和62年ごろまで
アンチファンは、目立たなかったけれど、バブル全盛期の昭和63年
以降からアンチファンが目立ち始めるようになってきた。
これは、千代の富士の傲慢な土俵態度と八百長報道のせいであることは、
間違いない。彼の晩年ぐらいになると一般の相撲ファンの間に八百長が
広く行われていることが認知された。(立証することは、不可能だが)
北の湖が全盛期に全く人気がなく、晩年と引退後に人気が出たのとは、
対照的。
現在の協会の2人の役職の違いに現れている。

957 :待った名無しさん:04/03/08 07:59
仮に千代が昭和59年のスランプから抜け出せずに、北の湖のように両国国技館開場とともに引退してたら、
栃若に匹敵する小兵の名横綱として懐かしく語られる存在になってたかも



958 :太刀山型の土俵入り:04/03/08 10:34
北の湖のスレなのに語られるのは千代ばかり。
なんだかんだいっても千代の方が知られてるってこった。

959 :待った名無しさん:04/03/08 16:14
>>928
一番前の交渉をできるようになるまでにはカナリの努力が必要で強くなくちゃダメ。
これは千代の富士を八百長横綱とした板井自身が書いてる。

>>958
そりゃここに書き込める人間の年齢層が千代の時代に集中してるからやろ。

しかし、昭和55年までの北の湖は強かったなぁ。

960 :待った名無しさん:04/03/08 16:53
千代の八百長云々は話半分としても、北勝海が独立して八角部屋を興した際、
九重部屋付だった君ヶ濱(北瀬海)、谷川(白田山)は北勝海についていったのは事実。
分家の方についていくのは珍しいケースだから、少なくともこの2人は
千代よりも北勝海の方を信頼していた、というのは確かだね。

961 :待った名無しさん:04/03/08 17:22
正直、もし北の湖が56年で引退していたら戦後3大横綱どころか
史上最強横綱として名前が残ったと思う。

962 :待った名無しさん:04/03/08 19:25
>>11
北の膿と子錦って対戦したっけ?

963 :待った名無しさん:04/03/08 19:30
北の湖−小錦戦があったのは、59年11月場所初日(対戦は、これ1回だけ)。

964 :待った名無しさん:04/03/08 20:00
>>963
へーえ、あったんだ。
千代の富士との初対決はよく覚えてるけどね。

965 :待った名無しさん:04/03/08 22:10
北の湖が小錦に一方的に押し出された記憶がある。
その当時は、小錦旋風が吹き荒れていて
衰えたとはいえ大横綱が新鋭の巨漢力士に簡単に負けて
相撲協会にもかなりのショックが走った。

966 :待った名無しさん:04/03/08 22:28
>>965
周囲もあそこまで衰えているとは思わなかったんだろうな。
秋場所は休場していたとはいえ、夏は完璧な相撲で全勝優勝、
名古屋は11勝だったけど、相撲内容は悪くなかった。
あの場所はもうまともに相撲を取れる状態じゃなかったな。

967 :待った名無しさん:04/03/08 22:35
昭和59年秋場所北の湖が旭富士と陣岳に敗れて翌日から休場した。
陣岳に敗れた時北の湖は、歴代横綱初の50個目の与金星となった。
夏場所15戦全勝、名古屋場所11勝4敗と復活のきざしがあった
ために3日目での途中休場は、意外だった。
有望力士の旭富士に負けたのは、仕方ないとしても中堅力士の陣岳に
敗れたとなると北の湖が引退間近であることを感じざるを得なかった。
その後北の湖は、復活すること無く両国国技館の杮落としに当たる
昭和60年初場所2日目に多賀竜にあっけなく敗れ、横綱最多の与金星
53個を置き土産に引退した。

968 :待った名無しさん:04/03/08 22:42
>>961
56年頃というのは大きな世代交代期だったね。
55年秋に三重ノ海、56年初に貴ノ花、春に輪島、増位山と
立て続けに引退、若乃花も連続休場、そして九州で遂に
北の湖も初休場。一方で千代の富士が台頭、琴風も初優勝で
大関昇進、と明らかに時代が変わった。
もっとも北の湖が横綱に昇進した49年も清国、北の富士、
琴桜、大麒麟と上位陣が一斉に引退した年だった。

969 :待った名無しさん:04/03/08 22:48
金田の298敗が偉大な記録であるのと同様、北の湖の金星配給記録も偉大な記録だ。
それだけ長く横綱として君臨した証拠である。
もっとも先代三保ヶ関がカネにしわくて、北の湖の「ギャラ」が相当ピンハネされていたため
カネの欲しかった北の湖は星は買わなかったが売ったという噂もある。
千代の富士が星を買いまくったのとは全然異なる八百長である。


970 :待った名無しさん:04/03/08 22:56
>>968
平成3年も大きな世代交代期だったと思う。3年夏場所に大横綱・千代の富士、
名古屋場所に大乃国、翌4年初に旭富士、夏場所直前に北勝海と立て続けに
引退。かつて北の湖の衰退期に活躍した力士が次々と引退した。一方で
若貴と曙の台頭、武蔵丸と貴ノ浪の新入幕など明らかに時代が変わった。
琴錦・安芸乃島・貴闘力などの脇役の活躍も目だった。

971 :待った名無しさん:04/03/08 23:05
>>968
実を言うと、昨年も大きな世代交代期だったかもしれない。
初場所に3人居た横綱が、九州場所が終わったら1人になっていた。
数場所後に番付をとんとん拍子に上げる力士が登場するかもしれない。

972 :待った名無しさん:04/03/08 23:09
>>970
そうだね。平成3,4年は昭和以降最も荒れていた時期かも。
横綱不在、大関も2人で、平成3年名古屋の琴富士を皮切りに
翌4年の名古屋の水戸泉まで7場所中5場所が初優勝、次の
秋場所の貴花田2度目の優勝も含め8場所中6場所が下位力士の優勝。
これだけ混乱が長く続いた時期もなかった。
47年が初〜名古屋にかけて4場所連続初優勝、しかも其のうち3人は
生涯唯一の優勝(しかも初場所優勝の栃東は史上最低の11勝4敗)
とやはりと荒れたけど、このときはその年のうちに落ち着いた。

973 :待った名無しさん:04/03/08 23:11
>>971
昨年の初場所の横綱は、貴乃花と武蔵丸の2横綱だったよ。
朝青龍は、春場所横綱になったから。

974 :待った名無しさん:04/03/08 23:15
>>971
それ程の大きな世代交代年という印象はないんだよな〜。
確かに貴乃花、武蔵丸が引退し、朝青龍が横綱昇進したのは
大きいけれど、それ以外の面子が変わっていない。
49年や56年、平成3年は上位陣総入れ替えに近い状態になったから。

975 :待った名無しさん:04/03/09 01:05
北の湖の場所別優勝回数
1月(初)場所   6回(昭和49・50・51・53・54・57)
3月(春)場所   5回(昭和52・53・54・55・56)
5月(夏)場所   7回(昭和49・50・51・53・55・56・59)
7月(名古屋)場所 2回(昭和53・55)
9月(秋)場所   3回(昭和52・53・54)
11月(九州)場所 1回(昭和51)
        計24回

北の湖優勝の特徴は、東京場所の優勝が多く、地方場所の優勝が少ない。
          東京場所16回、地方場所8回
          1年の前半の場所の優勝が多く、後半の場所の優勝が少ない。
          1〜5月場所18回、7〜11月場所6回
          場所別で見ると5月(夏)場所の優勝回数が最も多い。
          夏場所7回
          地方場所優勝の中で春場所の優勝が多い。
          春(大阪)場所5回

976 :待った名無しさん:04/03/09 01:34
全盛期の北の湖なら小錦・北尾にも強かったのだろうか

977 :待った名無しさん:04/03/09 02:06
当時を知る人は一様に「北の湖は強かった」と言いますね
相撲ファンからウチのお袋に至るまで異口同音に

978 :待った名無しさん:04/03/09 02:10
>977
実力はさることながら、ふてぶてしさや土俵入りの力強い柏手などから。

979 :待った名無しさん:04/03/09 17:42
北尾(双羽黒)、小錦、輪湖期以後の大型化時代を
代表する二人ですね。

980 :待った名無しさん:04/03/09 22:13
>>978
顔つきに加え、背中が反っていたから余計ふてぶてしく見えたもんなw
おまけに土俵の外に吹っ飛ばした相手には絶対に手を貸さないのも
反感を買う原因の一つだった。北の湖は、負けた相手に手を貸すのは
逆に失礼、された方も恥ずかしい、という信念に基づいていた。

981 :待った名無しさん:04/03/09 22:17
>>979
昭和59年九州場所に北の湖が負けた三人は、小錦・北尾・保志だった。
いずれも後に横綱・大関になって技より力という類の力士だった。
世代交代を決定付ける場所だった。結局7日目から休場になった。

982 :待った名無しさん:04/03/09 22:24
>>980
確かに北の湖の全盛期の頃は、態度がふてぶてしく見えた。
ただし塩をまくときやたら土俵上を気にしていた記憶がする。
実際相手が自分が土俵上で滑りやすくするために入念に
塩をまいているのでは、ないかと心配したらしい。

983 :待った名無しさん:04/03/09 22:37
>>982
朝汐が時間一杯になってから入念に汗を拭き始めるので
北の湖がじれてちらちら横目で気にする場面が多かった。
高見盛の時間一杯のパフォーマンスに注文つけたのも
あの動きが気に入らないのではなくて、時間一杯から
相手を待たせるのが気に入らなかったんだと思う。

984 :待った名無しさん:04/03/09 22:37
>>982
黒姫山が引退後告白していたね。北の湖は仕切り線で足が滑るのではないかと
気にしている傾向があったため、対戦するときはわざと仕切り線あたりを
狙って塩をまいていたそうな。
しかし後年は隙がなくなり、そうした陽動作戦も通じなくなったって。

985 :待った名無しさん:04/03/09 22:41
>>984
北の湖は黒姫山を始め、苦手を作ると一時よく負けるけど、
そのうち克服してしまって最後には圧倒してしまうんだよね。
若三杉は一時期、天敵と言っていいくらい苦手にしたが、
最終的には自力の差を見せ付けた。
朝潮も全盛期にぶつかっていれば、やがて克服したんじゃないかな。

986 :待った名無しさん:04/03/09 22:42
輪島相手にもやがて攻略法を見つけ、五分以上に取ったからな。
まあ、輪島の衰えもあったが。

987 :待った名無しさん:04/03/09 22:42
ここもそろそろいっぱいになるので、新スレ立てておきました。

北の湖最強の現役時代 2場所目
http://sports6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1078839700/

988 :待った名無しさん:04/03/09 22:44
>>985
結構朝潮は、重心が低いから北の湖は、苦戦していたと思う。
朝潮は、上背の割りに腰の位置が低かったから。

989 :待った名無しさん:04/03/09 22:46
>>985
そういえば麒麟児戦もそうだったね。一時期5勝3敗まで肉薄されたんだが、
そこから7連勝、一つ負けた後16連勝。最終的には28勝4敗。
面白いのは麒麟児に負けた場所はすべて若三杉にも負けていて、かつ優勝を逃していること。
黒姫山に負けて優勝したのは2回あるのに。

990 :待った名無しさん:04/03/09 22:48
魁傑・豊山・高見山は、腰高だったから北の湖にとって
取りやすかったと思う。
魁傑は、解説者の玉の海さんにも腰高であることを指摘されていたから。

991 :待った名無しさん:04/03/09 22:49
>>989
これは、初めて知った。面白いデータだね。

992 :待った名無しさん:04/03/09 22:52
>>988
実際苦戦していたわけだから。
ただ若乃花や輪島のように苦手だった相手に対しても
やがては対処方法を身につけ苦手意識を克服した。
朝潮相手にも、最後は立会いで組みとめ、焦れた
朝潮が強引に出てくるところをサッと体を入れ替え
寄り切る相撲で完勝した。最晩年だったので2連勝で終わったが、
まだ自力が残っている状態であの取り方を身につけていれば、
そうそう朝潮にも負けなくなっていたと思う。

993 :待った名無しさん:04/03/09 22:54
仮に全盛期の北の湖が旭富士と対戦したとしてもかなり苦にしていたと
思う。体が柔らかくてとらえどころがないようなところがあるから。

994 :待った名無しさん:04/03/09 22:54
>>991
昭和50年秋場所 12勝3敗 優勝同点
5日目 ●麒麟児(突き出し)
6日目 ●若三杉(寄り切り)

昭和51年名古屋場所 12勝3敗 準優勝
6日目 ●若三杉(寄り切り)
8日目 ●麒麟児(押し出し)

昭和51年秋場所 10勝5敗
2日目 ●麒麟児(寄り切り)
12日目 ●若三杉(上手出し投げ)

昭和53年九州場所 11勝4敗
初日 ●麒麟児(掬い投げ)
千秋楽 ●若乃花(寄り切り)


995 :待った名無しさん:04/03/09 22:54
>>990
懐の深い魁傑にも始めは苦戦していて途中までは北の湖の11勝9敗と
かなり競っていたが、最後は15連勝で通算は26勝9敗と圧倒。
北の湖は一度負けると良すぎる記憶のためか、苦手意識がついて
連敗する癖があったが、最後には結局圧倒してしまった。

996 :待った名無しさん:04/03/09 22:56
旭富士は若三杉と取らせてみたい。

997 :待った名無しさん:04/03/09 22:56
>>993
一時期同タイプの若乃花を苦手にしたが、最後は大きく勝ち越している。
ちなみに若乃花によく負けていた頃は投げ技でやられていた。
投げのキレ、足腰の柔軟性は若乃花>旭富士。

998 :待った名無しさん:04/03/09 22:57
現役の横綱・大関経験者で最も取りやすいのは貴ノ浪だろうね。
低い重心で突き起こして前みつ取ってあっさり寄り切りそう。

999 :待った名無しさん:04/03/09 22:58
連敗癖もあるけど連勝すると負けなかったよね。

1000 :待った名無しさん:04/03/09 22:58
>>995
魁傑もそうだけれど、高見山に対しても初めの頃は、かなり苦手にして
いたよ。初顔から5連敗していたから。

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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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